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BUSINESS

天然うなぎを絶滅の危機から救う!イスラエル発のフードテック・スタートアップ ”Forsea”

細胞培養技術が切り拓く新しい農業と水産業の未来

by ISRAERU 編集部 |2024年07月23日

地球環境の悪化および人口増加により、人類は将来的なタンパク質不足などの食料問題に対処する必要性に直面しています。従来の生産方法ではこれらの問題を十分にカバーすることが難しく、生産拡大による環境負荷や水産資源の枯渇といった課題が生じていました。


そこで、これらの課題を解決する手段として細胞培養技術を用いた「細胞農業」が注目されています。家畜や魚などの細胞を体外で育成し、必要な分だけ食用肉を生産する「細胞性食品(細胞培養で生産された食品の総称。培養肉とも呼ばれる)」が代表的な例として挙げられ、既に牛肉や鶏肉、フォアグラだけでなく、サーモンやエビなどの魚介類も試作品レベルで実現しています。2020年12月には、シンガポールにおいて世界で初めて培養鶏肉の販売が承認されるという大きな一歩を踏み出した細胞培養技術は、今後の食料生産の在り方を大きく変える可能性を秘めています。


魚介類の個体数減少による負の連鎖を断ち切り、その潮流を変えようというミッションを掲げ2021年に設立されたイスラエルのフードテック・スタートアップ Forsea Foods, Ltd.(フォーシーフーズ、以下Forsea)。今回は、同社CEOであるロイ・ニアー(Roee Nir、以下ロイ)氏と、同社の日本部門マネージャーである杉崎麻友氏にお話を伺いました。


ロイ・ニアー氏
杉崎麻友氏

ーーーまず、ご自分の経歴についてお話しいただけますか?


ロイ 2021年にForseaを共同創業し、以来CEOを務めているロイです。バイオテクノロジーのエンジニアであり、ニューヨーク大学でMBAを取得しています。農作物や発酵プロセス由来の天然成分を、サプリメントや食品業界に販売する会社でキャリアをスタートし、その後バイオテクノロジー分野に移り、主に免疫学的適応症を対象としたバイオ医薬品会社の事業開発活動をリードしました。それから数年間、デジタルヘルス分野の企業で商業化とカスタマーサクセスをリードしていましたが、2021年にその役職を辞して、パートナーと共にイスラエルの中心的なインキュベーターであるThe Kitchen Hubのサポートを受けてForseaを設立しました。


杉崎 北海道大学農学部を卒業後、東京大学大学院の修士課程へと進み、細胞生物学とライフサインスを専門分野として研究に従事していました。修士課程修了後、コンサルティング会社を経て、ベンチャーキャピタルが運営するBeyond BioLAB TOKYOというシェアラボのマネージャーを務めました。


それと並行して、細胞を培養し、増やすことでプロダクトを作る「細胞農業」をいう産業をもっと理解してもらうため、日本細胞農業協会というNPO法人を立ち上げました。そこでセミナーや実験教室などのいろんな活動をしているうちに、イスラエルから細胞性食品プロダクトがたくさん生まれていることが気になりイスラエルを訪れ、それがきっかけでForseaと出会ったんです。特に日本人、自分も大好きなうなぎを手掛けているというところに惹かれ、研究員兼事業開発を任されることとなりForseaに入社しました。


Forsea チームメンバー

ーーーForsea の提供する技術について詳しく教えていただけますか


ロイ 当社の細胞性食品は、この分野の他のどのプロダクトともまったく違い、多くの組織 – オルガノイドを作ることで、食用細胞へと自然分化させるという細胞培養法を採用しています。この方法により得られるメリットのひとつめは、生産コストを大幅に削減できること。ふたつめは、生産プロセスを簡素化できることであり、これによりスケーラビリティが向上し、拡張性のあるプロセスを実現できること。そして3つめは、スキャフォールド(足場)と呼ばれる面倒な製造工程を省略できること、この3つに集約されます。


杉崎 ロイのいう「違い」について少し補足すると、当社の手法は実際に体の中で臓器ができてくるプロセスを模倣していて、 特にその1番未分化な状態の幹細胞を3次元で培養することで、それぞれが自発的に分化が進むような環境を作っています。ここが、細胞を培養してプロダクトを作るその他の企業との大きな違いであり、この違いがコスト効率のよさ、スケールアップができるというメリットをもたらします。


ーーーなぜ最初のプロダクトとしてうなぎを選ばれたのでしょうか?


ロイ オルガノイド技術は近年医療目的(医学研究、再生医療の分野)で応用されていますが、当社の共同創設者であるイフタフ・ナフマン博士(Iftach Nachman)が、この技術を細胞性食品に応用する方法を開発しました。博士の技術は、当初細胞性食品プロダクト向けに開発されましたが、当社はこの技術を魚介類に応用することに決めました。


うなぎを最初のプロダクトとすることを決めた背景として、大きな市場ポテンシャルがあり、絶滅危惧種または絶滅寸前の魚種だけをターゲットにするという当社の戦略があります。うなぎは高価かつ、その個体数は過去30年で90%以上減少しており、当社のこの戦略に完全にフィットしていたのです。


細胞を培養している様子 / Tal Shahar

ーーー少し気になったのですが、宗教観に関連する生命倫理という観点から、細胞性食品技術に否定的な意見を聞くことはあるのでしょうか?


杉崎 細胞性食品を食べるということに関して、生命をいただく有り難みがなくなるのではないかというご意見をいただくことは、実は日本でも時々あるんです。一方世界的に見ると、例えば既存の畜産業の問題点に起因してビーガンという選択をしている方たちなどは、自分たちの食料生産のためにこうした技術が使えるのであれば、そうした方がよほど倫理的であるし、実装されるべきだと考える方が多い印象です。


イタリアは世界で唯一細胞性食品を禁止している国ですが、それは宗教的な意味というよりは、既存産業を守るという観点からそうした考え方に行き着いているイメージであって、どちらかというと全体的に受け入れられているというのが実際の反応だと感じています。


Forseaの会社紹介動画

ーーーポジティブな反応が多いのは、食糧問題に関する危機感を反映しているのかも知れないですね。次に、貴社技術の持つアドヴァンテージについて教えていただけますか?


ロイ 当社の技術の利点は、まず第一に、市場に十分なプロダクトを供給できること、そして高度にモニタリングされた高品質なプロダクトを提供できることです。私たちは2つの壮大な目標を掲げています。1つは、世界中で増え続ける人口に十分な栄養を供給すること。世界の人口は2050年までに倍増すると予想されており、これに対する効率的な食料供給はすでに限界を迎えています。もう1つは、細胞性食品という持続可能な方法でそれを実現することです。当社のプロダクトは工場で生産されるため、養殖環境で魚に与えられる抗生物質やホルモン関連の汚染物質や、マイクロプラスチックが含まれません。また、年間を通じて魚製品を安定的に供給できるようになります。


杉崎 私たち日本人は多種多様な水産物を食べますが、その漁獲量はサステナブルな基準を守っているとは言いがたい現状にあります。当社だけではなく、この業界全体において、新たな供給方法の選択肢が増えることで地球全体にとってメリットをもたらし、地球の未来に貢献できるのではないかと考えています。


ーーー貴社技術を活用したプロダクトの最もユニークな点とはなんでしょうか?


杉崎 私自身、Forseaに入社をする決め手になった点でもあるのですが、やはりうなぎの培養に取り組んでいるというのが一番のユニークポイントだと考えています。世界中で100社を超える細胞性食品の会社が立ち上がっていますが、NPO活動を通じて細胞性食品に関する消費者意識調査という形で様々な方とお話しする中で、肉は普通にスーパーで買えるし、なぜ培養してまで作る意味があるのかわからないというコメントをいただくことが多くありました。


一方で、例えば培養うなぎが出てきたら食べてみたいと思うというコメントもよく耳にしたんです。細胞性食品という分野はまだまだ新しく、一般には浸透していませんが、その点うなぎは、消費者需要、社会受容性といった観点でも受け入れられやすいプロダクトだと考えています。


Forseaキッチンでの培養うなぎの調理 / Tal Shahar

ーーー日本の拠点として京都を選ばれた理由を教えてください。


ロイ 京都が高品質な食と親和性の高い都市だからです。また京都には産業、特にバイオテクノロジー企業のための強力なインフラがあり、バイオテクノロジーに関連する重要な大学が複数あるため、当社事業に適した専門人材を見つけやすいという点も期待しています。


杉崎 京都は伝統的な都市であるというイメージですが、京都に住んでいる方たちは実は新しいもの好きである点、またものづくりが精緻に行われるクオリティの高さや水質の良さなど素晴らしい環境が整っていて、協力者を募りやすい点も魅力的です。メイドイン京都というブランド性もグローバル市場での大きなアピールポイントになると思っています。


ーーー貴社がこれまでに実施したコラボレーション例を教えてください。


ロイ 私たちはすでに、私たちと共同でプロダクトを開発し、商品化することに意欲的な日本の大手食品会社といくつかのパートナーシップを確立しています。具体的には、日本市場においてプロダクトの販路を確立する足がかりとして、東京都にあるヴィーガンレストラン「菜道」とプロダクト開発に関するコラボレーションを果たしました。当社にとって、菜道は市場をテストするのに非常に興味深く重要なレストランです。当社とともにプロダクトを発売することを望む日本の伝統的なレストランは多いと考えており、これからも取り組みを続けていく予定です。


2024年1月に公開した世界初の培養うなぎ / Anatoly Michaello

ーーー今後の展開についてお話しいただけますか?


ロイ 当社は最初のプロダクトを2026年に市場に投入し、大量生産が可能なレベルまで生産規模を大幅に拡大する予定です。最初のプロダクトが発売された後、徐々に生産ラインと販売チャネルにもっと多くの魚の種類を追加していくつもりです。どうぞ当社の今後の展開にご注目いただければと思います。


杉崎 これからスケールアップ、量産化というフェーズに移ろうとしているわけですが、当社だけで取り組むのではなく、可能な限りたくさんの日本企業とコラボレーションをし、日本の新しい産業として細胞農業、細胞水産業という分野を確立していくためのきっかけの存在となりたいと思います。安全性に関する法整備もまだ日本は議論の途中にあるのですが、当社は今後もパートナー企業やステークホルダーと協力しながら、そうした動きに貢献できるように歩みを深めていきたいと考えています。


Forsea創立者の4名。ロイ・ニアー氏(上段左)、ヤニブ・エルコビー博士(上段中央)、モリア・シモニ博士(上段右)、イフタフ・ナフマン博士(下段中央)


Forsea Foods, Ltd.(フォーシーフーズ)は、バイオテクノロジーエンジニアであるロイ・ニアー(Roee Nir)、モリア・シモニ博士(Moria Shimoni)、イフタフ・ナフマン博士(Iftach Nachman)、およびヤニブ・エルコビー博士(Yaniv Elkouby)が、イスラエルの政府系機関であるイスラエル・イノベーション庁(Israel Innovation Authority)および、インキュベーターのThe Kitchen Hub のバックアップにより設立されました。その他の出資元としてTarget Global、PeakBridge VC、Future Food Fund、Zora Ventures、FoodHack、およびM&H Venturesからのシード資金を獲得しています。

Forseaのオルガノイドアプローチは、魚の細胞が自然な脂肪と筋肉の組成を持つ三次元組織構造を自発的に形成する理想的な環境を作り出し、従来よりもさらに自然に即したアプローチだと注目されています。

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