前回の記事でご紹介したフードテック展示会Foodtech IL2022に続き、今回はジャパン・パビリオンの出展者や提供者の皆さんと共にまわった、NEW-IJ主催のテックツアーをご紹介したいと思います。
ツアーは全部で4日間。1日目、南部のネゲブ砂漠にあるデザーテック見学。フードテック展示会をはさんだ翌日の2日目は、北部のテクニオン大学のビジター・センター及びキネレット・イノベーションセンター。3日目、キブツ・マガールでネタフィームのラボ見学、4日目はエルサレムにあるベンチャーキャピタル、アワクラウド(OurCrowd)。
途中、ガリラヤ湖の美しい景色に息をのみ、死海の浮遊体験を楽しみ、エルサレムの旧市街で案内を受け……という、短い日程の中イスラエルをくまなく周る盛りだくさんの内容でした。
それでは、それぞれのハイライトをご紹介いたします!
目次
第1日目 デザーテック(DesarTech)
小さな国土の60%以上が砂漠というイスラエルでは、従来から砂漠を開拓し砂漠での生活を可能にすることが、国の発展への重要なカギであると考えられてきました。そのため建国以前より、公私を問わず様々な団体や個人がたくさんのチャレンジを繰り返しています。
イスラエルの国際空港に名前を冠している初代首相、ダビッド・ベングリオンが政界から引退した後、ネゲブ砂漠にあるキブツに居を構えたという有名なエピソードはその一例です。
水が豊かな自然環境にある日本では、幸いなことになじみの薄い問題かもしれません。しかし、気候変動から砂漠の拡大化の危機が叫ばれている現在、人口爆発、水不足、食糧危機といった地球規模の問題解決に、持続可能な砂漠開発は非常に重要であることは確実です。
そんな中、イスラエルでは環境省やベングリオン大学、イノベーションオーソリティなどが共同で、砂漠での持続可能な生活を可能にする技術の開発やそれを商業化するイノベーション・コミュニティーを設立しました。それがこのDesarTechなのです。
自然資源の少ないイスラエルでは人、知識、コミュニティーが財産です。官・民・学が力を合わせ、地域全体を世界に向けた起業家ハブへと育て上げる。こういった開発方法は、ここではとてもポピュラーなものです。このDesarTechもそういったイスラエルの国家プロジェクトの一環と言えるでしょう。
気候変動、乾燥地農業、エネルギー開発、水問題解決などに特化したスタートアップや研究を助け、それら技術を世界規模に拡大する企業とのマッチングを行い、世界の砂漠に関する問題解決の中心地になるべく力を合わせていくのです。
この日はDesarTechの説明の後、AgroShelef社とScoutX社、ふたつのスタートアップのプレゼンテーションがありました。AgroShelef社は植物油由来で人の体や環境にも安全、害虫の農薬に対する耐性を産み出さないという害虫管理剤を生産、ScoutX社はAIを利用して不必要なスプレー散布を回避し、少量の散布で有効な効果を得るためのスキャナーとプラットフォームを開発したスタートアップです。
第2日目 テクニオン工科大学ビジターセンターとキネレット・イノベーションセンター
この日はイスラエルの北部へ向かいます。1日目の砂漠とはうって変わり、雨上がりのガリラヤ湖畔は空気がとても澄んでいて、緑豊かな景色を堪能することができました。
テクニオン工科大学はその専門性の高さや革新的な研究に、最近は日本でもその名前を耳にしたことがある方もいらっしゃると思います。テクニオンは企業とのR&Dやイノベーションにも力を入れていることで有名で、企業・イノベーション分野の世界の大学ランキングで第6位の実績を持ちます。
そんなテクニオンのビジターセンターがこの日の訪問場所の一つ。ここでは1916年に設立されたイスラエル最古の大学、テクニオンの歴史や今までの実績、今後のビジョンなどを詳しくまとめて理解することができます。
プラネタリウムのように部屋全体で楽しむことができる案内動画、世界に認められた特別な発見や研究成果がずらりと並んだ展示会場、学部生によるキャンパス全体の案内など、興味深い内容でいっぱいです。
ビジターセンターで研究成果や未来の大きなビジョンについての説明を受けた後、学生さんの案内で緑豊かな広々としたキャンパスを周ると、明るい未来が待っているような夢と希望の気持ちが湧き上がります。キャンパス内でのびのび過ごす学生さん達のキラキラした姿が眩しくて、自分も仲間になって研究にいそしみたい思いに駆られました。
そんなテクニオン大学を後にして向かう先、次なる目的地は、ガリラヤ湖畔にあるキネレット・イノベーション・センターです。キネレット・イノベーション・センターは、キネレット・カレッジやジューイッシュ・ナショナル・ファンデーション(JNF)などがファウンダーとなり設立したもので、エネルギー、食糧、農業、水に特化した世界的なイノベーションハブとなるために、地域全体でエコシステムを作り上げていくことを目的としています。
豊かな自然に囲まれ、教育機関やフードリサーチセンターがあるこの地域に、イノベーションセンターが設立されたことで投資のマッチングや研究の幅が広がり、さらに経済活性化による地域の振興も見込まれているのです。
外国からの投資の勧誘にも力を入れていて、イスラエルは都市部だけでなく国全体がくまなく成長を促進していることがとても良くわかるツアーとなりました。
第3日目 キブツ・マガールのネタフィーム農業研究所
3日目の今日は、テルアビブから北へ約60Kmのキブツ・マガールにあるネタフィームの研究所見学です。イスラエルに本社を置くネタフィームは世界でも最も大きな点滴灌漑の会社の一つで、世界110ヵ国に拠点を持っています。
「周りに比べて格段に大きく育っていた植物があったのでその原因を探ったら、根元にあった水道管が水漏れをおこしていた」──1965年のネタフィーム創業時の点滴灌漑の基本アイディアは、水道管の水漏れだったと言われています。
現在では単なる点滴灌漑にとどまらず、水、栄養、気温、湿度などを総合的に管理し、環境を傷つけず、様々な作物を合理的に低コストで育て、高収穫を得る新しい農業を造り出しています。キブツ・マガールにはそんなネタフィームの研究所があり、様々な植物が植えられたグリーンハウスや畑で実験や商品開発が行われているのです。
日本やイスラエルに限らず、持続可能な農業は世界の大きな課題です。無駄な散水や過度な肥料は土壌や環境に悪影響を与え、作業も合理的に効率化されなければ働き手が不足するのは目に見えています。
ここではネタフィームに関するプレゼンテーションと、最近ネタフィーム・ジャパンによって日本でも実施されている点滴灌漑による稲作についての説明、そしてラボラトリー見学が行われました。この日、私たちを案内してくださったのはネタフィームのドゥビさんです。
このツアーの参加者には日本のおコメ生産者の方もいらっしゃったため、点滴灌漑による稲作には非常な興味を持たれていました。水が豊かでその利用に問題のない日本でも、水田でなく点滴灌漑による稲作は何が利点となるのでしょうか? 水田は多くの日本人の原風景でもあると思います。私自身も幼少の頃は水田が近所にある生活だったので、ドゥビさんの説明は非常に興味深いものでした。
水田による稲作は大量の水を使用するだけでなく肥料も余分に必要となること、土壌のコントロールができないため持続的に土壌を利用できないこと、ガスの排出量が大きく環境に悪影響を与えることなど、今まで知らなかった事実がデータと共に説明されました。正直、私自身も驚きが大きかったです。
おコメは日本だけでなく世界の様々な地域で生産されています。すでにウクライナ、トルコではネタフィームの点滴灌漑による稲作が成功を収めていて、単に生産が可能というだけでなく、質、量ともに改善された結果を出しているのだそうです。他にもイタリア、アメリカ、インド、スペイン、中国、ブラジルといった国々でも灌漑点滴の稲作が開始されています。
また、イスラエルの水のリサイクル事情についても説明を受けました。乾燥地帯が国土のほとんどを占めるイスラエル。常に水不足と共にある農業を続けてきたこの国は、さすがに水不足問題解決のエキスパート。農業で利用される水の多くがリサイクル水であること、生活用水は海から淡水化された水が利用されていることなど、日本とは大きく異なる環境であることがわかりました。
ラボ見学の後はキブツの食堂で昼食をいただきました。キブツとは、その多くがイスラエル建国前から存在する集団生活単位の一つで、イスラエル建国に大きな貢献をしたと言われています。現存するキブツも、すでにその多くは以前の共産的な組織体制を維持しているものは少ないのですが、キブツ・マガールではまだまだ食堂はキブツの中心のようで、たくさんの人が出入りして活気にあふれていました。
昼食はメインディッシュもさることながら、サイドディッシュの新鮮で豊富なサラダ類がとてもおいしかったです。
第4日目 エルサレム、アワクラウドと旧市街見学
最終日は、死海での浮遊体験とイスラエルの首都エルサレムです。11月ではありますが、イスラエルでは日が昇るとかなり暖かく、天気の良い日は死海に入ることも可能です。死海の水は塩分濃度があまりに高くて、長時間水につかっていると体全体がチクチクしてゆっくりつかれないのですが(指先のささくれや小さな傷などは入る瞬間にすでに痛いです)、浮遊体験は本当に不思議な感覚です! ツアーの皆さんもとても楽しんでいらっしゃいました。
死海の後はエルサレムのアワクラウドへ移動。アワクラウドは2013年に設立されたベンチャーキャピタルで、クラウドファンディングのプラットフォームを投資家に提供します。2020年までに10億ドルの資金調達に成功し、18のファンドを運営、29の資金回収に成功しているという、イスラエル発のユニークな組織です。
ここではアワクラウドについての説明と、日本とイスラエルのビジネス関係についての説明を、デネス・バンさんからうかがいました。
その後、アワクラウドから投資を受けているスタートアップ2社のプレゼンテーションです。1社目のNeolithics社は、ベルトコンベアを流れる作物を撮影したカメラの映像をAIで分析して、その品質を可視化するサービスを提供するスタートアップ。すでにヨーロッパやイスラエルでは実用化されて、イスラエルでの大手チェーンのスーパーでも実装されているとのこと。
小売店における販売から加工食品用や家畜飼料用など、鮮度を含む品質を素早く分析することで、商品を効率的に、無駄なく最適なエンドユーザーの元へと届けることが可能になります。
2社目はBetterseeds社。この会社は遺伝子組み換えの手法を使わずに、より良い作物となる種子をつくり出す研究をしているスタートアップです。作物の特徴を特定し、気候の変化に強い品種や栄養価の高い品種、自動収穫に適した形に育つ品種をつくり出しているのだそうです。
New-IJの企画したこのツアーには、フードテックイベントに参加した農業関係や食品関連に興味を持つ日本人の方々が参加したので、このように、農業や食料関連のイスラエルのスタートアップのプレゼンテーションには非常に興味を持っていらっしゃったようでした。
最後に、エルサレムの旧市街を見学です。イスラエル政府公認ツアーガイドの資格を持つオトマズキン純子さんの案内で、エルサレムの旧市街をまわりました。すでに日も短くなったイスラエルであっという間に太陽も沈み、エルサレムの澄んだ空気が冷たく感じました。短い時間ではありましたが、旧市街の重要な地区をまわって歴史について詳しい説明を受け、非常に充実したツアー内容でした。
最後に
New-IJ主催の4日間のテックツアーの様子をお伝えしましたが、いかがでしたか? 盛りだくさんの内容で、記事には書ききれなかったこともありましたが、写真などでイスラエルのテックツアーの様子を少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
実は、このテックツアーが行われていた期間中、NEW-IJは日本食をイスラエル人に教える料理教室も開催していました。講師は2017年度の現代の名工に選ばれた西宮先生で、彼はNEW-IJの招待でフードテック展示会に参加。ジャパンパビリオンの日イ70周年記念イベントでは、バッタパウダーを使ったつくねを作って、日本の伝統的なお弁当を披露してくださったのです。
次回は、その日本料理教室の様子をお伝えいたします。どうぞお楽しみに。