発泡スチロールのトレーやペットボトル、気泡緩衝材など、日常で使い捨てられる品々を緻密に描くイスラエル人アーティスト、Ilana Dotan(イラナ・ドタン)。テルアビブ美術館で開催される個展『Shelf Life』では、約10年にわたる創作の軌跡を紹介します。

ありふれた工業製品を見つめ直す
イラナ・ドタンは、2025年のハイム・シフ具象写実芸術賞を受賞しました。これを記念して開催される個展『Shelf Life シェルフ・ライフ』では、発泡スチロールのトレー、飲料用ボトル、気泡緩衝材、食品用ラップ、使い捨て手袋、菓子のセロハン包装などを描いた作品が展示されます。

展覧会名には、商品の「保存期間」や「店頭に並ぶ期間」という意味があります。同時に、ドタンが一貫して向き合ってきた、製品、時間、消費といったテーマも込められています。
会場には、約10年間に制作された作品が並びます。これまでほとんど公開されてこなかった過去の作品に加え、完全な新作や、新たな装いを与えられた作品も紹介され、ドタンの創作を振り返る小規模な回顧展として構成されています。
作品の出発点となるのは、ブランド名やロゴが記されていない工業製品です。しかし、同じような日用品を扱っていても、作品はそれぞれ異なる方向へと展開していきます。

人間を直接描かないという選択
ドタンが静物を描くようになった背景には、現代社会が人間を写したイメージであふれていることへの違和感がありました。
ニュースやSNSを通じて目にする人間の姿は、しばしば強い刺激を伴い、見る人の感情を揺さぶります。ドタンは、ギリシャの海岸に流れ着いたシリア人幼児の遺体を捉えた写真を見たとき、「もはや付け加えるものはない」と感じたといいます。人々はすでに多くのものを見すぎている。そのため、自分は人間を直接描くことから距離を置く必要があると考えました。
ただし、ドタンの作品から人間が完全に排除されているわけではありません。
ボトルを描いた作品の題名には「ボトルネック――肖像」という言葉が使われています。使い捨て手袋は物をつかむ手を連想させ、二重の気泡緩衝材は肺や肋骨のようにも見えます。梱包用のエアクッションを描いた作品は、人体の内臓を思わせます。
人の姿を描かず、日用品を通じて人間の身体や存在を浮かび上がらせているのです。


3週間から6週間を費やす緻密な描写
作品の多くは、鉛筆と木炭を使って制作されています。ドタンにとって、これらの技法は自らの「母語」のようなものです。なかでもグラファイトとの関係は、エルサレムのベツァルエル美術デザイン学院で学んでいた頃に始まり、ここ10年ほどでさらに深まりました。
一つの作品を完成させるまでには、大きさや複雑さに応じて通常3週間から6週間を要します。さらに長い時間をかけて仕上げる作品もあります。
ドタンは、時間がかかるという制約そのものが作品に意味を与えると考えています。現代社会は人間が生み出す物や情報であふれています。だからこそ、あえて制作する量を抑えることで、一つひとつの判断や行為について深く考えるようになるといいます。

長い時間をかけて描かれる作品と、短時間かつ低コストで大量生産されるモチーフ。その対比も、ドタンの表現を支える重要な要素です。
捨てられるものを、残り続ける芸術へ
作品は非常に写実的で、一見しただけでは写真か絵なのか分からないほどです。ドタンは「平面の紙に奥行きが生まれ、グラファイトの濃淡が『本物』のような物体へ変わっていく瞬間に、今も魅力を感じる」と語ります。
精密な描写は、鑑賞者を作品の前に引き留め、普段は意識することのない物をじっくりと見つめるよう促します。
使い捨てとして作られた品々は、役目を終えれば捨てられます。しかし、その多くは簡単には分解されず、現実の世界に長く残り続けます。そしてドタンの手によって芸術作品となることで、展覧会が終わった後も、別の意味で生き続けることになります。

大量生産と大量消費の象徴である日用品に、時間と手仕事を注ぎ込むイラナ・ドタン。『Shelf Life』は、普段何気なく手に取り、捨てている物の存在を、静かに見つめ直す機会を与えてくれます。
テルアビブ美術館 Ilana Dotan:Shelf Life
https://www.tamuseum.org.il/en/exhibition/ilana-dotan-shelf-life/
Ilana Dotan Instagram https://www.instagram.com/ilana.dotan/
*本記事はイスラエルメディアPortfolioの報道をもとに構成しています。


