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CULTURE

政治×ヒップホップ。イスラエルポップを代表する「シラト・ハ・スティッカー」を歌う「ハダグ・ナハシュ」とは。

by 木村 リヒ |2020年08月05日


イスラエル音楽とは?

イスラエルの音楽を紹介するにあたり、改めてイスラエルの音楽とは何かを考えたところ、料理と同じくイスラエル音楽というものはないのかもしれないと思い始めました。(詳しくは「イスラエル料理は存在しない!?」の記事をご覧ください)


知人の音楽家たちに聞いてもやはり、中東の音楽をイスラエル風にアレンジしたり、ジャズをイスラエルテイストにしたりなど、他国の音楽やジャンルをベースにイスラエル要素を足したものをイスラエル音楽と呼んでいるような気がするとのことでした。


様々な国の要素が入り交じるイスラエル文化と同じく、音楽のジャンルも移民の数だけあるイスラエル音楽。地理的関係もあり、中東系音楽の影響は大きいですが、国際化が進むにつれてアメリカ化したポップミュージックの増加も加速しています。

さらに、イスラエル出身のクラシック演奏家やジャズミュージシャンが世界で活躍していることもよくありますし、最近ではイスラエル発のDJの活躍も見逃せません。このように様々なジャンルがミックスされている中、イスラエル音楽とは何か、特徴などを再思考しました。


ヨーロッパ最大音楽コンテスト、ユーロビジョンにて優勝したイスラエルヒップホップアーティスト、ネタ・バルジライ。ファッションアイコンとしても注目されており、ネタ自身、ファッションは日本の影響を強く受けていると語る。


イスラエル音楽の歌詞に込められたメッセージ

他の国と同じく、愛や友情、日々の生活やイベントに関する歌詞も多々存在する中、イスラエルでは、平和や戦争、そして特に政治的意見や国に対する皮肉を込めたものが特に多くあります。


そこで紹介したいのが、「ハダグ・ナハシュ」(直訳すると魚蛇(アメミウナギ)というユニークなネーミング)のヒップホップグループ。

特に政治的影響を受けるエルサレム生まれ、エルサレム育ちの仲良し6人組ロックグループです。ライブは破天荒で好き勝手するスタイルのイスラエルらしい一昔前のロック風ヒップホップグループですが、歌詞に注目してみると非常に奥深い、国に込めた思いを感じ取ることが出来ます。

実は、2009年にイスラエル大使館、外務省協力の下、イスラエルウィークの一環で日本公演も行い、会場には1,000人を超える人々が集結。ライブは大いに盛り上がりました。


メンバーは40代後半だが全盛期と変わらないエネルギッシュさが感じられる。


一番のオススメは不動のヒット曲、「シラト・ハ・スティッカー」。直訳すると「ステッカーの歌」です。

実際に存在する様々なステッカーにあるスローガンを合わせて、歌詞にしている曲です。

「なぜステッカー?」と思いますよね。ここでイスラエル人にとって、ステッカーが何を表すのか説明します。


日本でステッカーといえば、流行やデコレーションの一環として使われていることが多くあります。一方、イスラエルでのステッカーは、自己主張の為使われることが多く、政治的意見や様々なアイデアに関するスローガンがステッカーに表記されています。


スローガンの内容は、右翼支持派、左翼支持派、平和主義者、軍事的アイデア、ベジタリアン、宗教的思想、反宗教的思想やイスラエルとパレスチナの支援、反パレスチナ、イスラエル軍を応援するものまで多種多様です。


そしてステッカーの主な使用方法は、個人のイデオロギーの主張なので出来るだけ目に付くところに貼られており、車(特に後部のリアバンパー)やバイクに良くみられます。


テルアビブのカフェにて レジはステッカーまみれ 「話し合うまで(戦争は)終わらない」「今すぐ平和を!」など

さて、「シラト・ハ・スティッカー」に話を戻しますが、この曲のリリースは2004年と15年以上も前。しかし今のティーン世代でも、この曲を知らない人はいないほど浸透しています。


作詞を手掛けたのは、イスラエルの有名作家のディビット・グロスマン。ディビットは1995年に起こった、ラビン首相殺害の事件に関する詩を書きたいと思い、政治、社会、宗教的なイデオロギーに関するステッカーを集め、そのスローガンをもとに詩を書くことをしました。


自身の子供に協力してもらい、実に120枚以上のステッカーを集めて繋げ、当時人気絶頂期であったハダグ・ナハシュに曲を書いてもらい、大ヒットを収めました。


この曲が今でもイスラエルポップの代表作として挙げられる理由は、曲よりも歌詞のインパクトの強さであり、イスラエル内にどれだけのイデオロギー同士が渦巻き、共存しているのかよく理解することが出来ます。


2019年に大成功を収めた「ステッカーの歌」ライブにて 1996年結成グループ、今でも変わらぬ人気

数行ですが歌詞を訳してみました:


「世代全員が平和を要求する。

強い民が平和をつくる。

彼らに銃を与えないで。

強力なリーダーが必要だ。

不必要な戦争のために我が子は捧げない・・・」


この様に強烈なスローガンをラップ調のメロディに乗せ、イスラエル社会の複雑さをポップに表し、人々の共感を得ることができたのでしょう。


「ステッカーの歌」2019年、Firqat Alnoorとハダグ・ナハシュのコラボ アラブ調のトーンとラップの調和がおもしろい。

ちなみにミュージックビデオも、ハダグ・ナハシュのメンバーが様々なイスラエル人(宗教的ユダヤ人やアラブ人、軍人)などに仮装して歌っているので、ヘビーな内容の歌詞も楽しく観ることが出来ます。また作詞を手掛けたデイビット・グロスマンやDikla、Danny Sanderson、Tomer Yosef、Peledなど、イスラエルで人気のミュージシャンもビデオに登場します。


この曲はイスラエルのミクロコスモスのようだと感じています。数えきれないほどのイデオロギーがあり、それぞれを個々が力強く主張するがゆえに、争いもあります。しかし極右と極左が友達だったり、信仰の違う二人がカップルになることもよくあります。


信念や信仰が違えど、個々の意見を尊重し平和に暮らしたいという思いは、ステッカーやイスラエルポップを通しても良く分かります。


今回はイスラエルのポップミュージックにフォーカスしましたが、イスラエルロックや中東系音楽も非常に興味深いですよ。

辛口な自己主張がうまいこと調和しているイスラエルポップ、耳に残るメロディーの裏には深く強い思いが込められていることを思い出して、是非聞いてもらいたいです。