生命はなぜ「左手」を選んだのか――。
生命誕生の最大の謎の一つに、イスラエルの研究チームが新たな答えを示しました。ワイツマン科学研究所とヘブライ大学の研究者らは、生命を特徴づける「分子の左右性(キラリティ)」と「同位体比」という二つの重要な性質が、太古の地球に存在した磁性鉱物によって同時に形づくられた可能性を発見。生命の起源に迫るこの成果は、世界的な科学誌『Chem』にも掲載され、大きな注目を集めています。

家族の食卓で交わされた科学談義から新発見へ
「生命はどのように誕生したのか」。
これは人類が長年追い続けてきた、科学最大級の問いの一つです。その謎を解く重要な手がかりとなる研究成果を、イスラエルのワイツマン科学研究所とエルサレム・ヘブライ大学の研究チームが発表しました。
今回の研究を率いたのは、ワイツマン科学研究所のミハル・シャロン教授と、ヘブライ大学のヨッシ・ペルティアル教授。実は二人は実の兄妹でもあります。家族の食卓で交わされた科学談義をきっかけに始まった共同研究が、生命の起源という壮大なテーマへと発展しました。

「生命の2つの指紋」が同じ起源を持つ?
研究成果が注目される理由は、「生命の二つの指紋」ともいえる特徴を、一つのメカニズムで説明できる可能性を示した点にあります。
その一つが「キラリティ(Chirality)」です。
私たちの体を構成するタンパク質の材料であるアミノ酸は、鏡に映した左右の手のように「右型」と「左型」の二種類が存在します。本来なら自然界では両者がほぼ同じ割合で存在するはずですが、生物はほぼ例外なく「左型」のアミノ酸だけを利用しています。
一方、DNAやRNAは逆に一定方向へねじれた構造を持っています。
なぜ生命だけが、このような偏りを持つようになったのか。その理由は長年、生命科学最大の謎の一つとされてきました。
キラリティと同位体比
もう一つの「生命の指紋」が同位体比です。
炭素には炭素12と炭素13など重さの異なる同位体がありますが、生物はわずかながら軽い同位体を好む傾向があります。この特徴は、数十億年前の岩石に生命活動の痕跡が残されているかどうかを調べる際の重要な指標として利用されています。
しかし、キラリティと同位体比という二つの特徴が、どのように生まれたのかは、それぞれ別々の現象として考えられてきました。
今回の研究は、この二つが実は同じ起源を持つ可能性を示したのです。
研究チームは、必須アミノ酸の一つ「メチオニン」を用い、微細な磁性粒子を組み込んだ特殊なフィルターを作製しました。そこへ左右それぞれのキラリティを持つメチオニンを流し、さらに炭素12と炭素13という異なる同位体を組み合わせて実験を行いました。
すると、磁場は分子の「右・左」だけでなく、含まれる同位体の違いまでも選択的に分離することが判明したのです。

生命誕生の舞台を解き明かすために
研究チーム自身も、この結果は予想外だったといいます。
これまで磁場がキラリティに影響を与えることは知られていましたが、同位体比まで同時に左右する可能性が示されたのは初めてでした。
研究者らは、電子や原子核が持つ量子力学的な「スピン」という性質が、キラル分子の立体構造によって増幅され、磁場との相互作用を強めている可能性があると考えています。
もし太古の地球に存在した鉄鉱物などの磁性鉱物の表面で生命の材料となる化学反応が起きていたとすれば、磁場が生命に必要な分子だけを選び出し、さらに同位体比にも影響を与えていた可能性があります。
これは、生命誕生の舞台を「磁性を帯びた浅い湖底」と考える有力な仮説を強く後押しする成果でもあります。

さらに、この研究は生命の起源だけにとどまりません。
磁場と質量分析を組み合わせることで、医薬品開発や化学材料の製造に欠かせないキラル分子の分離技術が飛躍的に向上する可能性も期待されています。右型と左型では薬効や安全性が大きく異なる薬剤も少なくないため、この技術は将来的に創薬や精密化学分野への応用も見込まれています。
世界有数の研究機関として知られるワイツマン科学研究所は、量子科学や生命科学、AI、宇宙科学など幅広い分野で世界をリードする成果を生み出してきました。
今回の研究もまた、生命誕生という根源的な問いに対し、イスラエル発の基礎科学が新たな視点を提示した例と言えるでしょう。
「生命はなぜ生命になったのか」。
兄妹の何気ない会話から始まった共同研究は、地球上で最も古い謎の一つに、新たな光を当てています。
*本記事はイスラエルメディアynetの報道をもとに構成しています。


