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CULTURE

肩書は「好奇心の強い人間」?幸せと自由を探求するアロン・ノイマンさん

by 中島 直美 |2026年06月29日

アロン・ノイマン:俳優。イスラエル国防軍(IDF)シアターで兵役を務め、ニューヨーク大学およびロンドンのマウント・シアター・スクールで演技を学ぶ。ハビマ国立劇場所属。カメリ、ハイファ、ゲシェルなど、イスラエルの各劇場で活躍。受賞歴多数。

TV番組出演、俳優指導、メンター、ラジオ番組など各方面で活躍。即興劇を得意とするコメディアンとして高い評価がある。

今回は、イスラエルで大活躍の俳優、アロンさんにお話を伺いました。


舞台上で演出すつアロン・ノイマンさん

インタビューの最初の質問

私は、イスラエルに住むようになってからスタンドアップコメディの即興舞台というものに非常に興味を持つようになり、いろいろな舞台を見に行くのが楽しみの一つとなりました。そこで、即興劇に高い評価のあるコメディアンのアロン・ノイマンさんのインタビューというお話を頂き、緊張と喜びと共にインタビューに備えることになりました。質問を準備して、インタビューを想像し、その進行の予定を建てて、いざアロンさんにお会いすることに。


最初の質問は「俳優、声優、ラジオのパーソナリティ、演技指導者、コメディアン、メンター…アロンさんはいろいろな肩書をお持ちですが、ご自分を代表すると思われるのはどれですか?」というもの。


質問があれば大抵、相手はそれに沿って答えてくれます。長くても2~3分程度の説明で「自分を代表する肩書」、これをまとめて答えてくれるはずです。その肩書辺りから次の質問を切り込んでいこう。そんなふうに考えていました。


「僕はとても好奇心が強い人間なんだ」

そういって、ちょっと考えながらアロンさんは私の質問に答えてくれたのですが、俳優や、コメディアン、演技指導者…そういった肩書ではなく、答えは思いもよらない方向へと進んでいきました。


アロン・ノイマンさんのポートレート
Moshik_Brinによるポートレート。人を惹きつける笑顔のアロンさんでした。

経歴や過去の出来事を時系列で並べることもなく、職業の肩書で自分を定義することもない。その代わりに語られるのは、幸せと現実との間にあるギャップや、自分自身の認識、そして人生そのものについてでした。 自己紹介だけで10分以上は過ぎたと思います。


私は次第に、俳優アロン・ノイマンさんにインタビューしているというより、一人の人間が考え続けてきた「どう生きるか」という問いについて深い話を聞いているような気持ちになっていました。


即興劇と人生の接点

アロンさんは自分を好奇心の強い人間だと言いましたが、それは単に新しいことが好きというような意味ではありませんでした。

彼が好奇心をもっているのは人間そのもの、生き方そのものなのです。


人はなぜ苦しむのか、何を幸せと感じ、どうすればもっと自由になれるのか。

自分の感情を支配しているものは何なのか、自分が自由と思っていることは本当に自由なのか、なぜ自由になりたいのか。
インタビューの中でアロンさんはそうしたテーマを何度も繰り返しました。

というよりも、どんな質問をしても最終的にたどり着くのはそのテーマになるという方が正しいのかもしれません。


笑いをうみだすコメディアンの社会的な役割は?

台本を準備せずに演じる即興劇をやっていて怖いと感じることはないのか?

日本で演劇のワークショップをやるとしたら、どんな事を日本人に伝えたい?

このような私の質問に、現実の認識と自意識について、自己認識の多面性と現実との整合性について、幸せを感じるための要素と意識の変化について、そういった面から非常にたくさんの話を聞かせてくれたのです。


インタビューに答えるアロン・ノイマンさん
インタビューにて熱心。アロンさんの話は常に真剣で、内容の深いものでした。

アロンさんは言いました。

「インタビューでも、人によっては最初に質問を送ってほしいと頼む人もいると思う。インタビュアーに会って、準備された質問を見て準備された答えを返す。その方が良いという人もいる。でも、本当に重要なことは、人間の外側をはがしていってどんどん奥深くに入っていったところにある核の部分だと思う。即興劇だからこそできるという事があるんだ」

これは即興劇に関する質問をしたときの答えです。

「準備されたものをなぞっていくだけでは面白さや新しいものは生まれない。失敗もするかもしれない。即興劇は怖いこともある。でも失敗しなければ何が成功かわからないし、失敗したからこそ生み出されることもある。即興劇をする時が自分が一番自由になれる」

アロンさんは言います。

「即興劇をする自分を信頼できるのと同じくらい、人生でも自分を信頼することができればいいのにと思う」


舞台に立つアロン・ノイマンさん
舞台の上のアロンさん。台本のない舞台は難しいが一番自由でいられると言います。

幸福とは、そして自由とは

幸せを探し求め、自由を探究するアロンさん。俳優としての活動も、即興劇も、演技指導も、メンターとしての活動も、私にはその探究の延長線上にあるように感じられました。

「人にはそれぞれ幸せを感じる要素というものがある。僕はそれを音響ミキサーのフェーダーに例える事が多いんだ」そう言いながら、アロンさんは目の前に見えないフェーダーがあるかのように手を動かします。

「例えばコロナの時は、幸せを感じる要素がほとんど何も残らなかった。家族との時間とか、ちょっとおいしいものを食べることくらいかな。でもそれによって、それまで『仕事』のフェーダーを大きくしていた人が、『家族』のフェーダーの大切さに気づいたということもあるかもしれない」


人は何によって幸せを感じるのか。そのバランスは人によって違うだけでなく、同じ人でも人生の中で変化していくのだと言います。

そして話は再び「自由」へと戻っていきました。

「自分の心や考え方は、自分がコントロールできていると思いがちだ。でも本当にそうだろうか。毎日同じことを繰り返していれば、自分で選んでいると思っている行動も、実は自動的に行われているだけかもしれない。自分の考えを自由にすることは簡単じゃない」


さまざまな場面で活躍するアロン・ノイマンさん
アロンさんはメンターとしても様々な場所で活躍しています。

さらにアロンさんは、自身が関わる「リスタート」という団体での活動についても話してくれました。そこでは戦争によって心に傷を負った人々の再出発を支援しています。

「戦争で誘拐され人質になった人たちは、本当にすべてを奪われた。家も財産も、家族や友人までも。身体的な自由さえ奪われた。でも、一つだけ奪われなかったものがある」そう言って、アロンさんは自分の頭を指さしました。

どんな状況でも、人は自分の考え方や物事の受け止め方まで完全に奪われることはない。アロンさんの言葉からは、思考や精神がどれほど人間の幸福と結びついているかが伝わってきます。


もっとも、アロンさん自身も決して順調な時ばかりではなかったそうです。
「僕はまるで何もかも乗り越えたように話しているけれど、つい何年か前までは本当にひどいところにいた。パートナーと別れ、家を出て、戦争もあった」
だからこそ彼は、人は変化し続けなければならないと言います。携帯電話やコンピュータをアップデートするように、自分自身もまた更新し続ける必要がある。幸せとは何か。自由とは何か。その問いに答えを出したからではなく、その問いを持ち続けているからこそ、アロンさんは今も人間という存在に強い好奇心を向け続けているのかもしれません。


ドラムを叩くアロン・ノイマンさん
Maya Sela による写真。アロンさんはバンドでドラムの演奏もするそう。ライブを見に行く約束をしました。.

自身のアップデートと幸せの答え

インタビューの最初、私はアロンさんに「あなたを表す肩書は何ですか」と尋ねました。

けれど今思えば、その質問に一つの答えはなかったのかもしれません。

俳優であり、コメディアンであり、演技指導者であり、メンターでもある。

けれど、そのどれもがアロンさんの一部分でしかありませんでした。

「僕は好奇心の強い人間なんだ」

最初に聞いたその答えが、結局は一番的確な自己紹介だったように思います。

人間とは何か。

幸せとは何か。

自由とは何か。 アロンさんは今もその問いを追い続けています。


そしてこんなことも言っていました。

「僕だって明日またどうなるか分からない。もしかしたらまたどん底に落ちてしまうかもしれない。でも、僕はそこからまた出られると思う。一度そこにいて、そこから出て来られたのだから」

人生に確かなことは何もない。だからこそ、人は変わり続け、学び続け、自分自身をアップデートし続けるのかもしれません。

そして、アロンさんの「人間とは何か」という終わりのない探究の旅を、少しだけ垣間見させてもらったような気がしています。


日本旅行を楽しむアロン・ノイマンさん
日本を旅行中のアロンさん