入院は、高齢者にとって治療の機会である一方、認知機能が低下するリスクを伴います。運動不足や社会的な交流の減少、睡眠不足など、入院生活に特有の環境がその原因です。イスラエルのベイリンソン病院では、この課題に対応するため、患者のベッドサイドを訪れて認知トレーニングを行うロボット「ビリー」を導入しました。既存のロボット技術を医療現場のニーズに合わせて応用したこの取り組みは、Reboot Forumなどが主催する「年間最優秀ヘルスケア・イニシアチブ」において、300件を超える応募の中から最優秀賞に選ばれました。

入院をきっかけに進む認知機能の低下
イスラエル中央統計局のデータによると、同国の高齢者のおよそ20%が年に少なくとも一度入院し、そのうち約30%が退院後に認知機能の低下を訴えているといいます。
背景にあるのは、身体活動や人との交流の減少、服用する薬の影響、睡眠不足、抑うつなどです。症状は一時的な場合もありますが、そのまま回復せず、生活の質に長期的な影響を与える可能性もあります。
入院患者の認知機能を維持する役割は、主に作業療法士が担っています。しかし、作業療法士が勤務するのは通常、午後までです。夕方以降には認知トレーニングを提供する人員がいないという空白が生まれていました。
ベイリンソン病院で患者体験部門を率いるリモール・ライヒ氏は、この空白を埋める方法を探しました。人員を増やさず、専門家の指示に基づいて高齢患者のトレーニング時間を延ばす。その発想から生まれたのが、「一緒に考える相手」を意味するプロジェクトです。

ベッドサイドを訪れるロボット
開発に協力したのは、イスラエルのロボット企業Unlimited Roboticsです。同社のロボットは、すでに病院内でベッドの清掃や薬の運搬などに使われていました。
このロボットには移動機能のほか、アーム、カメラ、タッチスクリーン、音声センサー、AIシステムが搭載されています。医療チームはこれらの機能に着目し、患者と直接コミュニケーションを取りながら、認知トレーニングを提供できるように調整しました。
「ビリー」という名前は、ベイリンソン病院に由来します。作業療法士はまずビリーを患者のもとへ連れて行き、使い方を説明します。その後、患者の認知能力や適切な課題、実施時間などを設定します。
午後や夕方になると、ビリーは決められた時間に自ら患者のベッドを訪れます。患者にあいさつし、本人であることを確認したうえで、日付や時刻を伝え、事前に設定されたゲームを一緒に行います。ベッドが空であれば、それを認識してその場にとどまることもありません。

翌日、作業療法士は記録された結果を確認し、患者の状態に応じて次のプログラムを調整します。医療スタッフによると、患者はビリーとのやり取りを楽しみ、自然に受け入れているといいます。それがトレーニングへの参加意欲を高める効果にもつながっています。
AIが医療従事者の力を広げる
今後は、ビリーの用途を認知トレーニング以外にも広げる計画です。カメラで患者の動きを確認しながら理学療法の運動を支援したり、ロボット自身が手本を示したりする機能が検討されています。
さらに、認知・精神・身体面の悪化を検知して医療スタッフに知らせる機能や、AIを活用した音声対話によって入院中の孤独を和らげる機能の追加も期待されています。
このプロジェクトの特徴は、まったく新しい技術を発明したことではありません。既存のロボットを、医療現場が抱える具体的な課題に合わせて作り替えたことにあります。

ビリーは、医療従事者に代わって判断や治療を行う存在ではありません。専門家の指示を受けながら、人の手が届きにくい時間帯を補い、医療従事者の力を患者のもとへより長く届ける存在です。AIやロボットが医療にもたらす価値は、人を置き換えることだけではなく、人の専門性を広げることにもある——ビリーの取り組みは、その可能性を示しています。
*本記事はイスラエルメディアynetの報道をもとに構成されています。


