イスラエルの首都テルアビブを訪れると、建築から公共施設、住宅や街中のポスターまで、デザイン性に優れたスタイリッシュな印象に驚きます。そんな国の未来のデザインを担うイスラエルの学生たちは、どんな教育によって創造力を育んでいるのか。そのヒントになるかもしれない1冊の本に迫ります。

創造力教育のアーカイブ
「デザインは才能なのか、それとも学べるものなのか?」
この問いに対して、多くのデザイナーや教育者が長年向き合ってきました。そんな中、イスラエルで注目を集めている一冊があります。
工業デザイナーであり教育者でもあるミラブ・シェミ・ペレツさんが出版した『デザインはどう教えるのか?(איך בעצם מלמדים עיצוב)』。これは単なる教育論ではありません。イスラエル国内のデザイン学校や芸術大学で実際に行われている課題や授業を集めた、創造性教育のアーカイブとも言える一冊です。

デザイン教育の「レシピ本」
本書には約100人の教員による120の課題が収録されています。
学生たちが日々取り組む課題は、最終作品に比べると注目される機会が少ないものです。しかしペレツさんは、その課題こそが創造性を育てる重要な土台だと考えました。
彼女は約30年にわたってデザイン教育に携わる中で、「優れた課題は教育者の引退とともに消えてしまう」という現実に危機感を抱いていたと語ります。デザイン教育には明確な教員資格制度がなく、多くの授業は経験や口伝によって受け継がれてきました。だからこそ、それらを記録として残す必要があったのです。

バウハウスから続く知の継承
ペレツさんが本書の着想を得たきっかけは、世界各地のデザイン教育課題を集めた海外の書籍でした。
特に彼女が感銘を受けたのは、ドイツのバウハウスに代表される教育者たちが「何を作ったか」だけでなく、「どのように教えたか」まで積極的に記録していたことでした。
デザインの世界では作品ばかりが評価されがちですが、その背景にある思考法や学習プロセスこそが次世代へ受け継がれるべき財産なのです。

「正解」を教えないイスラエル流教育
イスラエルの教育は、幼い頃から「なぜ?」を問い続ける文化で知られています。
デザイン教育でも同様に、答えを教えるのではなく、問いを立てることが重視されます。
本書に収録された課題もとてもユニークです。
架空の世界を創造する課題、未来社会を予測する課題、自分の持ち物から5年後の社会を考察する課題など、正解のないテーマばかりです。学生たちは試行錯誤を繰り返しながら、自らの視点を育てていきます。
とくに印象的なのは、『未来思考(Future Thinking)』を扱う授業です。
学生はバッグや財布の中身を机の上に並べ、「3〜5年後に何が残り、何が消え、何が変化するのか」を議論します。一見シンプルな課題ですが、そこにはテクノロジー、社会変化、人間行動を読み解く力が求められています。

AI時代だからこそ必要な創造力
本書の制作中、世界では生成AIの急速な普及が始まりました。
ペレツさんはその変化も見逃さず、AIをテーマにした課題も収録しています。AIがアイデア生成を担う時代において、人間の役割は何か。創造性とは何か。デザイン教育は今、新たな問いに向き合っています。
イスラエルは「スタートアップ国家」として知られていますが、その背景には技術力だけではなく、こうした創造性を重視する教育文化があります。
失敗を恐れず挑戦する姿勢、既存の枠組みを疑う習慣、未来を想像する力。その原点の一部が、デザイン教育の現場にも見ることができるのです。

創造力は一部の才能ではない
本書の最大のメッセージは、「創造力は特別な才能ではなく、鍛えることができる能力である」という点かもしれません。
ペレツさんは、優れた課題とは学生に正解を与えるものではなく、新しい可能性を発見させるものだと語っています。
イスラエルのデザイン教育は、作品を作るためだけのものではありません。
社会を観察し、未来を想像し、課題を発見する力を育てるための教育です。
AIが急速に発展する今だからこそ、人間にしかできない「問いを立てる力」の価値はますます高まっています。

この一冊は、デザインを学ぶ人だけでなく、教育に携わる人、イノベーションを生み出したいと考える人にとっても、多くの示唆を与えてくれるでしょう。
*本記事はイスラエルメディアPortfolioの報道をもとに構成しています。


