「世界の意思決定者の半分が女性になれば、世界はもっと平和になると思います」
そう語るのは、イスラエルの実業家、ハナ・ラドさんです。
大手広告会社でCFO、COO、副会長などを歴任。大手食品メーカーでは世界的に危ぶまれた「2000年問題」に備えるプロジェクトを率い、イスラエル最大級の経済カンファレンスにも登壇してきました。
けれどハナさんは「成功した女性経営者」という一面だけでは括れない、異色のキャリアの持ち主です。
14歳でトラクター運転手として稼ぎ始め、生物学を学び、コンピューター黎明期にプログラミングの世界へ。教師、起業家、経営者と、一見するとまったく異なる道を歩んできました。しかし、そのすべてを貫くものがあります。
「真空を見つけ、そこを埋める」。
誰もまだ手をつけていない問題を見つけ、そこに飛び込み、新しい仕組みをつくる。それが、ハナさんのキャリアを動かしてきました。

14歳、最初の仕事はトラクター運転手
ハナさんが育ったのは、当時、農業が盛んだったイスラエル中部の小さな町、カルクールです。ホロコーストを生き延びた両親のもと、7人きょうだいで育ちました。決して裕福な家庭ではなく、14歳になるとトラクターの免許を取り、働いて家計を助けていました。
「まだインターネットもなく、情報を得る手段といえば新聞を読むか、人に聞くくらいだった時代です」そうハナさんは言います。
その後、ハナさんは生物学を学びます。ところが、そこで出会ったプログラミングが、人生の方向を大きく変えることになります。
当時使われていたプログラミング言語「フォートラン」を学び始め、それに夢中になったのです。
「父は、コンピューターを5年間リースしてくれました」
当時、コンピューターは非常に高価で、一般家庭が簡単に手にできるものではありませんでした。ハナさんはそのコンピューターを使いながら、父親の仕事の経理も手伝ったといいます。
この一台のコンピューターが、ハナさんのその後のキャリアをテクノロジーの世界へと広げていきました。
やがて生物学とプログラミングを教える教師となり、その後はビジネスの世界へ。ITをはじめ、さまざまな分野で経験を重ねていきます。
1999年から2000年へと西暦が変わる際、コンピュータが対応できず世界的に障害を起こすと危ぶまれた「2000年問題」では、大手食品メーカーのプロジェクトを率いました。
さらに広告業界へと活躍の場を広げ、財務や事業運営の責任者を歴任し、副会長まで務めます。
14歳でトラクターを運転していた少女は、やがて企業経営の中枢で意思決定を担う存在になっていったのです。

「女性」が理由で立ちはだかる「壁」
順調にキャリアを切り拓いてきたように見えるハナさん。しかし、その道のりでは、能力や努力だけでは越えられない壁にも直面しました。
その一つが、妊娠をきっかけに会社を解雇された経験です。
さらに別の会社では、重要な仕事を任されていたにもかかわらず、組織の意思決定を担う立場には男性が置かれました。
経験を積み、責任ある仕事を任されても、女性であることがキャリアの壁になる。
これがハナさん自身の体験でもあります。
3人の子どもを育てながら仕事を続けるなかでは、家庭とキャリアの両立にも向き合ってきました。子供たちが目覚める前に彼らのサンドイッチを作り、120キロも離れた仕事場へと向かう。出産直後、病室に戻る間もなく仕事上の対応を求められたこともあったといいます。
けれど、ハナさんはこう言います。
「仕事も、家事も、子育ても、スポーツも、全部を完璧にこなす女性なんて雑誌の中にしかいません。出産直後、病室に戻る間もなく会社の書類にサインしなければならないというような働き方は誰にも勧めません」
女性が社会で活躍するために、女性が必要以上に努力を重ねなければならない、そんな状態そのものを変える必要があると考えています。
母親であっても、自分自身でいられること。仕事か家庭か、どちらか一方を選ばなくてもいいこと。
女性一人が努力するだけではなく、社会の仕組みそのものを変えていくことへ、ハナさんの関心は向かっていきました。
そして2015年、その問題を数字として目の当たりにする出来事が起こります。

220人の登壇者に、女性は22人
2015年、ハナさんはイスラエルの大規模な経済カンファレンスに登壇しました。
そこで目にしたのは、220人の登壇者のうち、女性がわずか22人という現実でした。
ハナさんは主催者に尋ねました。
「なぜ、こんなに女性が少ないのですか?」
返ってきたのは、
「適任の女性がいないから」
という答えでした。
けれど、ハナさんはこの回答に納得できませんでした。ハナさんの周囲には、経営者や専門家として活躍する女性たちはいました。女性が「いない」のではない。いるのに、意思決定や発言の場につながっていないのです。

ハナさんが語る「真空」とは
ハナさんは、自分の得意なことを「真空(vacuum)に入ること」だと表現します。
ここでいう「真空」とは、物理的に空気がない状態ではありません。必要とされているのに、まだそれを担う人や仕組みがない「空白」のことです。
2015年に目の当たりにした、女性はいるのに、その存在を社会につなぐ仕組みが十分にないという状況も、この「真空」と重なります。
そこでハナさんは、女性たちを可視化し、社会とつなぐためのネットワーク兼プラットフォーム「Supersonas」を立ち上げました。
「適任の女性はいない」を終わらせる
Supersonasが掲げる目標は明快です。
「50%女性CEO、50%女性取締役」
世界人口のほぼ半分は女性です。であれば、会社や組織、社会の意思決定の場にも、女性が同じように存在する状態をつくる。それがSupersonasの目指す姿です。
そのため、Supersonasでは、さまざまな分野で活躍する女性専門家を可視化するデータベースを構築しています。
2015年のカンファレンスで「適任の女性がいない」と言われた経験に対して、女性の存在を見える形にし、企業やメディアとつながる仕組みをつくったのです。
活動はその後、次世代の女性CEO育成、金融機関と連携した資産運用、AIやテクノロジーを活用したキャリア支援へと広がっていきました。

さらにハナさんは、女性の登用だけでなく、地方の雇用づくりにも関わっています。
イスラエルでは、住む場所によって雇用機会に差があります。ハナさん自身も子育て中、遠方の仕事場に通わなければならないという経験をしました。
そこで、デジタル、会計、IT、データ分析、バックオフィスなどの仕事を地方にもつくり、都市部に移らなくても能力を生かせる環境づくりに取り組んできたのです。
そこでも多くの女性がリーダーを担っています。
女性であることや、地方に住んでいることなど、本人の能力とは直接関係のない条件によって、仕事や意思決定の機会が狭まることがあります。
ハナさんが取り組んできたのは、そうした状況に対して、人に「もっと頑張ること」を求めるのではなく、機会につながる仕組みをつくることでした。

では、日本では?
ハナさんの話を聞きながら、日本人である私は疑問に思ったことがあり尋ねてみました。それは日本の女性についてです。
「日本の女性がもっと意思決定に関わるためには、何が必要だと思いますか」
そう尋ねたところハナさんは、日本の社会について十分に知っているわけではないので、決めつけたことは言いたくない、と前置きしたうえで答えてくれました。
「女性同士が集まれる場所や機会をつくること」
そしてもう一つ。
「自分たちの影響力が及ぶ範囲、自分たちが変えられる範囲を理解して、それを広げていくこと」
社会全体を一度に変えようとするのではなく、まず自分たちが動かせる範囲を知り、そこから少しずつ広げていく。
考えてみれば、それはハナさん自身がこれまでやってきたことでもあります。
「適任の女性がいない」と言われれば、女性たちを見えるようにする仕組みをつくる。地方に仕事がなければ、そこに仕事をつくる。
日本とイスラエルでは社会も文化も違います。同じ方法がそのまま当てはまるとは限りません。
それでも、「自分たちが変えられる範囲から変えていく」という考え方は、場所が変わっても一つのヒントになるのではないでしょうか。
多様な意見が選択肢を広げる
日本とイスラエルでは、文化も社会も大きく異なります。
だからこそハナさんは、違う考え方を持つ人同士が出会うことに価値があると言います。
「違いがあるからこそ、互いに学び合える」
テクノロジーによって距離の壁が低くなった今、国を越えて人がつながり、それぞれの社会が抱える課題や解決策を共有することもできます。
同じ問題に、同じ方法で向き合う必要はありません。異なる経験や視点を持つ人が出会うことで、これまで見えなかった選択肢が生まれることがあります。

次の世代に、違う選択肢を
ハナさん自身も、異なる分野を渡り歩きながらキャリアを築いてきました。そして現在は、女性の意思決定への参加や地方雇用など、社会の仕組みづくりに取り組んでいます。
その背景には、自身が経験してきた壁があります。
妊娠をきっかけに解雇されたこと。重要な仕事を任されながら、意思決定を担う立場には男性が置かれたこと。4人の子どもを育てながら、出産直後にも仕事の対応を求められたこと。
だからこそ、次の世代の女性たちに同じ負担を求めることが、ハナさんの目指す姿ではありません。
母親になっても自分自身でいられること。女性であることを理由に意思決定の場から外されないこと。住む場所にかかわらず能力を生かせること。
目標は一人ひとりが選択肢を持てる社会をつくることです。
「世界の意思決定者の半分が女性になれば、世界はもっと平和になると思います」
冒頭のこの言葉は、理想を語るだけのものではありません。
女性専門家を可視化し、次世代のリーダーを育て、地方に仕事をつくる。ハナさんは具体的な仕組みを通して、自分が「真空」と呼ぶ空白に向き合ってきました。
そんな彼女だからこそ見える、新たな可能性なのです。



