かつてビザンチン帝国の時代に「世界最高」と称され、各地へ輸出されていたネゲブ砂漠のワイン。その味を現代によみがえらせる試みが、イスラエル南部の古代都市アヴダトで進められています。古代品種のブドウと当時の栽培方法を組み合わせ、約1500年ぶりに砂漠で造られたワインは、研究者や醸造家を驚かせる味わいに仕上がりました。

古代都市の遺跡で見つかったブドウの種
プロジェクトの舞台は、ネゲブ砂漠に位置する古代都市アヴダトです。かつて香料交易で栄え、ビザンチン時代には農業とワイン生産の拠点としても知られていました。
研究のきっかけとなったのは、ハイファ大学がビザンツ帝国衰退の過程を調査するなかで、アヴダト遺跡の封鎖された洞窟からブドウの種を発見したことでした。研究チームはその遺伝的特徴を調べ、当時この地域で栽培されていたブドウの姿を探りました。
その成果をもとに、イスラエル自然・公園局とハイファ大学は、2023年9月にアヴダトで「ヘリテージ・ヴィンヤード(文化遺産ブドウ園)」を開設。古代ネゲブで造られ、当時世界最高峰と評価されたワインの再現に乗り出しました。

古代の文献を手がかりに砂漠で栽培
ブドウ園に植えられたのは、ダブーキ、ベエル、サリキという古い品種です。栽培には、ユダヤ教の口伝律法をまとめた「ミシュナ」や、ユダヤ教賢者たちの文献に記された古代の農法も参考にしました。
2025年には最初の収穫を迎え、ブドウは昔と同じようにすべて手作業で摘み取られました。その後、ネゲブ地方の小規模ワイナリーへ運ばれ、3人の醸造家が試験的なワイン造りに参加しました。
醸造にあたって課された条件は、できる限り自然な方法を用いることでした。工業的に培養された酵母や亜硫酸、重亜硫酸塩などを加えず、ブドウ本来の力を生かしてワインを造りました。
イスラエル自然・公園局南部地区の文化遺産担当、リオール・シュワイマー博士は、「これは一種の奇跡です。古代の栽培方法と古い品種を使いました。ここは砂漠の土地で、1,500年間、誰も農業をしていなかった場所です。それでもブドウは驚くほど力強く育ちました」と話します。

「どうすれば苗を500本手に入れられる?」
研究チームは当初、完成したワインが現代人の口に合うかどうか確信を持てずにいました。当時の味覚や醸造環境は現代とは大きく異なるため、「今日の基準では、おいしくないと感じる可能性もある」と考えていたのです。
ところが、試飲の場ではうれしい驚きが待っていました。プロジェクトに参加した醸造家の一人、ボアズ氏はワインを口にすると、シュワイマー博士に「どうすれば、この苗を500本手に入れられるのか」と尋ねたといいます。それほど、ブドウとワインの可能性に強い印象を受けたのです。
「何百年もの時を経て、この砂漠で育ったブドウからワインが造られたのは初めてです。栽培の手順書もなく、ブドウがどのように育つのかも、まだ十分にはわかっていません。すべて試行錯誤です。それでも最初のワインは十分に楽しめる品質になりました。ここから改良を重ね、本当に高い水準のワインを目指すことができます」と博士は語ります。

砂漠の風景を思わせる香り
2025年8月に収穫されたサリキ種からは、赤のナチュラルワインが造られました。無ろ過で仕上げられたその味を、シュワイマー博士は「素晴らしい」と高く評価しています。ダブーキ種のワインも好評でしたが、生産された本数はごくわずかでした。
なかでも大きな驚きをもたらしたのが、ドライヤー・ワイナリーがベエル種から造ったワインです。古代と同じ品種を用い、同様の栽培・醸造方法を取り入れているため、1,500年前にアヴダトで飲まれていたワインに最も近い可能性があります。今回は古代のような陶器の壺を使っていないものの、「砂漠の風景に広がる緑の草花を思わせる香り」が感じられるといいます。
若いブドウ樹から造られたため、現段階のワインは販売されておらず、コーシャ認証の対象にもなっていません。それでも試飲した人々からは、多くの問い合わせが寄せられています。
研究チームは栽培と醸造で得た知見を生かし、次回は数百本規模の生産を目指しています。古代のワインを完全に同じ形で再現したとはまだ言えません。しかし、長い時を超えて砂漠に戻ってきたブドウは、失われたワイン文化だけでなく、乾燥地農業の新たな可能性も現代に伝えようとしています。
*本記事はイスラエルメディアynetの報道をもとに構成しています。


