早稲田大学イノベーション・ファイナンス国際研究所が主催するイベント”イスラエル情勢の現状~日イ・ビジネスへのインプリケーション~”が、ゲストにダニエル・コルバー 駐日イスラエル大使館経済部 経済公使と、井口 優太 ミリオンステップス株式会社 取締役・COOを迎えて11月28日に開催された。

はじめに、イベントページに記載された主催者の課題認識を、原文そのまま以下に転載する。
本年10月7日のガザ地区を本拠とするハマスによるイスラエルへのテロ攻撃に端を発し、イスラエルは現在戦争状況にあり、先が見えず混沌としている。
ここ数年、日本企業はイスラエル企業、特にテクノロジー・スタートアップ企業との連携を加速してきた。
この連携は持続可能なのだろうか?
日本企業関係者は判断を迫られている場合も多いであろう。
本セミナーでは、イスラエルのビジネス状況を肌で感じているお二人にご登壇願い、
1)現在起きていること及びその真の背景、
2)過去このような地政学上の問題が生じた場合も、スタートアップ・ネイションはなぜ継続・持続出来たのか、
3)今後の展望、等々につきご議論いただき、
参加される方と多くの疑問にインタラクティブにディスカッションできる場を提供したい。
11月23日から約1週間の戦闘休止合意(Pause)により、ハマスに拘束されていた人質の一部解放と、イスラエル側に収監されているパレスチナ人の一部釈放の取引が実行されたタイミングでもあり、良いニュースに安堵しつつも今後の展開・先行きは更に不透明な状況である。専門家による状況解説、特に”今後の展望”に関する議論・質疑応答は、大変時宜を得たものだった。20数名の参加者は、何らかの形でイスラエルとのビジネスに関わっているか、関心を持つ方々であり、SNS上にあふれているノイズとは全く異なる、真摯にイスラエルとのビジネスを考えるコミュニティがあることに安心させられた2時間でもあったことを最初に付け加えておきたい。
プログラムは、始めにダニエル・コルバー氏、井口優太氏による15〜20分ほどの講演があり、その後は樋原伸彦早稲田大学大学院経営管理研究科・准教授のモデレータによる客席も交えたパネルディスカッションであった。
ダニエル・コルバー氏のプレゼンでは、様々なデータを駆使して10月7日以前のイスラエル経済概況、戦争の影響、政府による産業界への支援策、などについて説明があった。イスラエル経済については、11月24日に公開された記事 ”ウエビナーレポート” とも重なるのでここでは省略するが、戦争の影響については、現在35万人の予備役が召集されており、ハイテクセクターでも製造分野でもリソースに関してそれなりの影響が出ているとのことである。

また、今まで余り語られることがなかったが、農業分野でも2万人以上の労働力不足が起きているそうだ。海外からの労働力が中断しているためであろう。ハイテクセクターの場合はリモートワークや開発計画の修正もあり得るが、自然相手の農業の場合は労働力不足への対策は難しい。政府は、中小零細企業(MSMEs)向けとスタートアップ向けにそれぞれのリスクシェアを目的とした支援策を打ち出しており、スタートアップ向けにはIIA(イスラエルイノベーション庁)が1億米ドル規模のプログラムを提供するそうだ。

その他重要な情報としては、海空の港が現在も運営されており、物流や人の移動は途絶えていないということだろう。空運については現在も10社の航空会社がオペレーションを維持しているという。これらの情報は、イスラエル企業と協業している、或いは協業を考えている日本企業にとっては具体的な安心材料だろう。

その他、ダニエル・コルバー氏は、名古屋のサン電子株式会社がイスラエルのテロ被害者のための救援金を寄付し、イスラエル支援を表明したこと(記事)、株式会社サカタのタネがこの紛争状態の中でもイスラエルに支店を開設したこと、などを紹介した。来年1月に東京ビックサイトで開催される ”オートモーティブワールドジャパン” にも、イスラエルパビリオンは出展する予定であり、ラスベガスで開催されるCES2024にもイスラエル企業が出展するそうだ。駐日イスラエル大使館では #NoMatterWhat というキーワードとともにイスラエル企業が技術・サービスを提供し続けることを宣言しているが、その強さを再認識することができる報告であった。
井口氏がCOOを務めるミリオンステップス株式会社はイスラエルとのビジネスを構築する日本企業支援に特化したコンサルティング会社であり、今回、そのビジネス経験を踏まえた井口氏本人のイスラエル人・イスラエル企業に関わる発見やエピソードが共有された。まず、IIAが10月7日の2週間後に発表したというデータを元に、インタビューしたスタートアップ507社の約80%が人的資源や資金に関して何らかの影響を受けているという事実が紹介された。

そんな状況で井口氏自身が感じているスタートアップ企業への影響事例としては、子供の学校が閉鎖されたためにリモートで業務をすることを余儀なくされた方々の声や、決まっていた資金調達が延期になった事例、家族を置いて外国に出ることが難しいなど市場(顧客)アクセスの問題、等の紹介があった。
また、我々日本人がなかなか想像出来ないような事例として、家族のお葬式に行く途中でイスラエル人のパートナーがミリオンステップスとのオンラインミーティングに参加してくれたこと、ミーティング中に警報がなったので一時中座したイスラエル人が再び戻ってミーティングに参加したこと、シェルターの中に開発拠点を作って事業継続するイスラエルスタートアップ企業、更にはミリオンステップスのイスラエルメンバー自身のご子息が現在戦場で戦っている事実、など、家族、同僚、知り合いが戦っている中でもビジネスを継続している前向きな姿勢とイスラエル人の強さについても紹介があった。
日々イスラエルの人々、企業とコミュニケーションを取っている井口氏ならではの迫力ある情報である。また、パートナーである日本企業側もイスラエル側が諦めないことを十分理解しているため、コラボレーション事業の計画を全く変えていないそうだ。
最後に井口氏の感覚としてのNext Stepが紹介された。それは、イスラエル企業は今まで以上に海外市場に出てゆき、営業だけではなく開発も含めて海外チームを最大限活用してゆく、そして、基礎技術の強さを活かしつつ海外企業とのパートナーシップを活用する、という3点である。日本人・日本企業が今後どのようにイスラエル企業と付き合ってゆくかという意味でも大変参考になる視点だろう。
パネルディスカッションでは樋原先生の司会のもと、イスラエル政治の今後、イスラエルのAI技術開発、サプライチェーンに関わる課題、イスラエル起業家とのコンタクト、多国籍企業の動向、日本企業の課題、等々大変多くのQAがあった。

その一つ一つには言及しないが、実際にイスラエル企業との協業を行っている人からのコメントも含め、大変前向きで真摯な議論が展開された。総じて参加者が感銘を受けたのは、コルバー公使、井口氏どちらも言及された、イスラエル人が長年困難を乗り越えてきた経験に基づく”諦めない”スピリットだろう。これが彼らの回復力(レジリエンス)の源泉でもある。まだまだ戦争の最中であり、どのようなNext Stepとなるか今現在誰にもわからないが、どのような展開であれ(NoMatterWhat)彼らは諦めないだろうことは確かだろう。
本イベントの会場となった早稲田のシルマンラウンジは、アメリカ人実業家ロバート・J・シルマン氏の寄付によりつくられたホールにあり、ティックーン・オーラム Tikkun olam(世界の修復)というヘブライ語が刻まれた写真のような装飾物が壁に飾られている。

これはユダヤ教の概念で ”世界をより良くしてゆこう” というイスラエル人の行動指針となるものだそうだ。テロのない社会にしたいという思いで戦っているイスラエル人は、まさにこの指針に基づいていると言えるだろう。この会場で現在のイスラエルの状況を知り、日・イビジネスの今後を議論できたことは、参加者にとっても意味のあることではないだろうか。この場で開催されたイベントに参加した者それぞれが、ビジネスや技術開発など各自の出来ることで ”より良い社会を作る” ことに貢献することを願いたい。