AI創薬や合成生物学の分野で世界的な存在感を高めているイスラエル。ワイツマン科学研究所発のスタートアップがAIを活用したタンパク質設計技術で注目を集めるなど、生命科学と人工知能の融合は、新たな産業を生み出しています。 その背景には、多くの先駆者たちの挑戦があります。その中でも特に大きな足跡を残した人物が、2026年4月に79歳で亡くなったアメリカの遺伝学者「Craig Venter クレイグ・ヴェンター」です。

ベトナム戦争から始まった異色のキャリア
ヴェンターは「ヒトゲノム解読競争の立役者」として知られています。しかし彼の真の功績は、生命を情報として理解し、設計し、活用するという現代バイオテクノロジーの考え方を切り開いたことにあります。
1946年にアメリカで生まれたヴェンターは、ベトナム戦争で海軍の衛生兵として従軍した後、科学者の道へ進みました。決して典型的なエリート研究者ではありませんでしたが、その発想力と行動力によって生命科学の歴史を何度も塗り替えていきます。

ヒトゲノム解読競争を変えた革命児
1990年代、世界では人間の全遺伝情報を解読する「ヒトゲノム計画」が進められていました。当時の主流はDNAを順番に少しずつ読み解く方法でしたが、ヴェンターは異なるアプローチを提案します。
DNAを細かく断片化し、一気に解析してコンピューターで再構築する「ショットガンシーケンシング」です。
多くの研究者が懐疑的だったこの方法は、結果的にゲノム解析のスピードを飛躍的に向上させました。現在では次世代シーケンサーによる大規模解析の考え方にもつながっており、現代のゲノム研究の基盤となっています。

「生命を設計する」時代への扉
2001年、ヴェンター率いる民間企業セレラ・ジェノミクスと、米国政府主導のヒトゲノム計画は、ほぼ同時にヒトゲノムのドラフト配列を発表しました。
この成果は医学だけでなく、生命科学そのものの考え方を変える出来事でした。生物は「情報の集合体」として捉えられるようになり、生命現象をデータとして解析する時代が本格的に始まったのです。

現在イスラエルで盛んなAI創薬や計算生物学も、この流れの延長線上にあります。
例えば、ワイツマン科学研究所発のScala Biodesignは、AIと計算生物学を活用して新しいタンパク質を設計しています。従来は何年もかかっていた試行錯誤を、膨大な生物データとAIによって効率化する取り組みです。
こうした技術が成立するためには、大量のゲノムデータやタンパク質データが必要です。そして、その基盤を築いた一人がヴェンターでした。
海から見つけた未知の生命
彼の挑戦はさらに続きます。
ヒトゲノム解読後、ベンターは世界中の海洋微生物を調査する大規模プロジェクトを実施しました。自らのヨットで海を巡り、海水中の微生物を遺伝子レベルで解析。その結果、約1,000種類もの未知の微生物を発見しました。

さらに2010年には、人工的に合成したゲノムを細胞へ移植し、世界初の人工細胞の作製に成功します。
これは単なる研究成果ではありませんでした。
生命を「読む」だけでなく、「設計する」時代の幕開けを告げる出来事だったのです。
現在、イスラエルでは合成生物学を活用したスタートアップが次々と誕生しています。環境問題の解決、新素材の開発、次世代医薬品の創出など、その応用範囲は急速に広がっています。
生命をコードとして理解し、設計し、最適化する。
そうした発想は、ベンターが30年以上前から追い求めてきた未来そのものでした。
科学者であり、挑戦者だった男
ヴェンターはしばしば論争の中心に立つ人物でもありました。遺伝子特許やヒトゲノム解読競争を巡って多くの批判も受けました。しかし、その大胆な挑戦がなければ、現在のバイオテクノロジーの発展はもっと遅れていたかもしれません。
イスラエルが世界をリードするAI創薬やバイオテクノロジーの革新。その源流をたどると、一人の挑戦的な科学者の姿が見えてきます。

クレイグ・ヴェンターは、ゲノムを解読した科学者であるだけではありませんでした。
彼は、生命を情報として扱う時代への扉を開いた人物だったのです。
*本記事はイスラエルメディアHayadanの報道をもとに構成しています。


