10月7日のイスラエル・ハマス戦争の勃発以来、これまでに自衛隊機などによる在イスラエル邦人の退避が数回行われました。しかし戦況がますます激化する中、様々な理由でイスラエルに残り、戦禍に暮らす日本人もまだまだ沢山います。
今回は、イスラエルに留まる決心をした現地在住の高野洋子さん(仮名)に、現在の日常生活や戦線に立つ息子さん、現地在住者目線での今回の戦争の分析、そして日本でのこの戦争に関する偏向報道などについてお話を伺いました。
ーーー自己紹介をお願いします。
90年代後半に一人旅でイスラエルを訪れ、人々や文化、自然に惹かれてそのまま定住しました。共通の友人を介してイスラエル人の夫と出会い、今では3人の子供がいます。以前は、現地職員として国際協力関連の仕事に従事していました。現在はフリーランサーとして日本語・ヘブライ語の通訳、翻訳をしています。
ーーー現在(11/16)の、イスラエルの一般家庭の暮らしはどの程度平常に戻っていますか?
一般的な生活は、一見平常に戻っているように見えます。これは、イスラエルせん滅を目標に掲げるテロ組織は「イスラエル人の日常生活の維持を不可能にする」ことを狙っているため、イスラエルではテロとの戦いで重要な点の一つに、できるだけ日常生活を普通に続けることを掲げているからです。テロ攻撃下にあるイスラエル人にとって、日常生活を普通に続けるということはテロに屈しない、テロに負けないという意味があるのです。
今回の戦争では多くの人が亡くなりました。狭いイスラエル社会では、知り合いの知り合いまで人間関係を広げると、必ず何らかの被害者、犠牲者に行き当たります。私自身も、友人の娘、息子の同級生、友人の姉妹兄弟など、人間関係の輪をちょっと広くしただけでたくさんの死と向き合うことになりました。非常に苦しい日々です。それでも人々は、毎日の暮らしを普通に続けようという努力を怠りません。
10月7日にハマスによるテロ攻撃を受け、一日にして住民数が450名から190名となったキブツ・ニル・オズ。虐殺後の現場の様子。
現在イスラエルではハマスに襲撃された町、および北部南部共に無差別ミサイル攻撃で被害の出る恐れのある町には、避難勧告が出されていて、人口の3%にのぼる30万人以上が避難生活を送っています。それでもイスラエル人はほとんどの人が日常生活を取り戻そうと努力し、協力し合っています。洗濯物の代行からペットの預かり、部屋の貸し出しや食事の提供、避難のために手入れが行き届かない農地の整備など、避難民が必要とする日常生活にかかわるありとあらゆることに対してボランティアが組織されて協力し合っているのです。避難民のための学校も開始しています。
避難民以外も、日常生活を普通に続けるために膨大な努力をしています。ミサイル攻撃におびえ、兵役に就いた家族を心配しながらも、子供達を学校へ送り出し、仕事をつづけ、文化活動を楽しみ、生活を続けること、これが一般市民の任務なのです。
イスラエルにはHFC(Home front Command)という部隊があり、ここが市民と連携を取って国民の安全を守っています。この部隊が国民の安全な生活という観点から専門的に状況を分析して、地域ごとに細かく安全基準を定めて国民に知らせているのです。例えば、何人以上が集まるのならどこにどんなシェルターがなければならないのか、どういう条件を満たせば何人までの集団活動ができるのか、などといったことが地域ごとに、戦況に応じて日々アップデートされます。子供達の学校や習い事、仕事上の集まりなども、この基準に満たされた形で安全を保って行われるのです。
ーーー現在までに自衛隊機などによる退避も行われましたが、戦禍にあるイスラエルに残る決断をしたのはなぜですか?
日本政府が、自衛隊機を出してくれたことは本当にありがたいと思っています。その一方で、外務省はイスラエルの渡航危険度を一部を除いてレベル2から引き上げていないという情報を考慮しました。また、イスラエルからは民間の飛行機もまだ飛んでいますので、本当に避難が必要だとの判断になっても、まだ自分自身で退避することが可能であると考えました。
それと、やはりイスラエルに家族との生活基盤があるということが大きかったと思います。子供達には学校があり、私や主人には仕事があります。そしてなにより、息子の一人が国民の義務で国防軍での兵役についています。
私の子供達は日本国籍を持っていますが、同時にイスラエルの国籍も持っています。イスラエルは国民皆兵制の国ですので、子供達には兵役義務があるのです。まだ成人してない長女と次男については、必要があれば彼らだけでも日本に送ることも可能性としては考えましたが、母親である私が、兵役についている息子をイスラエルにおいて日本に帰るという考えにはどうしてもなれませんでした。
ーーー戦線に立つお子さんについてお話しいただけますか。
息子は今年の3月に入隊したばかりの19歳で、エンジニア関連の部隊にいます。この部隊は守備範囲が広く、最初は私も何をやる部隊なのかをなかなか理解することができませんでした。以前の仕事の関係で、パレスチナ支援のためのコーディネートなどを行う一部の部隊とは関係がありましたが、私にとってもIDF(イスラエル国防軍)のことは知らないことだらけです。
息子から何度も説明をうけ、いろいろな人に話を聞き、自分でも調べたりしているうちに、息子がいる部隊は前線を守り、敵の侵入を防いだり、味方の前進を可能にするための部隊だということがわかってきました。例えば、川で遮られている道を前進したいとき、地雷が埋められている場所を越えなければならないときなど、それをどのような形にしろ排除するなりして、部隊の前進を可能にするのです。
イスラエル国防軍の若い兵士たち
特殊戦闘部隊が一定の場所に到着しなければならない、看護兵たちがある場所に行かなかければならないような時に、彼らが任務に集中できるように道を整える役割であり、逆にその道に敵が入り込んでこちら側に侵入してこないようにする、そういう部隊だと理解しました。それだけでなく、他にもまだまだいろいろな任務があるようですが、今のところ私が理解しているのはここまでです。
息子はまだ入隊して1年もたっていませんので、つい先日まで訓練兵でした。実際に前線に立って戦うことはまだできない身分です。けれど、戦争が始まってしまったため、訓練期間そのものや、訓練終了の式典など、すべてが通常通りにはいかなくなってしまいました。
先日やっと基礎訓練期間を終えましたが、その後の専門コースに関しても今後どのようになるのか、全く予定が見えません。私には自分の息子がどういった場所で任務に就くことができるのか、どのくらい危険な場所に行くのか、それ以前に、私にはどこがどのくらい危険なのかも実際わからないのです。
それでも軍は基礎的な訓練から始まり、軍の規律、倫理観念、専門技術などを、しっかり体系立てて兵士たちに教えているということはわかりました。また、兵士たちは適当に配置されるのでなく、専門知識を学び訓練を受けたふさわしい兵士たちがそれぞれの役職に任務に就くということもわかりました。それを教えるための教官がいれば、それを許可したりしなかったりする役割の上官もいる。イスラエルには厳しい軍警察もあり、軍人たちが間違った行動をとることがないように目を光らせてもいます。
ガザ地区のシファ病院に衣料品を届けることに成功したイスラエル国防軍
ですから、息子を信じるしかないと思っています。そして息子とその同僚や友人たち、その家族、国民全員の安全を祈る以外に、私にできることはありません。彼らに守られて生活できることに感謝して、自分ができる精一杯の日常生活を送るしかない、そう思っています。
ーーーイスラエルの兵役についてもう少し詳しく教えていただけますか?
イスラエルは建国以来一貫して、成人した人は男女ともに兵役に就く義務が課せられています。少数民族やユダヤ教正統派など、一部の人はその義務が免除されている場合もあるのですが、高校を卒業するとほとんどの人が入隊します。男性は約3年、女性は2年という義務期間ですが、義務が終わっても引き続き職業として兵役についている人もいます。また、退役しても予備役義務というものもあり、身分は軍人でない一般の人でも、1年に1か月程度は兵役に就くことが義務付けられています。(役職やステイタスによって予備役の義務期間にはばらつきがあります。)
軍隊というのは大変大きな組織です。特に現代は、サイバー攻撃の防御なども重要であることは世界中が理解していることですし、情報戦も大きな影響力を持つことも誰もが実感していることでしょう。
イスラエルでは防衛にも大きな比重が置かれています。今回の戦争でも、約10,000発の無差別ミサイル攻撃があっても被害が最小限に抑えられていますが、それはイスラエルで開発されたミサイル迎撃システム「アイアンドーム」のおかげです。あれがなければ、今頃イスラエルはテルアビブも含み廃墟となっているはずです。何しろ、1か月で約1万発のミサイルが降り注いでいるのですから。そういった防衛システムを開発するのもイスラエル軍の仕事です。
ーーーイスラエルに住む人は、国防軍に絶大な信頼をおいていますよね。
そうですね、彼らが国の安全保障のためにしてくれていることを理解しているからです。国防軍のことを知れば知るほど、「兵隊とは銃をもって人を撃つ人たち」という考えが、非常に偏った浅いものの見方だということを実感しました。地下に掘られたトンネルの進路を地上にいながら追跡したり、攻撃してきたテロリストの顔を認識したり、先ほどお話ししたHFCなど市民の生活を安全に続けるためにはどのような基準を設ければよいのかなどを分析したり、様々な任務があります。
前職では私は、パレスチナとイスラエル、パレスチナ支援をする国とのコーディネートをする部隊に長年お世話になりました。彼らはパレスチナ側ともしっかり連携を取っているので、お互いの信頼関係や理解度は、外国から来た支援者たちよりもずっと強固であると感じたものです。さらには戦況の報告、戦場の証拠写真の撮影、状況の分析、敵機の判別、報道、式典、基地の運営など、防衛軍のやるべき任務は山のようにあるのです。(後編へ続く)