実際にイスラエルに住んでいる/住んでいた方へのインタビューを通して、イスラエルのリアルな生活を深掘りする連載シリーズ「私のイスラエル生活」。第三回目は、テルアビブ大学へ留学中の政治学の修士学生である年増 望生(とします もうせ)さんにお話を伺いました。第一回目の記事と第二回目の記事
テルアビブ大学で政治学を勉強している、年増望生(とします もうせ)と申します。2022年10月より、Tel Aviv University International, MA in Security and Diplomacy Programで勉強をしております。現在は同プログラムの1年目が終わり、ホロコースト・反ユダヤ主義に関する論文を執筆しているところです。
やっと1年目が過ぎようとしているところであり、また英語で行われる修士課程ということで、まだまだイスラエルをそんなによく知っているわけではありませんが、同じように「ヘブライ語はまだ話せないけど、イスラエルのことをもっと知ってみたい!」という方の参考になれば幸いです。
目次
イスラエルで生活するまでの経緯
イスラエルが大好きなクリスチャン家庭に生まれる
イスラエル ー この不思議な中東の国にいつか住んでみたい、というのが10歳からの夢でした。
私がイスラエルに関心を持つきっかけはいくつかありました。一つは、息子の名前を「モーセ」と名付けるほどイスラエルが好きなクリスチャンの両親のもとに生まれたこと。そのような家庭に生まれ、ユニークな、でも不思議な魅力のあるイスラエルやユダヤ人の話を聞いて育ちました。2000年もの間、国も言葉もなかったのに、イスラエルの地に戻ってきて、日常語として復活させたヘブライ語を使っていること。しかも、それが私の信じる聖書にも預言されていることだと教会で聞き、子供ながらにすごいなと思ったことを覚えています。
イスラエル関連の研究
イスラエル留学を決めたより直接的な理由は、イスラエルに関連する研究を大学で専攻したことです。髙原剛一郎さんというクリスチャンYouTuberがいます。聖書/ クリスチャンの視点から中東情勢を読み解く、という講演活動を長年されており、中東情勢をはじめとした国際ニュースを取り上げられているのが面白くて、外交や安全保障に関心を持ちました。
それで、大学(学部)では外交史を学び、今はテルアビブ大学の安全保障・外交プログラム(修士)というところで、国際関係論を学んでいます。今年度は、ホロコーストや反ユダヤ主義と日本の関わりに関する論文を書いています。
イスラエルでの学生生活1年目
テルアビブ大学寮でのルームシェア体験
修士課程の1年目は、テルアビブ大学の寮に住みました。テルアビブ大には新旧2つの寮があります。新しいBroshim寮は、1人向けの部屋が多くて綺麗なホテルみたい、と言われるほど。一方、私が住んだ古い方、アインシュタイン寮は4人でのルームシェアです。各々にベッドと机がある部屋1つを2人でシェア。それが2部屋くっついて、キッチンとお風呂、トイレなどをシェア、という間取りです。
私はルームメイトに恵まれました。同室だったのはドイツ出身のMBA(経営学修士)の学生で、大手会計コンサルで数年勤めた後、将来は起業したいという夢を追ってテルアビブ大に来たそうです。お互いに干渉せず、でも、たまに一緒に散歩に行ったり、就寝前に面白かったことを話したりと、私のライフスタイルにあっており、ストレスがなく良かったです。
お隣のユニットメイトは出身国アメリカの時間に合わせて、イスラエルの深夜に大声で叫びながらゲームしたり、皿を洗わず放置したり、というちょっと困った人でした。当初、全く皿を洗わず、私が全て掃除・皿洗いをしていて、腹を立ててばかりいました。何度か伝えていましたが、はっきりと洗って!と伝えてからは洗ってくれるようになったので、きちんと伝えることが大事なんだなあと学ぶ機会になりました。
彼の家族は日本好きで、ジブリやアニメをほとんど見たことのない私に、「お前は、お前の国の、偉大な作品を知らないのか」と半ば強制的に「千と千尋の神隠し」「AKIRA」「エヴァンゲリオン」を見せられました。結果どれも名作ばかりで、アニメがいかに素晴らしいエンタメであるか、感銘を受けました。日本人がアニメの面白さをアメリカ人から知るというのはどうなんだ、というのは我ながら恥ずかしくはあります。でも、ルームシェアならではの異文化体験したのは、今となってはいい思いです。
家賃や物価について
イスラエルは物価が高く、その中でもとりわけテルアビブは高いです。寮費は650米ドルでしたが、私が寮に住み始めた2022年10月は円ドル為替が150円前後でしたので、日本円にすると約10万円。日本の感覚からすれば、ワンルーム、しかもシェアでこの値段というのはかなり高めの設定ですが、テルアビブではこれでも良心的な情熱価格。
私は調べていないので実際の相場は分かりませんが、日本でいう1LDKのお部屋を借りてる友人たちの話では、月6,000シェケル(≒24万円、1シェケル40円計算)前後という人が多かった気がします。10,000シェケル(≒40万円)以上という人も聞きましたが、裕福な家庭の人もしくは既に働いている方だったように思います。
一方で、テルアビブ周辺でもそれなりに安く住むことも可能です。テルアビブ大学の南にある、ヤッファ地域に住む友人はAirbnbで家を借りていましたが、650〜900米ドル(≒9万7千500円〜13万5千円、1米ドル150円計算)でワンルームを借りていました。
自炊中心の食事
外食をすれば高いテルアビブですが、自炊をすればそれほど高くはありません。もちろん何を食べるか次第ですが、野菜中心であれば月数万円くらいでもやっていけるのではないでしょうか。
私は1人暮らし男子大学生の典型のような自炊をしており、1日3食パスタ、パスタ、パスタ。当初は色々作っていましたが、寮はガス・IHではなく、電熱器で、火力が弱い上に定期的に止まる仕様だったので、途中でレンチン・パスタ作戦に切り替えました。もちろん具材は変えてはいたものの、本当にパスタばっかり食べていました。何より、安いですし。買い物は、寮の近くのスーパーでしていました。少し足を伸ばしてバスで20分ほど行けば、安くて新鮮な野菜が買えるシューク・ハカルメル(カルメル市場)もあります。
外食は、ストリートフードなどでなければ50シェケル(≒2,000円)以上します。安くて美味しいのはファラフェル・ピタ。ひよこ豆のコロッケ・ファラフェルに、フムス(ひよこ豆のペースト)、タヒニ(ゴマ・ペースト)、トマトやきゅうりなどの野菜を丸いピタパンで挟んだサンドイッチです。手のひらを開いたくらいのたっぷりサイズで20シェケル(≒800円)、安いお店だと10シェケル(≒400円)で食べることができます。揚げたてのファラフェルにフムス・タヒニの香るファラフェルピタはお気に入りです。
ちなみに、物価比較でよく出てくるビッグマックのセットは33シェケル(≒1,320円)です。(編集部注:2023年1月に発表された世界のビッグマック価格ランキングでイスラエルは10位、日本は41位)
留学中の生活パターン
普段は大学の授業とウルパン(ヘブライ語の授業)がありました。私が通ったテルアビブ大学のウルパンは、毎朝8時半から10時まで、週4日、多い時で週5日の授業でした。その後は寮に帰ってお昼ご飯を食べた後、午後は修士課程の授業に出席する、というのが普段のスケジュールでした。
イスラエルでは金曜日・土曜日がお休みです。休日は教会に行ったり、ルームメイトと散歩に行ったりしていました。テルアビブは地中海に面した街で、ビーチは年中賑わっていておすすめです。
一番違いを感じたこと、困ったこと
イスラエルと日本での生活の違いや不便はいくらでもあります。バスが遅れるのは当たり前、待てども待てども来ないことだってある。順番抜かしが当然、というか、整然と並ぶ、という文化がそもそも存在しない。安息日にはお店の大半が閉まる。24時間営業のコンビニがない。たまにミサイルがとんでくるし、テロがないわけではない。でも、正直なところ、イスラエルだから困ったこと、というのはあまりありません。日本が快適で、便利なのは間違いないですが、日本のサービスがすごいんだなと思うようにしています。
イスラエル人は自己主張を大事にします。自己主張をしないと物事が進まない、というので手間がかかります。一方で、交渉の余地があることも多いです。スーパーで安い鶏肉を探していると伝えたら、その場で30%引きにしてくれたこともありました。不便さの中にも便利さがある(?)のかもしれません。
テロやミサイルも、基本的には大丈夫です。迎撃率9割のアイアンドームに、強力な軍隊、警察もいるので、自分から危ないところにも行かない限り、危険を感じることはまずありません。イスラエル・パレスチナ紛争を身近に感じる経験でもあるので、色々と考えさせられる機会でもあります。もちろん、平和であることに勝るものはありませんが、平和の大切さとそれを求める思いを少し知ることができました。
これからワーホリで渡航する方へのアドバイス
イスラエルは面白い国です。留学に関心がある友人たち全員に、イスラエル留学をお勧めしています。イスラエルに関心が少しでもあるなら、宗教、文化、ハイテク産業、ヘブライ語、中東政治、パレスチナ問題…といった「いわゆるイスラエル」なものだけではなく、なんかちょっと違う文化の国に住んでみたいな、という程度でも、とってもおすすめの国です!
私はワーホリ未経験ですが、ワーホリの魅力の一つに、海外の価値観を知る、ということがあると思います。その点、イスラエルは日本と全く違う国というだけではなく、世界中から色々な人が集まってきます。実際、私のクラスも45人の同級生で、出身国は約20か国に上ります。イスラエリーにもイスラエル出身のユダヤ人、外国から移民してきたユダヤ人もいれば、アラブ人もいます。彼らと話すだけでも、色々な考え・立場・価値観に触れることができるので、とても勉強になります。
ありきたりかもしれませんが、「常識」を考え直すきっかけがイスラエルにはたくさん転がっています。全然違う文化で、全く異なる常識を目の当たりにして、「ああ、これでも世界が回るんだ」ということを学びます。私にとって新鮮だったのは、司法改革に関するデモです。イスラエリーは自己主張をせずにいられない人たちのようです。多い時で数十万人が街を練り歩き、「言論の自由」の行使を目の当たりにした経験は、民主主義について考える貴重な体験になりました。日本では、政府に対して不満があっても、愚痴をいうくらいで、街中に出てデモしよう、とはならないのが「常識」ではないでしょうか。
一方で、イスラエルには相手の意見を尊重するという文化もあります。インターネットで有名になった動画に、エスカレーターで上下すれ違う賛成派と反対派のデモ参加者同士がハイタッチするものがありました。自分の主張は曲げない、でも、相手の意見も尊重する。こうした光景は、テルアビブ大学前でも目撃しました。賛成派と反対派が並びあって、本当に数メートル先にお互いが陣取って、自分の主張をする。ともすれば、批判=人格攻撃と捉えられかねない日本とは全く異なる文化です。
エスカレーターの昇り・下りですれ違う意見の違うデモ隊同士が手を振ったりハイタッチする様子。
確かに、イスラエルでもこのような規模のデモは珍しいと聞きました。デモは極端な例かもしれませんが、イスラエルではデモ以外にストライキも頻発しています。労働者から、学校の先生、高校生たちまで。そのようなイスラエル社会のバイタリティに触れることは刺激になりますし、自分のアイデンティティや母国・日本を考える視野を広げてくれました。
そして何より、イスラエルにはあらゆる分野をリードするすごい人たちが沢山います。また、イスラエルは小さい国で、しかも、みんながチャンスをくれる国なので、そのすごい人たちに意外と簡単に会うことができます。これは他の人気留学先・ワーホリスポットでは得られない魅力だと思います。
その中で、きっと不便もいっぱいあると思います。でも、そういう不便を感じたときは、自分自身が無意識に持っていた”常識”に気づかされるときでもありました。ぜひイスラエルに来て、面白さも不便さも楽しんでください!おすすめします!