アリックさんはイスラエル生まれフランス育ち、モロッコにルーツをもつユダヤ人で、ヨーロッパで長年生活してきました。ミラノでは自動車のデザインも学んだそうです。現在はイスラエルで建築家として活躍するアリックさん。彼にとってのデザインとは、そしてテルアビブの街とはについて、お話を聞かせて頂きました。

目次
テルアビブで最も美しい建物
アリックさんの事務所はテルアビブの南にある建物の3階に入っていて、インタビューの最中も閉めた窓を突き抜けて通りの喧騒が聞こえて来る、まさしく”テルアビブ”を感じさせる場所にあります。窓の外には通りを隔てた向かいの3~4階建ての建物が2棟、そしての奥にもう一筋隔てた通りに最近建てられたガラス張りのシャープな高層ビル。

「テルアビブで僕がもっとも好きな建物はこれ」とリーディング発電所の写真を見せてくれたアリックさん。目を輝かせ嬉しそうにリーディング発電所について語ってくれるのです。
リーディング発電所はテルアビブの北にあるのですが現在は発電所としての役割を終えていて、近く再開発が行われる予定です。私の記憶では四角い建物に大きな煙突がくっついていてなんだか荒れた場所に立つ無骨な建物…そんな印象。
「煙突があるからわかりにくいかもしれない、でも、この建物は本当に美しいシンメトリーで無駄なものがない。何年たっても古めかしくならないしどれだけ眺めていても飽きない」アリックさんはそう言います。

完全でない美しさとは
「それから、この建物も」
アリックさんが続けて言い、見せてくれた写真に写っているのはテルアビブの、ちょっと古めのしっかりした建物。
「うちのすぐ近くに建っているんだ。僕がわざわざ足を止めてこの建物の写真を撮っている意味を多くの人は理解しないと思うけど」
そう言って写真をズームイン。
「このコンクリートのここを見て。完全でないという美しさがここにはあると思う」
そしてズームアウト。
「こういうふうに街に建っている建物、とてもテルアビブらしい美しさがあると思う」。

流行ではなく普遍
私はアリックさんに「イスラエル建築」と呼べるものはあるのだろうか、と尋ねてみました。
「あると思う」彼はそう答え、つづけます。
「難しい質問だけど、キブツにはイスラエル建築と呼べる建物がたくさんある。それから、それから、エレツ・イスラエル博物館。あと、クネセット(イスラエル国会議事堂)、あれもとても良いイスラエル建築の建物だと思う」
そしてこう言うのです。

「テルアビブにはいろいろな建物が建っているけれど、今イスラエル人が現代風、モダン…と言っているこんな建物」と言って、窓の外に見える一筋隔てた通りに建っているガラス張りの高層ビルを指さします。
「これをモダンとか、現代風…ってイスラエル人はいうけど、僕は違うと思う。これじゃない。本当のモダンはアメリカの30年、40年、50年代…」
と言って写真をまた見せてくれます。
「これが本当のモダンだと僕は思う」
そこにある写真はシックで落ち着きのある、派手さはないけれど何か人を引き付ける魅力のある、そんな建物。古い建物なのに、その古さが野暮ったくない、時の流れにうつろわない普遍性があるのです。

アリックさんの手がけたプロジェクト。白黒が基調でも、単調にならない温かみがあります。
職人技に惹かれる
そんなアリックさんが手がけたプロジェクトの写真をいくつか見せてもらいました。
私は建築のことは詳しくないのですが、アリックさんが内装をデザインした家を見ると、どれも安定した落ち着きを感じさせながらもちょっとした遊び心というかおしゃれな冒険心が垣間見えるようで、それが魅力となり心を引き付けられるのです。
アリックさんが使うモチーフの一つにモロッコ独特の伝統芸術であるモザイクタイルのゼリージュがあります。彼のルーツにモロッコがあることも関係しているのでしょうが、彼が最も価値を置いているのはゼリージュを作る工程にある職人技と芸術性の高さ。
モロッコの職人たちは、何世代にもわたって受け継がれてきたナイフを使い、一枚一枚手作業でゼリージュを作り上げています。アリックさんはそこに日本の職人文化にも通じるものがあると言います。

理想を追求
アリックさんが理想を追求する時はそこに手加減や妥協はありません。
テルアビブにあるペントハウスの設計の際は、屋上を単なるベランダにするのでなく庭へと変えるデザインで、同じ建物の住民たちから反対を受けたこともあったそうです。アリックさんは住民たちに対して何度も説明を重ね、住民たちが抱えていた、屋上に庭を作ることで建物に悪影響が及ぶのではないかという漠然とした不安を取り除きました。実は、住民たちの反対の声を聞いた時、アリックさんのクライアントは「もう諦めた方が良いのでは」とすら言い出したそうですが、それでもアリックさんは諦める理由はないと粘り強く説明を続け、最終的には住民たちの理解を得て当初考えていた庭を実現したのだと言います。

また別のクライアントと建材の話で意見が別れた事があったと言います。クライアントがTRX(特殊器具を使った体幹トレーニング)スタジオ兼ヨガ道場をつくろうとした時の話だそうで、時にはTRX、時にはヨガに使われるスタジオの壁について、どのように光が壁に反射し音が響くのか、TRXとヨガで求められる異なった光と音の役割について、具体的な数字を使って私に説明してくるのです。
「クライアントは反対しました。彼はありきたりな壁素材で良いと言ったのです。実際には金額にそれほど大きな差はなかった。僕は、この素材を使わないのならプロジェクトを降りると言うしかなかったです」
結局クライアントはアリックさん推薦の素材を使って壁をつくり、今でも満足して同じ部屋をTRXとヨガのために利用しているそうです。出来上がりの写真を見るととても同じ空間とは思えないほど雰囲気が変わるのにはびっくりしました。

常に研ぎ澄まされた感性
彼のプロジェクトは品が良くとても美しい。しかもどこか懐かしいような安心感もあります。けれどこの雑多で落ち着かない街テルアビブの建築を語るアリックさんも、とてもイキイキしていて愛があふれているように感じる。アリックさんの求めている建造物、理想の街づくりを言葉で表すことができるのだろうか。私達はテルアビブについてもう少し話を進めていきました。
「まっすぐな線、白と黒だけ…そういう建物は今の流行りなのだろうけれど」と前置きしてアリックさんは言います。
「ある工事現場を遠くから見た時、手すりの部分だけ緑になっていた建物を見つけて僕は本当にうれしかった。ついに誰かが勇気を出して冒険した!そう思ったよ。でも近寄ったらそれは黒い手すりに巻かれた保護ビニールだった。工事が完全に終わるまで傷つかないようにビニールが巻いてあって、それが緑色だっただけ」そういって笑うアリックさん。
「最近イスラエル全国で次々と建てられている集合住宅、あれはどの街でもどこに行ってもほとんど同じ。どれもコピーで色も形もそっくりで…」だからちょっとでも違うことで冒険しようとした”緑の手すり”に彼は興奮したのだそうです。

私は思うところもあり、アリックさんに一つ質問をしました。
「イスラエルは住宅難で家の値段も高騰したし、若者など一定の層を対象にした格安集合住宅だってあるわけだから、早く安く多くの人々に提供できる住宅を作りたいとなったら、冒険ができないこともある程度は仕方ないのではないでしょうか?」
そんな私の質問に、アリックさんは首を振ります。そして「それでも建物は人が一生住むものであり、後世に残るものだ」と言います。
家を建てる人たちに全員にお金も時間も際限なくあるわけではないのは当たり前。アリックさんはそれを言い訳に妥協しないのです。
それは、屋上に作った庭や、TRXもヨガもできるスタジオが証明しています。情熱によって突き動かされる何か、理想に向かって忠実になる取り組み方、アリックさんには妥協せずに追求する世界があるのです。

帰り道のテルアビブ
インタビューを終えた帰り道、テルアビブの街を駅に向かって歩きながら、私はガラでもなく建物をしげしげと眺め、ついには面白そうだと思った建物を写真に撮ってみたりもしました。
後になって見返すと、一体何を撮りたかったのかわからないような写真ばかりでしたが、アリックさんのお話を聞いてからは、それまで気にも留めなかった建物が少し違って見えるようになったのです。
あの日を境に、テルアビブの街を歩く楽しみが、一つ増えたような気がしています。



