エルサレム生まれ、エルサレム育ちのガラス作家、ロニット・ヤクティエルさん。アクセサリーや照明器具、ユダイカ(ユダヤ工芸)など幅広い作品を手掛け、イスラエル国内外の展示会にも数多く出展してきました。作品の美しさはもちろん、その温かな人柄でも多くの人を惹きつけています。今回は、エルサレムの工房を訪ね、お話を伺いました。

エルサレム工芸館
エルサレム、ヘブロン通りにある「エルサレム工芸館」。車の往来が激しいうえに通り向かいが工事中ということで、この場所に到着した時は騒音に驚いたのですが、一歩建物の中に入るとまるでこの建物が建設された100年前にタイムスリップしたような感覚に包まれ、外の喧騒がすっかり消えてしまいました。

美しい絵や置物などが品よく飾られていて、色とりどりの植物が花を咲かせています。吹き抜けの中庭には日差しが柔らかく差し込み、ちょっと古びたエルサレムストーンの壁が歴史の深みを感じさせるのです。

建物の玄関先まで迎えに出てきてくれたロニットさん。「ようこそいらっしゃいました!」と暖かい笑顔で私達を迎えてくれました。
「この建物、建てられたときは病院として使われていたけれども、1970年頃からはエルサレムの工芸家たちの創作拠点として生まれ変わりました。 私のご近所さん達をちょっとご紹介しましょうか?」
そう言って、1階、2階と、建物に入っている芸術家たちのアトリエを一つ一つ案内してくれるロニットさん。ガラス工芸やジュエリー、陶芸、ユダイカ、グラフィックデザインなど、様々な芸術家たちがそれぞれのアトリエで世界を創造しているのです。
「ここではよくワークショップなども行われています」
「こちらはハナさん。この方は筆でなく手を使って絵を描かれるの」
「ダニーさんは、ユダヤ美術の専門家」…
入居している芸術家は皆さんがそれぞれとても親しい関係のようで、建物全体が一つの芸術村のような雰囲気です。私もロニットさんのお友達のアトリエに入って挨拶させて頂いたりしました。
ロニットさんの経歴
このようにしてロニットさんの工房につくと、今度は親切に飲み物やお茶菓子などを勧めて下さるロニットさん。「お水を一杯頂ければ十分です」という私達に「コーヒーか紅茶、どちらがいいの?このチーズケーキもとってもおいしいの!」というロニットさん。初めてお邪魔するアトリエなのに、なんだか親戚の家に来たような安心感なのです。
そして「ガラス細工のワークショップもやっているのよ。あなた達にも後でガラス細工体験をしてもらいたいわ。時間はあるでしょう?急いでいるの?」というのです。
ロニットさんの人を迎え入れる暖かさに私はすっかり気持ちを解きほぐされた思いでした。
インタビューが始まると、彼女はもともとはガラス細工でなく貴金属加工の道から芸術に入っていったという事がわかりました。

そして子供の頃から絵をかいたり手を動かして作品を作るのは大好きだったけれど、実際に芸術家として仕事を始めるようになったのは2人目のお子さんが生まれた後だったと言います。
「昔から芸術には興味があったし大好きだったけれど、若い頃は本当に自分が何をしたいかなんてわからなかったりもする。生活のために仕事をしなければならないこともあるし、私が金属加工を学び始めたのは家族をもつようになってからです。
人生が永遠に続くわけではないと実感することもあって、本当に好きなこと、本当にやりたいことをやろうと思ったの」
「息子には”もっと早くから芸術の仕事をしたいと思わなかったの?”と聞かれたけれど、家族をつくったり子育てをしたり…人生には大切なことがいろいろある。それぞれにちょうどよい時期というものがあると思うのです」

そういうロニットさんの4人のお子さんたちは、今はすでに皆さん独立しているそうです。
小さな子供を育てながら金属加工の勉強をするのは楽ではなかったと思うのですが
「勉強することが本当に楽しかったし、技術を覚えるのも嬉しかった。子供達が寝静まった後、一生懸命金属加工の勉強をしたの。私は真剣に学ぶ生徒でした」とロニットさんは言います。
ロニットさんの作品たち
このように芸術家としてのスタートを切ったロニットさん。
現在ではエルサレム工芸館で制作を続ける傍ら、イスラエル各地の様々な展覧会に招待され、積極的に作品を発表しています。

「ガラス細工と金属を混ぜる芸術家はあまり多くないと思うけれど、私は両方学んだので一緒にやるのも怖くないです」そういうロニットさんの作品には確かにガラスの中に金属が埋め込まれていたり、金属がガラスに巻きついていたりと、自由な発想が生かされています。
ロニットさんの作品は繊細なガラス細工から大胆なアクセサリー、ユニークな照明器具やオブジェなど、とても幅が広いのです。
ビール瓶のガラスから作られた照明器具は「こういうのはきっと、バーやパブにもおいてもらうと良いのかもしれないわね。でも私、マーケティングをやっていなくて…」
ガラスで作られたメズザ(ユダヤ教の聖句を納めて玄関に取り付ける筒)の表面にあしらわれているヘブライ文字の「ש(シン)」を指さして「これを私はクレイジー・シンと呼んでいるの。すべてを型にはめないのが好き。ちょっと自由なくらいが私には良いの」といいます。確かにその文字は、ユダイカでよく使われるタイプのフォントでなく、ロニットさんがガラスで作ったものだったりするのです。

「これはガラス製のヤッド(朗読用の指し棒)です」と先端が指の形になっている繊細なガラスの棒を見せてくれます。「バット・ミツバの旅行に来たユダヤ系アメリカ人のリクエストで初めてガラス製のヤッドを作ってみたの。ヤッドは一般的に金属で作られる事が多いの。イスラエル人にはあまり売れなかったんだけれど…」と新しい事への挑戦にも恐れません。
自由な発想
ロニットさんはアトリエにあるたくさんの作品をとても興味深く説明してくれます。
「あなたにとって美しさとは何ですか?」ロニットさんの作品を見ていると私自身も心が開かれていくような、明るい気持ちになるような気がして尋ねてみました。
「美しさとは何か?えええ~、それはあなた、また難しい質問をするわね!」
冗談半分にそう言って笑った後、ロニットさんは少し考えてこう言いました。
「そうね、神様が作られたものは全部美しいのよ」
子供を産んだ後、宗教的な生活を人生に少しずつ取り入れるようになったというロニットさんは言います。
「見ていて楽しくなるもの、瞳を輝かせるもの、顔が光に照らされたように明るくなるもの。そういうものがすべて美しくて好きなの」

「ワークショップをやる時は生徒さんに言います。”目を開いて世界を見て”って。
そうすればインスピレーションは世界のどこにいても得られるものです。石も、貝殻も、私は大好き」
そういえば、ロニットさんの作業机には貝殻や小さな石ころがいくつか転がっていました。そして、手のひらくらいの大きさの、金属で作られた木のオブジェがおいてありました。その木には色とりどりの小さなボタンがついていて、本来なら無機質である金属とボタンで作られたその小さな木には、喜びが吹き込まれているようでした。
ワークショップ
インタビューの時間もそろそろ終わりに近づいてきました。
「じゃあ、ガラス細工の実践をやらなければ!せっかく来たのだから、ぜひやっていきなさい。目を保護するためにこの眼鏡をかけて。それから何色のガラスを使いたい?」
そう言って、てきぱきとガラスを熱するバーナーに火をつけ炎の大きさを調節し、いくつものガラス棒をもってくるのです。

「こうやって、ガラス棒をくるくる回すのよ。ガラスは炎の真ん中に来るように。こっち側、やってみる?」
炎の強さにちょっと怖気づく私に気を使いながら「一緒にやりましょう、気を付けてやれば怖いことはないのよ」とロニットさん。
私は、熱されて真っ赤な玉になったガラスを慣れない手つきで回しながら、ロニットさんの話してくれた内容を心によみがえらせていました。
コロナのロックダウンの時に作った作品のこと。精神疾患に立ち向かう患者達に金属加工を教えていた時の話、戦争が始まってからの日々…。
作品を作り始めては中断せざるを得なくなった、展示会の準備をしているのに中止になってしまった…。そういった出来事もロニットさんは明るく話してくれるのです。
「このガラス用オーブンは今修理中なんだけれど、修理してくれる技術者が戦争のために予備役に呼ばれて役務についてしまったの。戻ってこれなくてしばらくこのままなのよ。でもどうしようもないわね。誰に文句を言えることでもないから」と微笑みながら現実を受け入れる強さ。
彼女自身が信仰を深めて宗教的な暮らし方へと生活を変えた経験から、宗教的な生活をしない旦那さんとの日常のバランスについても話をしてくれました。
互いを尊重すること、押し付けないこと。これは家の中だけに限った話ではないというのです。
「もう少しガラスの棒を外側にしないと、玉が落ちてしまうわよ。そう、そんな感じで。じゃあ、こちらの棒も熱してこれで作品をつくっていきましょう」
そういって、辛抱強くガラスの棒をバーナーの炎にあてて回し続けるのです。

希望の光
彼女の作品の中で、23年10月7日に起きた虐殺をテーマにしたものがありました。大虐殺があったパーティー会場やキブツの現場をイメージした作品です。ガラスで作られたその作品を見て私は、カオスと焼け焦げた野原、そして戦争のあのイヤな匂いが立ち昇ってくるような、そんな印象をいだきました。

けれど、彼女の作品はそこに光が差すのです。それは一種の衝撃でした。あの残虐で忘れたくても忘れられない現実を表現して、そのどん底にあっても必ず希望を忘れない、そんな彼女の作品に感銘を受けました。闇は光を打ち負かすことはできない。そんな心強い気持ちになれたのです。
この作品は私の心を強く打ちました。
帰り道
ガラス細工体験を終え、コーヒーとチーズケーキも頂いて、出来上がった作品とさらには果物までも私達の手に握らせて「どちらの方向に帰るの?この建物の裏にある、エルサレムで最高の場所を案内するわ!」と、アトリエを出て私達を先導するロニットさん。
普段、人が使っているのかいないのかわからないような、急な勾配のけもの道のような坂を颯爽と昇っていくのです(運動靴を履いてきてよかった、と思いました)。
少しすると、360度エルサレムの景色が見える開かれた場所に出ました。何の変哲もない空き地のようなこの小さな丘が、聖書の丘(גבעת התנ”ךギブアット・ハタナフ)なのだそうです。
「私は時々ここに来てエルサレムの町を眺めるの。ここは全方向がエルサレムなのよ」

そう言ってエルサレムを眺めるロニットさんの顔を見て、私は今日ここにきて本当に良かったと思ったのです。美しいガラスの作品をたくさん見せて頂いたこと、素敵な芸術アトリエの建物に入ったこと、楽しいガラス細工体験をさせてもらったこと…。
それらのすべてが素晴らしい体験だったのは確かだけれど、それ以上に、ロニットさんにお会いしてお話を伺ったことで心に光が宿ったような、そんな気持ちになりました。

「日本からもお客さんがいらしたら、ぜひアトリエに来てほしいわ。ワークショップにお誘いして」そう言って微笑むロニットさん。
なんだか「家にお友達を連れて遊びにいらっしゃい」といってくれる親戚のような、古くからの友人のような、そんな気持ちです。

今度は私も、しっかりとワークショップを体験するために、そしてもう一度ロニットさんに会うために、エルサレムのこの場所を訪れようと思ったのでした。
ロニットさんのホームページ:https://www.ronity.co.il/


