アビ・ダングール。筆者が見ていたドラマの中の彼は、強すぎる個性で登場人物たちに疎まれるタイプ。憎めない雰囲気を醸し出しながらも、微妙な力加減でこちらの苛立ちのツボをしっかりとついてくる。
ギョロ目、鷲鼻、どこか人を小馬鹿にしたかのような特徴的な笑い声。方向的にはいわゆる憎まれ俳優。そんな彼をテルアビブの喧騒の中、インタビューしました。
憎まれ役俳優の素顔
「日本はまるで異なる惑星の様だと言うイスラエル人もいるけれど、僕が初めて日本に行った時は懐かしさすら感じました」
「公共のトイレで手を洗い終わった後、シンクの水滴を丁寧に拭きとっている人を見ました。そんなこと、イスラエルでは絶対にありえないです」
「何もかもが美しくて整っていて、人々が本当に親切。日本には心の平穏があるような気がするのです」
とにかく騒々しいイスラエルの、射るような直射日光がまぶしく街を照らすテルアビブの真昼間。騒音の中、殆ど消え入りそうな声で日本への愛を一語一語かみしめるように語ってくれるのは、テレビドラマで見た小憎らしさのある登場人物とはまるで別人の彼でした。
「お声が、小さいですね。あの、テレビドラマで見るのと、ちょっと感じが違うのですが…」つい言ってしまった私の質問に答えてくれました。
「普段の僕は、どちらかと言うと恥ずかしがり屋なんです。実生活で恥ずかしさが先に立って言いたいことも言えないような場合は、今まで演じてきた役を思い出して、彼だったらどう振る舞うかを考え、それを参考にすることもあります。」
ドラマの中で見る彼は、周りの空気を読まないどころか空気を読んであえて逆らうような行動を取ることも。その実、悪気があるのかないのか、つかめないような感じがなんとも妙な苛立ちを掻き立てて主人公を引き立てる、ドラマの中の重要なアクセント。常識や礼儀を守ろうとしつつも、不器用さがそれをすべて台無しにするような憎めないところもあるのですが、やはり基本は憎まれ役。
けれど役の仮面をかぶっていないアビさんは、控えめで謙虚で落ち着きがあって、気遣いが自然とにじみ出てくる、優しさの人だったのです。ドラマで見る役の雰囲気があまりに自然に「嫌な感じ」、「不器用すぎる人」なので、立ち居振る舞いの洗練されたジェントルマンなアビさんを目の前にして、正直そのギャップについていくのは最初はなかなか大変でした。
そんなアビさんが「日本では、例えばこういうベンチの椅子でもなんでもいいけど」と、テルアビブの歩道のベンチを指さします。
「こういうベンチを留めているネジ。そんなものですら、日本のものはイスラエルの何倍も美しい。どうしてそうなるの?」とさわやかにほほ笑みます。
日本の美しさに、アビさんはすっかり心を奪われてしまったと言います。彼の日本の美に関する芸術的で独特な世界観は、インスタグラムの写真などからも良くわかるのです。
俳優、アビ・ダングールの誕生
それでは本当は恥ずかしがり屋だというアビさんは、一体どんな理由から人前に姿をさらす俳優という職業を選んだのでしょうか。
「きっかけは、今でも深い付き合いのある幼馴染とやっていたごっこ遊びです。二人でお互いに役を決めてその役になり切って、お互いを笑わせるという遊びをやっていました。それが本当に楽しかった。二人でいつまでも遊んでいました。」
幼馴染とはじめた遊びが俳優となる自分のスタートだったと語るアビさん。
その幼馴染は俳優という進路を選ばなかったけれど、アビさんが芸術学校時代に 作ったプロジェクトにも参加してもらったといいます。後にそのプロジェクトはテレビドラマにもなり、実際に幼馴染もドラマに参加したというエピソードも披露してくれました。
アビさんの代表作「マイケル」キービジュアル
アビさんが通っていたのは、エルサレムにあるThe School of Visual Theater。数あるアビさんの代表作のうち「マイケル」と「歌手のアビ」の二つはアビさんがこの学校で学んでいた時代に作りだしたもので、「マイケル」は2007年、その発表と同時にエルサレムの演劇賞を受賞。両作ともイスラエルではテレビシリーズ化され、高い評価を得ました。
「学校では少し芸術度が高すぎるというか、わかりにくいというか…。そういったことを扱う芸術が多かったと思うけど、僕はあえて少し大衆に好まれそうなものを選んだから…」
自身の成功の秘訣を控えめに語るアビさん。
「大衆的なテーマを選んだという理由があっても、必ずしも大衆から選ばれるとは限りませんよね?」と、私の意見を述べると少し居心地悪そうに、恥ずかしそうに微笑むアビさん。とにかく虚勢を張らないのです。
道行く人々がアビさんを目にすると「有名人」と認識して微笑んだり噂したりもしてきます。中には一緒に座っている私に向かって「この人ってすっごい有名人なんだよ、知ってる?」と言ってきた人も。
それなのに当の御本人は「普通の人」、いえ、普通以上に謙虚な人。憎まれ役の多い彼なのに、イスラエルでは本当に多くの人に愛されている俳優なのだということがとてもよくわかりました。
「ここに来る道すがら、自転車に乗った通りがかりの人に大きな声で『ヤ、ゲベル!』と叫ばれました」と苦笑いするアビさん。「ヤ、ゲベル!」とは直訳すると「男」ですけれど、意訳するなら「そこのマッチョ!」というか「よう!男前!」とでもいうか。まあ、あまり上品とは言えない声掛けなのです。
「それでもチラチラ見られて、くすくす笑われたりするよりは、ああやって言ってもらえればこっちも反応しやすくていいかな…」と考えを巡らしているのでした。
アビさんの夢
そんなアビさんが夢のように考えていることがあるといいます。
「言語の問題もあるし、簡単ではないとは思うけど…」そう前置きをしてアビさんは言います。
「日本で、俳優として仕事をすることはできないかと思っているのです。日本へは今まで2回行きました。とにかく素晴らしいところ。日本語も少しだけ勉強しているけれど、まだまだ難しい。漢字って何文字あるんですか?」
こんな話から、日本語や習字について、さらには日本における外国人タレントや、日本で良く知られたイスラエル人についてまで、話題は広がりました。
アビさんは、とにかく一緒にいる人を飽きさせないうえ、旺盛な好奇心を持った人。話は尽きなかったし、私の方がインタビューされる場面もありました。
アビさんの、日本に関する興味は本当に終わりがありませんでした。
「日本の俳優さんたちはどんな生活をしているのだろう」などと日本の同業者にも興味を示し、日本で出会った人々についてインスタグラムの写真を見せながら話を聞かせてもくれました。
私自身は日本の芸能界には全く疎いので、的確な返事ができないことがもどかしくもありました。それでも日本とイスラエルのファン文化の違いや日本のテレビドラマについて知っていることをできるだけ話したりもしたのです。
アビさんの日本旅行の話の中でも特に印象に残ったのが、ある俳優とのエピソードでした。
「この俳優さん、知ってる?」と、ツーショットの写真を見せてもらって、私はとても驚きました。彼は2020年に若くして亡くなられた日本のとても有名な俳優さんだったのです。
「親しい友人というわけではなくて、たまたま仕事で知り会って一緒に写真を取ってもらったのだけれど」とアビさん。
2019年ソウルで行われた国際ドラマアワードで、彼が出演したドラマ「On the Spectrum」が受賞したため授賞式に参加したとのこと。そこで同年「アジアスター賞」を受賞した彼に会ったのだそうです。
「後に同業者から訃報を聞いた時は本当に、どうしていいかわからなかった」。ポツンとアビさんの一言が心に残りました。
普段テレビで目にするアビさんは、完璧な「俳優」。
実は恥ずかしがり屋で、道でファンの人に見られるとちょっと居心地の悪いような気持ちをしていることや、日常生活で積極的になれないときは今までに演じた大胆な役になりきってやり過ごしていること、日本が大好きで日本の俳優さん達に思いを馳せているようなそぶりは全くありません。
でも今、目の前で日本への夢を語る、テレビとは全く違う彼を見て、私はこの俳優さんの姿をいつか日本のテレビ画面で見る時が本当に来るのだと思いました。
そんな時がはやく来てほしいと、応援したい気持ちになったのです。
日本では外国の映画やドラマは吹き替えという文化があること、過去にイスラエル人歌手が日本でヒット曲を出して日本語でも歌われたこと、そんな話をしながら、実際のところ、インタビューの間は彼よりも私の方が、彼の日本デビューを夢見ていたかもしれません。
「歌手のアビ」では落ち目の歌手であるアビを演じたアビさん。このドラマの中では彼の歌を聞くこともできます。
「日本で流行っている歌も聞いてみたいです。歌えるようになったら面白いかもしれない」そういうアビさんに、私は日本の代表的な歌のリストを作って渡すことを約束しました。いつかアビさんが歌う日本語の歌を聞いてみたいと思っています。
アビさんの来日予定
最後に、ISRAERU読者の皆さんへ、アビさんの「将来の観客」の皆さんへメッセージを頂きましたので記したいと思います。
「日本とイスラエルはいろいろな場面で全く異なっていると思います。教育の違いというものもあるのかもしれませんね。
イスラエルは日本からもっと沢山のことを学ぶべきだと思います。そして日本がイスラエルから何かを学ぶことで……」
と言った後少し考えて、「そんなことってあるのかなあ。日本が損なわれないといいけれどなあ…(笑)」とアビさん。
「とにかく、もっともっと日本とイスラエルが様々な分野で協力し合っていく活動が広がって欲しいと思っています。日本が本当に大好きです。」
そんな彼は、イスラエルで人気の映画の撮影に関連して、近いうちに日本に来る予定があるとのこと。
「この映画には僕は出演しないし直接関係してはいないのですが、せっかくなので同行させてもらう予定です。」
日本にいるアビさんを見かけたら、ぜひ大きな声で呼びかけてください。
「大きな声で呼びかけられたらこっちも反応しやすいからその方がうれしい」、そう言っていたので、必ず元気に、フレンドリーに返事を返してくれるでしょう。
そして私はいつかアビさんが日本語で歌を歌っているところ、または日本のドラマに出演しているところを見てみたいという気持ちを強く持ってしまいました。そんな日が来ることを夢見て応援しています。皆さんもぜひ楽しみにしていてください。
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