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CULTURE

イスラエル在住日本人女性のニューカムボール・チーム「ヤパニッチ」

by 中島 直美 |2025年02月27日

イスラエルではニューカムボール(ヘブライ語で「カドゥレシェット」)という球技が盛んで、お母さん(子供を持つ女性)だけが参加する「ママネット」というリーグが社会的な意義を持つムーブメントとなっているという事を3年前の記事でお伝えしたことがありました。


ニューカムボール/カドゥレシェットとは6対6でネットを挟んで相手コートにボール投げ込むという、バレーボールに似たゲームです。バレーボールと違うのは、ボールは打つのではなく必ず1度キャッチしなければいけないという点です。ブロック以外はボールをキャッチして3パス以内に相手コートに投げ入れなければなりません。


今回はイスラエルで唯一、カドゥレシェットをプレーする日本人女性のチーム「ヤパニッチ」を取材に行きました。


最近初めておそろいのユニフォームをつくったチーム・ヤパニッチ

「ヤパニッチ」のキャプテン兼創設者、林朋子さん

ヤパニッチは2022年9月に結成された、日本人女性15人のチーム。殆どの人がイスラエル人と結婚をして子育てもしているお母さんです。イスラエル在住期間は約4年という方から、10年程、20年以上、約30年と人それぞれ。テルアビブから北60㎞程にあるメナシェ地方の公営体育館で、毎週土曜日午前中に練習をしています。メンバーは体育館があるメナシェ地方に住んでいる人も多いですが、テルアビブ付近などの遠方から片道約1時間かけて毎週通って来るメンバーも複数いるのだそう。


そんな日本人の女性チームがどうやって結成されたのでしょうか?チームのキャプテン兼創設者である林朋子さんにお話を伺いました。


団結するチーム・ヤパニッチのメンバー

「私は約15年前にイスラエル人の主人と子供、一家全員でイスラエルに引っ越してきたのですが、このスポーツがあったからこそ、最初は慣れなかったイスラエルでの暮らしも乗り越えることができたと思っています。


最初はカドゥレシェットなんて知りませんでした。スポーツはもともと好きではあったけれど、カドゥレシェットどころかバレーボールにだって特に興味があったわけでもない。イスラエルに移住してきたばかりの頃近所の友人にしつこく誘われて、じゃあ試しにいってみるかとサンダル履きのまま靴も持たずに体育館に行ったのが始まりでした。


やってみるとカドゥレシェットは楽しかったんです。日本での暮らしを断ち切って右も左もわからないイスラエルに来たばかり、無力感のようなものも感じていた時期でした。そんな時に思ったよりも自分が上手にプレー出来て、充実感も得られた。その後は仕事も軌道に乗って今ではイスラエルの生活にもすっかり慣れましたが、カドゥレシェットはその時以来ずーっと続けていました。」


「ヤパニッチ」誕生のきっかけ

練習終了後、仲良くポーズを決めるチームメンバー

とはいえ、イスラエル人の選手同士の交流を見ていると羨ましい部分もあったという朋子さん。


「合宿でも、リーグ戦でも、私も本当に楽しみました。リーグ戦でエイラットに行ったり海外の試合に参加したりもするんです。私もチームメイトと一緒に青春を謳歌しました。

でも、仲間同士で自分の言語と文化で気楽におしゃべりして楽しんでいるチームメイトを見ると、うらやましいな、楽しそうだな、私も日本語でこれをやりたいな、と思う気持ちが心のどこかにあったんです。


そんな時に、身長が低めの人たちを対象にネットを規定よりも10センチ下げた高さでプレーする、身長165センチまでの「制限リーグ」が設立されると聞いたのです。これなら限られた人数しかいない日本人でもプレーしやすくなるかもしれない、日本人チームをつくれるかもしれない。そう思いました。


でも、実は私は、それまで日本人との交流をあまり盛んに行ってこなかったところがあったんです。なんとなく苦手意識というか、どういうふうに接していいのかちょっと戸惑うようなところがあって、日本人の友人が全くと言ってもいいほどいなかったのです。」


近所のカドゥレシェットチームとの練習試合

だから、フェイスブックのイスラエル在住日本人グループにカドゥレシェットのチームメンバー募集の下書きをしたまま投稿ボタンをどうしても押せずに悩んだという朋子さん。


それでもやっぱり日本人のチームが欲しい!日本人とカドゥレシェットをプレーしたい!その気持ちに突き動かされて、ついにえいやっ!と投稿ボタンを押したのだそうです。

その募集の投稿には、ISRAERUのママネットリーグのリンクも貼ってくれたと言う朋子さん。


「カドゥレシェットのわかりやすい説明が日本語でなかったので、これなら募集の投稿を読んでくれた人もわかりやすいかなと思って」と、朋子さん。筆者としてはうれしい限りです。

朋子さんのメンバー募集の投稿を目にしてカドゥレシェットに興味を持った日本人が少しずつ現れたと言います。その人たちでワッツアップグループをつくって練習日を相談するのですが、それでもやっぱりゲームの練習ができるほどは人数が集まらない。練習にしても6対6でやるなら少なくとも12人は集まらなければなりません。


そんな中「待っててもらちが明かないから、試しに一度皆で会って練習しませんか?」とのチームメンバーからの呼びかけが。

まずはお試しという事で、「とりあえず無料で1回使ってみればいい」と体育館側の好意的な取り計らいもあり、ついに初練習が始まったのが2022年12月3日。


カドゥレシェットは必ずボールを最初にキャッチします

「高校生以上の子供さんがいる人はできたら連れてきて」、「一回こっきりで終わらないようにお友達を誘いましょう」、「スポーツシューズは必要ですか?」、「駐車場はどこ?入口は?」等々とまずはカドゥレシェットそのものよりも人数や場所、どんな格好で来ればいいのかという周辺事項でてんやわんや。それでも何とか、記念すべき第一回目の練習が行われたのでした。


チームの成長と仲間たち

こうやってよちよち歩きでスタートを切った日本人カドゥレシェットチーム「ヤパニッチ」。

「始めた当時は、まさか遠くからも人が集まるようになるとは思いもしなかったし、ヤパニッチなんてチーム名を付けて、そろいのユニフォームを来てトーナメントに参加することになるなんて、思いもよりませんでした。」

こう言うのはメンバーのひとり、エドリー麻衣子さん。


「でも、今ではチームメンバーは”仲間”だという気持ちが強いし、週に1回の練習に参加することは私にとって心のよりどころのような感じです。

生活で落ち込むようなことがあったとしても、練習に行けば体を動かさなければならないし、言いたいことを言いたいように言い合ってゲラゲラ大笑いしている、かわいくて力強いメンバーたちと一緒に練習することが自分の力にもなる。これだけの人数が集まっているのに、いやな雰囲気になるようなことが本当にないのも、すごいと思いますね」


ブロックだけはバレーボールと同じでキャッチしません

戦争がひどかった時は、空襲警報が鳴ればシェルターに避難しながらも練習を続けたと言います。そのうちの一人は

「日本に一時帰国した人もいて人数も少なくなった時もありました。不安や恐怖心もあったけれど、「イスラエルにいる日本人」という同じ境遇にいる仲間に会って日本語でおしゃべりしながら大笑いして体を動かす。気持ちをリセットして次の週をまた新しく始めるために、カドゥレシェットの練習は私にとって本当に重要な時間でした。」と言います。


練習の後は反省点やチームの事について話し合います。とはいえ実際は持ち寄ったお茶菓子を囲み、皆が思い思いのことを言い合ってストレスを発散し、親睦を深める時間になっているのです。生活についての情報交換や小さな悩みの相談なども飛び交います。

それでもこの話し合いの中でチームの名前を決めたり、トーナメント出場について話し合ったりもするのです。新年会やチーム結成記念のパーティなども企画されると言います。


チームの今後

先日は初めてのトーナメントに出場したというチームメンバーたち。身長165cmメートル以下の身長制限リーグの試合だったそうですが、残念ながら1勝4敗という結果に…。それでも出場できたのは良い経験になったと出場したメンバーは口を揃えていいます。

チームは今後どのように成長していくのかをメンバーの藤川かおりさんにたずねてみました。


「私にとってヤパニッチの皆は「大切な仲間」です。皆で楽しくプレーするのが大好きですが、もっと上手に、さらに強くなっていきたいという気持ちもあります。でも、この年齢で初めてこの競技を始めた私達が今後どこまで伸びていくことが可能なのか、懐疑的な部分も正直あります。もしこれが5~6年前に始めていたことだったらもう少し異なる感想もあったかもしれませんが。


体育館の入口で。練習後はここでみんなでお茶を飲みながらおしゃべり

私も最初はまさか続けることになるとは思わないまま、友人に誘われるままになんとなく練習に参加しました。それなのにここまで続けているのは仲間と一緒にカドゥレシェットをプレーするのが楽しいからです。

やっぱり新しい技を覚えたり、チームプレーがうまくいくとうれしいものです。これからもみんなで楽しみながらもできる限り強くなっていきたいなと思う気持ちがあります。」


キャプテンの朋子さんは言います。

「試合に出るようになると、もっと強くなりたいと思う気持ちが出てきます。でも、試合に勝つことだけを求めるとチーム内部でも競争が激しくなるのは自然なことです。それぞれの選手に得意不得意なポジションがあり、勝負を重要視すれば誰がスタメンで誰が補欠か、そんな考え方も必要になります。でも、それがこれからのヤパニッチに本当に必要なことなのか今はまだわかりません。


真剣に取り組んでより高度な技を身につけ勝利をつかみ取るのは楽しくもあり気持ちの良いものですが、私達にはそれぞれに家族や生活があるしスポーツにどれほど力を注げるかは様々な理由から個人差もあるのです。

とはいえ、やはり何らかの形で目に見えるチームの進化がないとモチベーションが下がっていくこともまた、自然なことです。複数の人々が一緒になって作り上げるチームですから、バランスの取れた進化が必要になります。」


ワインを開けて特別なお祝いをすることも

ヤパニッチの練習風景はメンバーの日本人女性たちの笑い声が絶えません。けれどチームでの話し合いでは歯に衣着せぬズバズバとした物言いでイスラエル人顔負けの大激論。それでも前向きの元気なエネルギーは消えることはなく険悪な雰囲気になることもありません。

強さを求めながらも楽しむことも忘れない。今後のヤパニッチの成長がとても楽しみです。メンバーは今も募集中だそうなので、興味のある方はぜひご参加ください!




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