障がい者雇用の支援サービスを提供する、日本の株式会社スタートラインとイスラエルのシェクロ・トーブ・グループは共に、型にとらわれない発想で革新的なサービスを世に送り出してきました。両社は約2年前の出会いをきっかけとし、現在ではシェクロ・トーブ・グループがイスラエルで展開する、障がいのある人々に雇用機会を提供する革新的なモデルの日本導入に向けて協力しています。
シェクロ・トーブ・グループは約20年をかけて、イスラエル社会全体における「障がい者雇用」の常識を大きく変えたといいます。そのモデルが日本にも導入されるというニュースは、イスラエルのメディアでも注目を集めました。彼らが日本導入を目指す、常識を覆すモデルとは一体どのようなサービスなのでしょうか?前後編にわたってお届けします!

革新的な職業訓練モデル、グッド・コーヒー(Good Coffee)
シェクロ・トーブ・グループが運営するカフェ・チェーン、グッド・コーヒー。スタートライン社は、このグッド・コーヒー・モデルを日本に導入すべく準備中だと言います。スタートライン社の担当者の一人は初めてグッド・コーヒーを訪問した時の感動を「その明るさと楽しい雰囲気に、ここが職業訓練所であることを一瞬忘れた」と表現しました。
グッド・コーヒーはイスラエルの住宅街やオフィス街、メンタル・ヘルス・センターなどにブランチを持つカフェ・チェーン。このカフェでは、朝からコーヒーを飲んだりサンドイッチを買いに来る人々が忙しく行き交い、昼はランチを楽しむお客さんで賑わいます。その合間にもネットや電話で注文を受けたデリバリーのボックスが次々と配達に出されていく、一見普通のカフェです。
では、このカフェの一体どこで障がい者の職業訓練サービスが行われているのでしょうか?
実は、このカフェそのものが職業訓練所となっていて、調理や接客、在庫管理やデリバリー対応などを含む殆どすべての業務がOn-the -Job-Traning 型* の訓練所となっているのです。(* 職場での実務を通して、新入社員や経験の浅い社員に必要な知識やスキルを身につけさせる教育手法。OJT。)
シェクロ・トーブ・グループは、イスラエルに住む障がい者達が閉ざされた世界の中で生活を完結させるのでなく、一般的な社会に受け入れられ自立することを目標として、独創的で効果的なリハビリテーションプログラムを提供しています。その理念から、職業訓練サービスを受ける利用者達が今後一般社会に出て就職することを可能にする実用的な訓練を提供しているのです。

倉庫及び販売用冷蔵庫の在庫管理、オンラインによるケータリングの注文、調理、台所管理、バリスタ、接客、清掃、キャッシャー、コールセンター対応…ここで職業訓練サービスを受ける利用者達は、このように様々な職種で必要とされる技術を学び、また不特定多数の人々が出入りする開かれた場所で「チームとして協力し合う働き方」を学びます。
カフェにはここが職業訓練所であることを示す看板などはなく、お客さん達にはここが職業訓練所だからという理由でなく、良いカフェだからという理由で来てもらいたいというのが基本的な考え方なのだそうです。
さらにグッド・カフェでは職業訓練サービスを受けている人々が就職するためのサポートも行います。サービスを受けている人々の長所、短所、得意分野や苦手とする業務など、それを知り尽くしているのはいつもカフェで共に働いているスタッフたちです。
職業訓練中に築き上げた信頼関係で「一般社会で自立して生きていきたい」という希望を持ったサービス利用者たちの背中を押し、心を支えます。
カフェには就職支援の専門家もいて、希望があれば模擬面接や履歴書の書き方のアドバイスなども具体的にしてくれるとのこと。
就職後も希望する人には継続のための支援やキャリアアップの支援を提供しているのだそう。さらには就職後、事情があって失職してしまった人たちがグッド・カフェに戻って来ることもあるそうですが、本人が希望すれば失職の原因となった問題を探し、それを回避もしくは解決する方法を得るための支援と再就職の支援も、すべてこのグッド・カフェで行われるのだそうです。
職業訓練モデル、グッド・カフェの日本導入
「今の日本では障がい者の職業訓練でグッド・コーヒーのようなワン・ストップ型というのは珍しいと思います。制度によってライセンスが分類されているという事情もあり、僕の知る限りでは職業訓練と就労支援、さらに再就職支援までもがつながって1か所で行われるような場所はなかったと思います」

そう話すのは、スタートライン新規事業開発部の新舘弘崇さん。新館さんは高齢者福祉関連の仕事で10年、障がい者就労支援関連の仕事で4年の経験があるベテラン。このグッド・コーヒー事業の責任者です。
「実のところ、初めてイスラエルの障がい者の就職率の話を聞いた時は少し信じがたい思いでした。説明によると、シェクロ・トーブ・グループによる支援サービスを受けた人たちの就職率は約35%とのことでした。初めて聞いた時は、数字の算出の仕方に何らかのトリックでもあるのではないか?フェイク?もしくはもともとそういう文化の国なのでは?と思ったほどです。だから正直なところ、最初は本当にそんなのは日本で実現可能な話なのだろうかと懐疑的な気持ちがありました。でも、僕はイスラエルに来てグッド・コーヒーをこの目で見て、その懐疑的な気持ちは消えました」
新館さんは次のように続けました。
「日本で説明を聞いただけでは現実味がなかった、全く別の世界のものと思っていたカフェでしたが、本物を目にして、中に入って、僕は逆に親近感を覚えました。
グッド・コーヒーでは、いろいろな種類や様々な程度の障がい者の方々が職業訓練サービスを受けていました。日本でも、それは同じです。いろいろな種類や様々な程度の障害を持った皆さんが、就職のための訓練サービスを受けに来る。基本の部分は全く同じなのです。
説明を受けると、制度的にも日本とイスラエルでは全く同じではないにしろ、共通する部分も多いという事もわかってきました。もちろんシェクロ・トーブ・グループが、イスラエルの障がい者雇用における常識を現在のような形に変えるまでに、たくさん苦労と努力をしたことはわかります。でも、それだけに、これは実現可能なものなのだという気持ちになったのです。」

スタートライン社は、2023年に日本財団が主催する障碍者雇用関連のカンファレンスでシェクロ・トーブ・グループに出会って以来約2年の間に、調査および研修グループをイスラエルに2度、アブダビにも1度派遣して、このモデルについて深く学び、シェクロ・トーブ・グループとのパートナーシップを築き上げ、最終的にこの職業訓練モデルを日本に導入する事業へと着手したのです。
「シェクロ・トーブ・グループの研修を受けて思ったのは、彼らは障がい者の就職支援のあるべき姿を実現しているという事です。日本の就職支援も、本来ならば本人の自立や生活という全体を見て、そのために本人が必要とする就職支援を行う、これがあるべき姿なのだと思います。けれど実際のところは、取りあえず、今こういうところに就職できればそれでいい、という目先のことにとらわれた形になってしまったと思うのです。だから、利用者さんの一般社会での自立や、本人の生活全体の希望を見据えてその実現可能性がある就職支援を行う場所という意味では、日本でも貴重な実例になることができるのではと思っています。」