「国防軍」と聞くと、少し恐ろしいイメージを抱く方もいらっしゃるかもしれませんが、今回は、軍隊にまつわるちょっと変わったお話をご紹介したいと思います。イスラエル国防軍(IDF)で歌手として活躍する日本人女性についてです。他では報道されない、IDFの意外な一面をご覧ください。

「軍音隊」って何?
日本でも自衛隊の各隊に音楽隊があり、儀式や式典などで楽器を演奏する部隊があるのは、ご存じの方も多いと思います。自衛隊の音楽隊は、日本でも最高の技術・表現力を誇る楽団で、入隊は非常に狭き門なのだそうです。そしてそれは世界各国も同じような状況でもあり、IDFにも式典で国歌などを演奏する吹奏楽団や交響楽団があります。
それに加えて、イスラエルではポップスやロックを歌う「IDFバンド」があり、特に70年代は、IDFバンド出身の芸術家たちがイスラエルの歌謡シーンを牽引していきました。IDFバンドに選ばれることは、イスラエルの音楽シーンに大きな影響力を持つことでもあり、スターダムに駆け上がる登竜門でもあったのです。2020年代の今でも、70年代~80年代に大ヒットを飛ばしたIDFバンドの歌は語り継がれ、歌い継がれ、影響力を持ち続けています。
SNSやエンターテイメントが発達した今は「IDFバンドだけがイスラエル音楽界における約束された成功への道」というわけではありませんが、国を愛し、未来への希望の灯を心に灯し続けるIDFバンドの地位は、確固としてゆるぎないものです。
今回は、2022年10月からIDFバンドの一員に選出され、兵士として音楽キャリアを開始した日本とイスラエルにルーツを持つ女性、ギドール・リアさんにインタビューをしました。

ギドール・リアさんの生い立ち
リアさんはお母さんが日本人、お父さんがイスラエル人というミックス・ルーツの持ち主。生まれも育ちもイスラエルですが、日本の家族との交流もあることから、日本文化にも精通しています。
お父さんは、イスラエルの音楽関連のお仕事をしていらっしゃるとのことで、音楽は子供のころから身近にあったそう。リアさんが大の音楽好きであることを示す幼少の頃のエピソードを、リアさんのお母さんから伺いました。
「リアは、子供の頃から歌が大好きで歌っていたけれど、ある時『お母さん、私、歌を歌いたい、ずっと歌を歌うことを仕事にしたい、ミュージカルで歌いたい』と言いました。だから私は『そんなに歌が好きならば、その思いを忘れずに、どんな機会でも捉えて歌い続けなさい。ずーっと歌い続けていればきっとその夢はかなうよ』とアドバイスをしました。それ以来彼女は、学校でも地域でも、何か歌を披露できるような機会があれば率先して歌ってきました。私のアドバイスをそのまままっすぐ受け止めて、ずっと歌い続けてきたのです。」
リアさんは発声トレーニングを受け、表現を学び、学校や地域で歌を発表し始めます。そのうちに彼女の住む地域やその周辺では、彼女の実力が認められはじめ、近隣地域でも地方自治体のイベントがあると「歌ってほしい」と声がかかるようになったのです。
学校の文化祭のみならず様々な式典、市政XX周年記念のイベント、地域の記念日の式典などなど…お母さんのアドバイスを忠実に守り、リアさんは無心に歌い続けたといいます。

イスラエルでは、義務である高校3年までの学校教育が終わると、男女に関わらずほとんどの人が、これもまた義務である兵役につきます(宗教などの理由で免除となる人も少数ながらいます)。リアさんにもその時がやってきました。
彼女は迷わず音楽隊に志願したそうです。毎年、たくさんの候補生の中から、たった数十名程が選出されるという音楽部隊の一員に、リアさんは選ばれました。そして教育部隊のバンドメンバーとなったのです。

IDFバンド隊員の使命とは
IDFバンドは海軍、空軍、陸軍など様々な部隊に隊専門のバンドがあり、それぞれの式典で歌ったり慰問公演などを行っています。リアさんの所属する教育部隊は、IDFの教育関連や文化活動の全般を請け負う部隊で、バンドの活動は教育部隊の中でも重要なものなのだそう。そのため、文化部隊のバンドの活動も文化部隊内部に向けられたものに限らないといいます。国の行事や軍隊全体の行事、海外のユダヤ人コミュニティーとの公式な式典などがあればそこでIDFを代表して歌ったりする役割が与えられているとのこと。

リアさんも初めての公式な活動は、国の式典でヘルツォーグ大統領の前で歌を歌ったことなのだそうです。
リアさんの所属するバンドは女性3人男性1人、合計4人のプレイバックバンド。彼らが歌う歌は、ヘブライ語で「美しきイスラエル国の歌」と言われる、いわゆる「古き良き時代」のクラシカルなヒット曲から、力強くハイスピードなビートとリズムの現代的なポップなど、幅広いジャンルに及ぶのだそうです。
リアさんは言います。「今までも多くの時間を音楽に費やしてきたと思ったけれど、軍隊での生活は全く違います。毎日毎日が音楽漬けの生活です。リハーサル、新しい歌の練習、調整、舞台、新しい歌の練習、リハーサル、舞台…。この繰り返しです。特に4月は、戦没者記念日や独立記念日があり本当に忙しい日々でした。この時期に4つの舞台があり、そのうちの一つはテレビで全国に放映されもしました。

入隊する前は、あまりに音楽をやりすぎることで疲れてしまったり、音楽に対して新鮮味を失ってしまうことはないかと不安にも思いましたが、実際はそんな心配は無用でした。
自分と同じように歌うことが大好きで、持てるすべての力を歌にささげる仲間と共に、毎日毎日歌を中心に生活していることがとてもうれしいです!」

さらに式典以外にも、IDFバンドの大きな使命の一つに各部隊への慰問公演があるそうで、それについても話を聞かせてくれました。
「これはどの部隊のIDFバンドも皆やるのですけれど、どんな小さな基地にでも私たちは行って、歌を歌います。バンドメンバーを2人ずつに組ませて、1週間でありとあらゆる基地をまわって訪問するようなこともあります。基地から基地へ移動して回り、1日で3回も舞台をやったりもするのです。
私たちIDFバンドは、どんな状況下でも必要ならば歌います。マイクがある、ない、設備が良い、悪い…そういったことにいちいち文句をつけてはいられません。どんな状況下でも、最高のパフォーマンスを提供する。それが私たちの役目です。
そうやって、国を守るという義務を果たしている兵士達の労力をねぎらい、国民の心を強く一つに結束させるのです。

家族とも離れ、エンターテイメントも何もない基地で、毎日コツコツと仕事をしている兵士たちがたくさんいます。そんな兵士たちにとって、バンドが基地に来ることは大きな楽しみの一つ、心のバランスを保つ支えなのです。
私の親の世代の人達が、兵役に就いていた頃のうれしかった思い出として、バンドの演奏のことを話すのを聞いたこともあります。もう何十年も前の出来事なのにですよ。
私もそんな舞台をつくることができたら、と思っています。」

リアさんの夢
最後に、リアさんにこれからの夢についてお話を伺いました。
ミュージカルが大好きで、いつかニューヨークやロンドンでミュージカルの舞台に立ちたい、というリアさん。

兵役期間中に多くの舞台経験を積み、将来の夢に備えたいとのこと。お母さんのアドバイスを忠実に守り進んできた彼女らしく、退役後の身の振り方も真剣に具体的に計画されていました。
筆者もミュージカルは大好きなので、インタビューの最中にミュージカルの演目について話が弾んだし、いつか彼女のミュージカルをぜひ世界の舞台で見てみたいと思っています。
「私の母は日本人なので、私の外見も日本人的なところがあります。
教育部隊のIDFバンドはIDFを代表するものというか、対外的にIDFを説明するような一面も持ち合わせているので、私がいることで、IDFバンドにこの日本の特徴を提供できるのはうれしいことでもあるし、それがバンドメンバーへの選抜にも有利に働いた部分があるかもしれません。
兵役期間中は、できるだけ舞台でのたくさんの経験をつみたいと思います。そして、舞台で歌うことの素晴らしさ、歌で幸せを届ける体験をもっともっとしたいです。」
いきいきと輝いた目で夢を語るリアさん。
たぐいまれなる才能を活かし、IDFで経験を積み、その可能性の翼を大きく広げ世界へ羽ばたいていってほしいと思います。
リアさんが世界を舞台に歌う姿をいつか私もこの目で見ることができる日が来ますように!応援しています!
彼女の歌の動画は、TikTok やインスタグラムから視聴可能です!
https://instagram.com/liagidor
https://www.tiktok.com/@liagidor