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ENTERTAINMENT

「本当の日本」を映像に―世界で活躍する撮影監督ラエル・ウトニックさん 【後編】

by 中島 直美 |2026年09月04日

「EXIT VALLEY」は、ビジネスやカルチャーなどの分野で活躍するイスラエル人女性とイスラエルに関わる日本人女性の成功までのストー.

前編では、世界30か国以上で映画やCMを撮影してきた撮影監督ラエル・ウトニックさんに、撮影監督という仕事や、映像への情熱について伺いました。(前編を読む)

後編では、日本での撮影を通してラエルさんが感じたことや、「本当の日本」を映像にするための工夫、そしてこれからについてお話を伺います。


撮影監督ラエル・ウトニック

「その世界にいる」と感じられる映像を

ラエルさんの作品からは、観客にその世界を「体験」させることへのこだわりが見えてきます。


アーサー・ミラーの短編小説を映画化した『The Performance』は、1937年のヨーロッパが舞台となっています。ジェレミー・ピヴェン、ロバート・カーライルらが出演し、ユダヤ人であることを隠してヒトラーの前で踊ることになったアメリカ人タップダンサーの葛藤を描いた作品です。(2026年12月にアメリカで公開予定)


撮影が行われたのは、歴史的な建物が多く残るスロバキアのブラチスラバ。それでも、現代の街で1930年代のヨーロッパを再現するのは簡単ではありません。撮影に使われた歴史的建造物でも、照明はすでにLEDに替えられていました。1930年代の世界をできる限り忠実に映像にするため、ラエルさんは当時の建築や照明まで調べ、LEDを当時の雰囲気に合う照明に交換しました。


こだわったのは、撮影するカメラも同じです。脚本では過去の記録映像を使うとされていた場面も、ラエルさんは「当時撮影されたような映像を自分たちで撮りたい」と考えました。そこで1930年代につくられたBolexカメラを探し出し、16mmフィルムで撮影したのです。


撮影地となったブラチスラバは、歴史的建造物が数多く残るスロバキアの首都です。
撮影地となったブラチスラバは、歴史的建造物が数多く残るスロバキアの首都です。

一方、まったく逆の方法で過去を描いたのが『Eva.Stories』(2019)です。ホロコーストを生きた13歳の少女エヴァ・ヘイマンの日記を、「もし彼女がInstagramを使っていたら」という発想で映像化。ラエルさんはiPhoneを使い、セルフィーや縦型動画で1944年の出来事を現代の若者に身近なものとして伝えました。


1930年代の世界を伝えるために、その時代のカメラを使う。一方では、過去を現代に引き寄せるためにiPhoneを使う。方法は正反対でも、目指すものは同じです。

観客にその世界をただ見せるのではなく、「自分もその中にいる」と感じてもらうことです。


スマホによって撮影されたインスタグラムのプロジェクト『Eva.Stories』はこちらからご覧いただけます。


新しい技術と、変わらないもの

こうして作品に合わせて古いカメラと最新の機器を使い分けるラエルさん。その姿勢は、AIに対しても変わりません。

「映画の歴史は、ずっと新しい技術とともに進んできました。新しいものが出てくるたびに、今までのものが失われるのではないかと不安になる人もいます。でも僕は、新しい技術は表現の可能性を広げてくれるものだと思っています。大切なのは技術そのものではなく、それをどう使って物語や感情を生み出すかです」


フィルム撮影に情熱を持ちながら、AIにも積極的に向き合うラエルさん。彼にとって「革新」と「伝統」は対立するものではなく、どちらもより良い物語を届けるための選択肢なのです。


2023年、第18回ローマ映画祭で行われた『The Performance』のレッドカーペットにて。
2023年、第18回ローマ映画祭で行われた『The Performance』のレッドカーペットにて。

本物の日本を撮るために

映画『Saving Shuli-san』を日本で撮影したラエルさんは言います。

「『イスラエル人がこう思う日本』でなくて、本当の日本を表現したかった。そのために僕は初めて訪れた日本をよく観察して学んだし、多くの工夫をしました。

撮影の下見では単に場所を見るだけでなく、日本の文化や芸術、人々がどう動くのか、どんな生活をしているのか、それを知るように努めました。そういったことが撮影をより良いものにするのです」


そう言って撮影前の下見で撮った写真と、同じアングルで撮られた映画のシーンを比較した写真を見せてくれました。

ただの町の風景や何の変哲もない部屋の写真が、映画の場面となるとグッと心に迫ってくるのがわかります。特に印象に残ったのは、暗い夜道に自動販売機の明かりが浮かび上がっている場面でした。その光を見た瞬間、イスラエルにいる私は日本の夜道へ一気にタイムスリップしたような感覚になりました。 

「この光を撮ることができるように、自販機の中の照明器具を取り替えさらに付け足しました」というラエルさん。


撮影前の下見と同じアングルで撮られた映画のシーンを比較。光の役割が実感できます。
撮影前の下見と同じアングルで撮られた映画のシーンを比較。光の役割が実感できます。

このたったひとつのシーン。ここで物語が大きく展開するわけでもない、派手なアクションがあるわけでもない。それでもここまで徹底した場所づくり、空間づくりが行われているのです。


日本で感じた仕事の美学

ラエルさんに、日本で仕事をした時の印象を伺いました。

「日本では、物事をあまり直接的に言わないところがあるかもしれない。イスラエルでは、意見を言う時にはかなりストレートです。でも僕には、少し周りから入る日本の伝え方が合っていると感じました。あまりに直球すぎるのは、僕の性には合わないのかもしれません。


多くの人が一つの目標に向かって仕事をする時、それぞれが相手を尊重し合うことで、初めて全員が最大限の力を発揮できると僕は思っています。日本では、相手を尊重しながら、仕事を決していい加減にせず、真剣に取り組む姿勢を強く感じました。仕事の質もとても高かったです」


日本での撮影で行われた照明の工夫についても話してくれました。

「撮影ではあらかじめ照明のカラーパレットを通常とは少し違う形でつくりました。場面ごとに色合いだけを決めるのではなく、それぞれの照明器具の設定値も決めておくんです。そうすれば撮影場所が変わっても、その数値に合わせることで、必要な光を素早く再現することができます」


『Saving Shuli-san』の撮影現場。「たくさんのスタッフが協力してつくるもの」というラエルさんの言葉が裏付けられます。
『Saving Shuli-san』の撮影現場。「たくさんのスタッフが協力してつくるもの」というラエルさんの言葉が裏付けられます。

日本とイスラエル、異なる言語を話すスタッフが一緒に働く撮影現場。光を感覚的な言葉だけで伝えるのではなく、設定を数値として共有しておけば、場所が変わっても同じ光を正確かつ素早くつくることができます。


準備を重視する日本と、状況に合わせて素早く動くイスラエル。それぞれの仕事の仕方を生かすことで、限られた時間の中でも、作品に必要な光を正確につくり出せるようにしたのです。 

ラエルさんは『Saving Shuli-san』で、イスラエル・フィルム・アワード2025の最優秀撮影賞を受賞しました。こうした細部まで妥協しない映像づくりへのこだわりが、高く評価されたのかもしれません。 


ラエルさんに「また日本で撮影をしたいという気持ちはありますか」と聞いてみました。

「機会があるなら、ぜひまた日本で撮影したいと思っています。日本のスタッフと協力できたからこそ、とても良い仕事ができましたが、それでも日本での仕事は初めての体験でした。まだまだたくさんの可能性があると思います」


『The Performance』の印象的なワンシーン。
『The Performance』の印象的なワンシーン。

映像で物語を伝えるということ

ラエルさんへのインタビューを通して、それまでほとんど意識したことのなかった「映画を撮る」という仕事が、少しずつ見えてきた気がします。 

「映画において視覚というのはとても大切です。映画をつくる時、音が何も聞こえなかったとしても、映像だけでどんな物語を観客に伝えられるだろうかと僕はいつも考えています」

その言葉を象徴するような場面が『Saving Shuli-san』にもあります。


映画の中には、ヤクザが放り投げられた果物を刀で切り落とすゲーム「フルーツニンジャ」を思わせるシーンがあります。 

「あのシーンはもともと事務所で話をするという設定だったけれど、僕は事務所の映像がどれほど観客に魅力的に映るかを考えたのです。そして最終的には庭でフルーツを切り落とすという場面になりました。セリフは全然変わっていません。物語を決して邪魔せず、映画をより魅力的な映像として観客に届けるのが、撮影監督の重要な役割なのです」


ラエルさんのお話を聞いて、今度映画を見る時は私もカメラの動きや作り出される光について、もう少し気にして見てみたいと思いました。

けれど、専門性と職人技、相手への尊重と協調性、これらが生み出す最高の映像を目の前にしたら、私はまたすっかり物語に引き込まれて映画の世界にのめり込んでしまうのかもしれません。


「撮影するということは、僕にとって生きていく道そのもの」とラエルさん。
「撮影するということは、僕にとって生きていく道そのもの」とラエルさん。

12歳のときからカメラを回し続けて、今年で28年目のラエルさん。今後の夢を尋ねました。

「カメラを回すということは常に新しい世界を広げていくこと。だから、これからも新しい世界を撮り続けることができればと思っています。

撮影するということは、僕にとって生きていく道そのものなのです」


ラエル・ウトニックさんの作品をみる
映画から世界的なブランドのCMまで、ラエルさんが手がけてきた映像作品は公式ウェブサイトで見ることができます。
https://www.laelutnik.com/