アルコールとワインの世界は依然として男性主体の傾向にありますが、近年はスペシャリストとしての役割を担う女性の存在感が増しており、業界における女性の活躍の場だけでなく、業界そのものも再構築されています。本連載は、イスラエルのワイン産業における注目すべき女性たちにスポットライトを当てるシリーズです。
連載2回目となる本章では、第1回記事で紹介した「ハシズラ」代表のタル・タウバー氏の紹介で知り合った、ワイン研究プログラムやワークショップのファシリテーターを務め、自らを「ワインパーソン」と認めるオリット・グリーンボイム・リロンさんにお話を伺いました。
オリットさんインタビュー

ーーーご自身の経歴と、ワインの道を志したきっかけを教えてください。
ワインを深く愛し、「ワイン・パーソン」を自認するオリット・グリーンボイム・リロンです。ワインをきっかけに私の世界旅行がはじまりました。
夫は外務省に勤めていて、以前はロシアとスペインのマドリードでの任務についていました。私はもともとワインやワインを飲むことは好きでしたが、スペインがワインの世界に本格的に足を踏み入れるきっかけとなりました。ワイン、人々、そしてワイン造りそのものに惚れ込んでしまったのです。そして、これが私の進む道であると心に決めました。そのためには勉強が必要だと思い、イスラエルに戻ってからラマット・ガン・カレッジで1年間のコースを受講しました。今日、その時学んだことが私の他の研究の基礎となっています。
ーーーワインの世界への道のり平坦なものでしたか?
女性の視点から見ると、そうではありませんでした。カレッジクラスの生徒の性別による隔たりは大きく、生徒20人中女性は5人だけ。上級クラスになると、20人中2人だけでした。それは2012年当時のワイン業界の真実を映し出しており、実際業界に女性はほんの数人しかいませんでした。この産業自体が「男性産業」とみなされており、イスラエルでも同様で、悲しい現実にいらだちを覚えていました。
ーーー今の現場はどうですか?女性だからという理由で違う目で見られたと感じることはありますか?
今日、それは全く別のものに成長しました。より多くの女性がワインメーカー、教育者、造り手として貢献するようになるという、業界のポジティブな変化を目の当たりにしてきました。女性だからという理由で若い人たちからよそよそしい態度をとられることは少なかったですが、ある程度以上の年齢や階級の男性からは冷たい視線を向けられることもありました。私は専門の教育を受けたという証がありましたので、そこまで極端なものではありませんでしたが。
若い女性がこの世界に入ろうとしてSNSに写真を1、2枚アップしても、素人扱いされるような気がしますが、それも少しずつ変わってきています。今は、旧態依然とした男性たちでさえ、現場で活躍する女性を見慣れつつあります。実際、ハシズラのおかげで多くのことが変わりました。ハシズラは、コミュニティ内だけでなく、コミュニティ外においても私たちを繋ぐ強力な存在として団結させてくれます。

ーーーこの12年の間に色んなことが起こり、進化したんですね。
イスラエルのプロセス全般についても同様のことが言えます。特にCOVID-19のパンデミック以降の過去3年間は、何もかもが驚異的な速度で起こり、トレンドはブームのように発生しては消えていきます。ワイン業界における女性の進出というトレンドがはじまった頃から、ワインツーリズムやワイナリーのビジターセンターは本当に進化しました。それまでは毎回違うワイナリーからスタッフを自宅に招き、それを囲むようにワインイベントを開催していたんです。
その後、海外における新たなミッションに取り組むチャンスが訪れ、私は夫に「ワインの勉強ができる場所だけを求めて行く決心がついた」と告げたのです。そうしてたどり着いたのが、世界のワインの「首都」ロンドンでした。WSETのレベル2コースを受講し、そこからワイン教育プログラムの卒業証明書であるレベル4を含む、すべてのレベルを修了しました。ロンドンのWSETスクールで学んだ時間は人生の中でも最高の経験でした。勉強だけでなく、ワインの世界にあらゆる側面からアプローチすることができました。
ーーー具体例を挙げていただけますか?
例えば、在英オーストラリア大使館は毎年ワインをテーマにしたイベントを開催しています。輸出業者、輸入業者、そして関係するあらゆる重要な人物が集まる大規模なイベントです。そこで多くの種類のワインを試飲し、多くのワインメーカーや様々な世界の人々と出会う機会を得ました。
イスラエルに戻ったとき、次の2つのことに気づきました。ひとつはワインが好きだということ。もうひとつは、ワインについて話すのが好きだということです。好きが高じて、私は海外で「Vinspiration ワインツアーズ」のガイドをするようになり、自分のワインコースを立ち上げるに至りました。さらに、イスラエルのオンラインプレス『Walla』などのプラットフォームにおいて、ワインに関するコンテンツを執筆しています。
ーーータルさんから、あなたがハシズラのリベラ・デル・ドゥエロ(スペインのワイン産地)への旅をガイドすることになったと伺いました。
そうなんです。ガイドをするのは初めてではありませんが、女性グループで行くのは初めて。女性の仕事と功績に焦点を当てた旅にするつもりで、今からとても楽しみにしているんですよ。

ーーーこの業界で、女性にとってまだ改善の余地があると思うところはありますか?
例えば、1カ月前、毎年開催されるワインコンクール「テッラヴィーノ」が開催されましたが、60人の審査員のうち女性は私を含めて2人だけでした。とても残念でしたし、ここにはもっと沢山の女性が参加する必要があると感じました。私たちが存在感を示すべき場所はまだまだ沢山あります。
ーーーイスラエルにおけるワインの位置づけについてどう思いますか?
イスラエル人がここでどんなワインを造っているのか、何が実際に “イスラエルワイン “なのかを知ることは興味深く、重要なことだと思っています。イスラエル人は世界から学ぶべきことがたくさんあります。ですから私たちは心を開いて、もっと興味を持って詳しく知っていく必要があると思っています。
ーーーありがとうございます。最後の質問ですが、これまでの道のりを振り返って、最も誇りに思う業績は何ですか?
私は、ワインへの情熱をプロとしての追求心に結びつけること、そして自分が設立したコースにも誇りを持っています。アッコ・ワイナリーで「MATI」(起業家精神開発センター)の協力のもと、8回にわたって開催されるコースでテイスティングを教えています。
コミュニティ・イベントやワイン・マーケットなど、アッコ市役所からの支援も受けています。アッコにはユダヤ人やアラブ人など、多種多様な人々が暮らしています。テルアビブには見られないこの現実は私にとって幸せなことであり、あらゆることに価値をもたらしてくれるんです。女性とワイン、生産のつながりを信じている者として、そのすべてに関わりを持てることをうれしく思っています。
※ 本記事は、在イスラエル日本大使館経済顧問であるSapir Ben-Noun氏が執筆した英語記事を翻訳したものです。