11月16日に、在日イスラエル大使館 経済貿易代表部、イスラエル日本商工会議所(IJCC)、日本・イスラエルビジネスフォーラム(JIBF)主催により、「戦時下における事業継続と経済回復力:日・イスラエル経済関係への示唆と展望(Business Continuity and Economic Resilience in times of War: Implications and Outlook for Japan-Israel Economic Relations)」と題する緊急ウエビナーが開催された。
ギラッド・コーエン駐日イスラエル大使、高橋誠一郎在イスラエル日本大使館公使経済部代表、ギラッド・マジェロヴィッツイスラエル日本商工会議所会長3名による開会の挨拶に続き、イスラエル・イノベーション庁のエイナット・マガル博士による基調講演「戦時下における経済的レジリエンス:イスラエル経済の現状と事業継続のための対策の概観」があり、その後日本とイスラエルとのビジネスに関わっている8名の関係者による現状分析や今後の展望に関する発表があった。
ウエビナーの登録者数は500名を超えており、2時間超となったイベントだったが、300名を超える参加者が最後まで熱心に参加したようだ。 全ての発表の映像はイスラエル大使館経済部のホームページに見逃し配信として掲載されており、誰でも視聴することができるため詳細は是非YouTubeで見ていただきたいが、その要点を以下にまとめたい。
目次
- 1 エイナット・マガル博士(IIA会長代行、イスラエルイノベーション・科学技術省イノベーション首席科学者代行)
- 2 斑目 力曠氏(日本郵船株式会社 デジタル化グループ プリンシパルフェロー)
- 3 高木 啓氏(NECイスラエル研究所 事業開発マネージャー)
- 4 岡田 一成氏(イスカー・ジャパン社長)
- 5 タミ・ラヴィヴ氏(Globalconn Business Development CEO)
- 6 高阪 泉氏(NTTイノベーション・ラボラトリー・イスラエル CCLO)
- 7 秋元 信行氏(ATパートナーズ マネージング・パートナー)
- 8 イド・サヴィル氏(SuperMeat CEO)
- 9 ニール・プラテック氏(LISUTO CEO兼創業者)
エイナット・マガル博士(IIA会長代行、イスラエルイノベーション・科学技術省イノベーション首席科学者代行)
博士は、過去に何度もあった戦争をイスラエルがどのように乗り越えてきたかを解説した。
図1 は、インフレ、失業率、政府の負債全てにおいてイスラエルはOECD平均を下回っていることを示している。今後戦争状態がどれだけ続くか、その影響が如何ほどになるかはわからないにせよ、参戦時のイスラエルの基礎体力(財政)は健全であることを数字が示している。また、過去20年間で直面した様々な紛争では確かに一時的な影響は受けたものの、極めて素早い回復を示したことも図2 で解説した。
その他にも、輸出額への影響、海外からの直接投資への影響など、過去の統計から”影響はあったにせよ極めて素早い回復を示した”イスラエル経済の「回復力(レジリエンス)」について、博士は多様なデータで説明をした。現在、平均して15%の社員が予備役に従事しており、企業の労働力への影響は少なくはないことも分かっており、政府は3ヶ月のつなぎ資金(Bridging Fund)100万ドルを提供するなど、色々な支援施策を提供するそうだ。
続いて、ビジネスの現場から8名の発表があった。
斑目 力曠氏(日本郵船株式会社 デジタル化グループ プリンシパルフェロー)
日本郵船の斑目氏は、イベント当日11月16日もイスラエルのエイラットから日本へのNYKの船舶が通常通り運航していることを報告した。また、その運航のためにイスラエルのIT技術が使われていること、その運用サービスも問題無く提供されていることも付け加えた。
高木 啓氏(NECイスラエル研究所 事業開発マネージャー)
NECイスラエルリサーチセンターは2016年にオープンし、現在30名の社員がいる。内1名が日本人だがそれ以外は全て現地スタッフで、NEC全社として活用すべき技術の探索と利用促進を担当している。連携業務は支障なく継続しているそうで、イスラエル人の”何が有ってもやり遂げる”という特徴が発揮されているそうだ。
岡田 一成氏(イスカー・ジャパン社長)
イスカーは金属加工のための切削工具を開発製造している企業で、イスラエルには珍しいハード製品を扱っている。企業の場所はレバノン国境から10kmの場所にあり、ここで製造された製品が世界60カ国へ供給されている。ヒズボラからの攻撃もある状況のなかで、工場はスマートファクトリー化しており、遠隔管理が可能になっている。世界各国に物流のハブがあり、一つのハブが運用を停止しても他でカバーできる仕組みだそうだ。製品の開発製造供給は問題なく続けられている。
タミ・ラヴィヴ氏(Globalconn Business Development CEO)
20年以上日本とイスラエルとの間でのビジネスデベロップメントを行っている企業のCEOがタミ・ラビブ氏だが、何と彼女の娘はガザ近くのキブツに住んでいて、10月7日のハマスのテロにより殺されたそうだ。一ヶ月前に自身の娘をテロで失った方がウエビナーに登壇してその時の状況を共有してくれる事自体が日本人としては想像を遥かに超えた出来事だが、イスラエル人の強さを目の当たりにした。多くの日本人がラビブ氏の言葉に耳を傾けてほしい。
高阪 泉氏(NTTイノベーション・ラボラトリー・イスラエル CCLO)
NTTイノベーションラボは2021年に創業し、8名のメンバーの中の唯一の日本人が高阪氏である。イスラエルの最先端技術やソリューションをNTT事業に活用するためのラボで、向坂氏は現在日本に帰国しているがリモートで東京から業務が継続できているという。日本の顧客は「大変な時期なので連絡を控える」と遠慮する方もいるそうだが、通常通り業務を進めているので遠慮なくコンタクトしてほしいと語った。
秋元 信行氏(ATパートナーズ マネージング・パートナー)
ATパートナーズは、12のVCを通して約250社のイスラエル企業に投資をする”ファンド・オブ・ファンド”を運用している。その立場で見えている3点を解説してくれた。まず、スタートアップの状況だが、殆どがグローバル・マーケットを対象としているので売上への影響は無い。世界的な金利上昇から資金調達件数は減っているが、投資先4社が$91Mを調達し、サイバーセキュリティー企業が2社Exitしたそうだ。この事実はエコシステムが通常通りに動いていることを示している。また、事業継続の資金調達は懸念されるが、先の発表のとおり、イスラエルイノベーション庁が支援策を発表している。3点目は企業価値がリーゾナブルになっているということだ。ブームで急増したいわゆる”ツーリストインベスター”が退場したので、本当に質の良いスタートアップの企業価値が適正水準になり、投資家目線で正の循環が生まれているそうだ。
イド・サヴィル氏(SuperMeat CEO)
フードテック企業であるスーパーミートのイド氏は丁度日本に出張中で東京で参加した。イド氏は”何があってもまず何か食べなさい”と言った母親の言葉を紹介し、フードテック企業の意義と自負を話してくれた。戦争の影響としては、女性社員の夫が軍にリクルートされた事例が多いようで、母親社員が一人で子供たちの世話をするためにもすぐにリモートワークの環境を整備をしたそうだ。現在皆家からリモートワークが出来ているそうで、最近アメリカでのビジネスローンチもあり、日本のパートナー企業である味の素も様々なサポートを提供してくれているそうだ。
ニール・プラテック氏(LISUTO CEO兼創業者)
ニール氏は日本で生まれ、日本で企業経営をしているイスラエル人で、彼の会社Lisutoは楽天のようなECマーケットでビジネスをしている企業向けのAIサービスを提供している。開発・サポートはイスラエルで行っているが、問題なくサービスは継続中だそうだ。緊急時に発揮されるイスラエル人の団結力が生きており、リモートワークから徐々にハイブリッドモードに戻りつつあるそうだ。
これらの8件の現場からの声は、イスラエルとのビジネスに関わる日本人に大変な安心材料を与えたのではないだろうか。無論、今後の戦況次第で状況は変わるだろうし、いつまで紛争が続くかも大きな要素であるが、このように透明性を持ってリアルな情報を共有できることもイスラエルの強みである。
イスラエルの人々には、”テロは「日常を破壊する」ことを目的に攻撃をして来るので「日常を維持する」ことが最も基本となる対抗策である”という考えが備わっているそうだ。その強さを信じ、支援しながら、早く平和な状況に戻れるように祈りたい。