皆さんは、旅をするときに何を頼りますか?乗り換え案内、地図アプリ、海外であれば翻訳アプリ……。いまや、スマートフォンなしで知らない場所へ行くのは考えられない。そうなっている人がほとんどなのではないでしょうか?そんな現代では考えられないような挑戦に、2人のイスラエル人コンテンツクリエイター、アリエル・ロンさんとベン・ゴードンさんが挑みました。その結果、彼らが得たものとは?

スマホがないだけで、旅はこんなにも変わる
今の時代、旅行中にスマートフォンを使わない人はほとんどいないでしょう。
駅の乗り換えを調べるときも、目的地までのルートを探すときも、食事をする場所を決めるときも、私たちはまずスマートフォンを手に取ります。
しかし今回の挑戦では、それができません。
どの電車に乗ればいいのか。どの出口から出ればいいのか。どこで食事をすればいいのか。
そんな当たり前の情報ですら、自分で探し、人に聞きながら進まなければなりません。
旅の序盤では戸惑う場面も少なくなかったそうです。
駅で迷ったり、行きたい場所にたどり着けなかったり、言葉が通じず困ったりすることもありました。
しかし、そうした「不便さ」の中でこそ、本来の旅の楽しさが生まれていたと彼らは語っています。
「検索」ではなく「会話」が生まれる
スマートフォンがあれば、多くの問題は数秒で解決します。しかしスマートフォンがない場合、頼れるのは人だけです。
乗り換えが分からなければ駅員に尋ねる。おすすめの飲食店を知りたければ地元の人に聞く。道に迷えば通行人に助けを求める。すると、自然と会話が生まれます。
ある時は駅員が丁寧に目的地までのルートを書いてくれたり、ある時は地元の人が身振り手振りを交えながら熱心に説明してくれたりしたそうです。
効率だけを考えれば、検索アプリの方が圧倒的に便利です。
しかし、人との会話から得られる情報には、その土地ならではの温かさや偶然の発見があります。
それこそが、彼らが日本で見つけた大きな魅力の一つでした。

日本人の親切さに驚く
旅の中で最も印象的だったこととして、彼らは日本人の親切さを挙げています。
言葉が通じなくても、多くの人が助けようとしてくれました。
駅で困っていると声をかけてくれる人。目的地まで一緒に歩いてくれる人。身振り手振りを使いながら一生懸命説明してくれる店員。中には、自分の予定を少し遅らせてまで案内してくれる人もいたそうです。
日本では「おもてなし」という言葉がよく使われますが、彼らが体験したのは観光業としてのサービスではありません。見返りを求めない、ごく自然な親切心でした。
イスラエルにも、人との距離が近く、気軽に話しかける文化があります。知らない人同士でも会話が始まることは珍しくありません。一方、日本ではイスラエルほど積極的に話しかける文化はありませんが、困っている人を放っておけない優しさがあります。
今回の旅は、両国の文化の違いだけでなく、人を思いやる気持ちという共通点も浮き彫りにしました。

道に迷うことも旅の一部
興味深いのは、スマートフォンがなかったことで「失敗」が増えたことです。
乗り間違えをする。遠回りをする。目的地にたどり着けない。現代の旅行では避けたいことばかりです。
しかし彼らは、その失敗こそが旅を面白くしていたと振り返ります。
偶然見つけた小さな商店。予定になかった町並み。思いがけない人との出会い。
効率的な旅では通り過ぎてしまうような体験が、不便さの中から生まれていたのです。

AI時代だからこそ考えたいこと
この挑戦は、決してテクノロジーを否定するものではありません。むしろ、私たちはスマートフォンやAIによって多くの恩恵を受けています。
イスラエルは世界有数のスタートアップ国家として知られ、日本もまた高度な技術社会を築いてきました。両国ともテクノロジーによる革新を推進している国です。
しかし、だからこそ今回の挑戦には意味があります。
AIが旅行計画を立て、最適なルートを提案し、翻訳までしてくれる時代だからこそ、人との偶然の出会いや予想外の発見の価値が際立つのです。
便利さは私たちの生活を豊かにします。一方で、便利になり過ぎることで失われる体験もあります。今回の旅は、そのことを改めて考えさせてくれます。
本当の旅とは何だろうか
スマートフォンなしで日本を旅したアリエルさんとベンさんが見つけたのは、「不便さの中にある豊かさ」でした。
人に道を聞くこと。知らない人と会話すること。道に迷うこと。偶然の景色に出会うこと。
それらは一見すると非効率ですが、旅を特別なものにしてくれる要素でもあります。
テクノロジーが進化し続ける今だからこそ、私たちは改めて考えてみる必要があるのかもしれません。旅の目的は、できるだけ早く目的地に着くことなのでしょうか。それとも、その道のりで出会う人や出来事を楽しむことなのでしょうか。
スマートフォンを手放した2人のイスラエル人の挑戦は、私たちにそんな問いを投げかけています。
*本記事はイスラエルメディアYnetの報道をもとに構成しています。


