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CULTURE

ワーキングママをイスラエルの国民的歌姫へ変えたパワフルな歌声

Shiori Ichikawa|2020年09月28日

独占インタビュー | Riki Ben Ari(リキ・ベンアリ)

Riki Ben-Ari Profile Picture

2018年、当時52歳二児の母親で名も知られない歌手だったRiki Ben-Ari(リキ・ベンアリ)さんは、ユーロビジョン・ソング・コンテストのイスラエル代表を決める”Rising Star“というオーディション番組に出演し、圧倒的な歌唱力で審査員と観客を魅了しました。


欧州放送連合(EBU)加盟放送局によって開催される毎年恒例のユーロビジョン・ソング・コンテスト。ヨーロッパそして中東の各国の代表が自らの楽曲を披露し、参加国が他国に投票して優勝者を決定する大会は全国に生放送で中継され、イスラエルでは国民的な人気があります。


Rikiさんの実力は、マドンナなどのリミックスを手がける世界的に有名なイスラエル人プロデューサー、Offer Nissimに認められ、彼の楽曲のヴォーカリストの一人に抜擢。Offer Nissimとのコラボレーションに続いてHenreeAvi Ohayonなどイスラエル屈指のプロデューサーとのフューチャーで活躍されています。


この独占インタビューでは、Rikiさんにとってキャリアの転機となったユーロビジョンのプレコンテストや、他のアーティストとのコラボレーションについて語ってくれました。


Riki Ben Ari performing “What Makes Me Good(Acoustic Version)” Live


―――Rikiさんは”Powerhouse Diva(日本語訳: パワフルな歌姫)”として知られていますが、ご自身の音楽のスタイルについてお話しください。


Riki: 私は70年代、80年代の音楽が大好きで、特にディスコやソウルミュージックそれからR&Bなど、ソウルフルで力強いボーカルが特徴的な音楽が気に入っています。自分自身もアレサ・フランクリンやティナ・ターナー、シャーリー・バッシー、ホイットニー・ヒューストンやマライヤ・キャリーなどの素晴らしいシンガーの人たちに影響を受けています。どの歌手もみんな声量のある歌声、ドラマ性、そして魅力的な外見を持っています。小さい頃からドレスアップして、メイクをし、鏡の前で何時間もパフォーマンスすることが好きでした。今取り組んでいるエレクトリックミュージックのコラボレーションでは、R&Bのディーバたちの歌声と、ビート、ドラム、ベースなどのサウンドを取り入れて新しい音楽を生み出しています。


――― Rikiさんの歌声はとてもパワフルで素晴らしいですね!どのように音楽と出会い、歌手としてのキャリアを始められたのか教えていただけますか?


Riki: 最初はティナ・ターナーやアレサ・フランクリンなどのカバー曲を歌っていました。この曲知っていますよね? “The moment I wake up~(インタビュー中にI Say a Little Prayerを歌ってくれました)”  私がユーロビジョンの予選に参加したときから(歌手として)歌い始めたと思っている人が多いのですが、私は生まれた時から歌手です!それって自分で選択することではなく、選ばれるんだと思います。大会に参加するずっと前からパーティーや結婚式でプロの歌手として歌っていましたし、日頃から自分が好きなことをしてお金を稼げることにとても恵まれていると感じていて、いつでも、どこでも歌える機会さえあれば幸せでした。もちろん有名になって大きな舞台で歌えることを夢見ていましたが、失敗することを恐れていたんだと思います。もう失うものは何もないと思いきり、ルールを破って恐怖を克服し、全国放送の人気テレビ番組に出演することを決めました。ステージの上で、もっと人に与えられるものがあると思っていましたし、自分の人生に変化を求めていたんだと思います。歌うことへの情熱をテレビで伝えたかったので、私にとって「勝ち」だったと思っています。


声は人に影響を与えるエネルギーです。この声は「自分のもの」ではなく、人に与えるための贈り物だと思います。私の歌声が、聞いた人をワクワクさせたり幸せな気持ちにすることができるのはまさに魔法のようです。歌うことは、私にとって人生の目的です。


Riki Ben Ari Promo Photo


――― 音楽制作やパフォーマンスする際のインスピレーションは何ですか?


Riki: 作詞はしますが、自分のことをライターだとは到底言えないですね。自分をさらけ出して歌詞を書くことは、私にとってとてつもなく難しいことなんです。でも、ステージの上では全てをさらけ出してパフォーマンスします。自分が好きではない曲は絶対歌いたくないので、歌う曲には必ず自分とのつながりがなくてはなりません。


ポジティブな歌がほとんどですね。以前、人に書いてもらった曲で相手を嘘つきだと責めるような曲があって、サウンドも曲調もとてもいい感じで気に入っていましたが、レコーディングを始めたものの最後まで歌いきれませんでした。何だか腑に落ちない部分があって、自分が歌うべきものではないかなと。やっぱり歌っていて「ハレルヤ!」と言いたくなるような曲や、「苦労は終わり祝福された気分だ」という歌詞の曲を歌いたいですね。そういう言葉を歌うことで何かポジティブなものを人に与えられると思います。


ステージに立つと、何かに取り憑かれたようになります。魔法のようにステージの上では何でもできると感じ、私の声がまるで楽器かのように演奏をし、どこまでも高く、低く、声を出すことができます。パフォーマンスをするときは信じられないような素晴らしい感覚です。私のモットーは、人々のヴァイブ(感情的な雰囲気)を感じてオーディエンスとつながり、愛を広めることです。パフォーマンスしているときは自分がどう見えているのか気にしたことがありません。ステージの上からできるだけ多くの人に届こうと手を差し伸べるのですが、そんな様子から人には”Dracarys(ドラゴンの炎)”と呼ばれていて、いつもステージの上では自分の炎とハートを表現しています。


――― 2018年のユーロビジョンのイスラエル予選でファイナリストに選ばれましたが、その経験についてお話を伺えますか?


Riki: 当時私は52歳でしたが、普通の人はその歳でコンテストなどに出場しようとは思わないでしょう。人は50歳を過ぎると、年相応な身振りや服装を求められますが、私は自分のソウルはまだ若くて歳をとらないと思っています。私にとって年齢は何の意味もありません。


自分がステージに上がった時に奇跡が起こるのでは、と願いを込めてそのコンテストに参加しました。私以外の出場者はみんな20代でしたよ。私は、私はイスラエル人が“Big Balagan”と呼んでいる、「どこからともなく現れて人々に衝撃を与える」という偉業を成し遂げたようです。多くの人が「あなたは一体誰?」「なぜいま?」そして「今までどこに隠れていたの?」と驚いていたのを覚えています。自分はやるべきことをやって、それが良い人生の転機になったと思っています。


コンテストの過程で助けとなったのは、おそらく私の謙虚な性格の部分ですね。私は、「良くも悪くもこれが私の歌い方で、このBigな歌声を人に届けたい」と自分を表現しました。人から批判されることはつらいことですが、もちろんこの種類のコンテストではそうなることは目に見えています。なので私は、エゴもうらみつらみも持たずに進んでいくことを自分自身に約束をしました。そうであったからこそ、自分よりだいぶ若いアーティストたちと競い合うことができ、毎回その結果に驚かされ、興奮させられました。起きていることが信じられませんでしたよ。


優勝したNetta Barzilaiと二位になったJonathan Merguiと共にファイナルへ進出したのですが、二人ともイスラエルではすでに大スターだったので何千というフォロワーやファンがいて映画にまで出演していました。そんなすごい二人に連れ立って、「歌が好きなワーキングママ」 である私が選ばれたわけですが、もうただただ感謝の気持ちでいっぱいでした。



――― 素晴らしい経験ですね!今では国際的なスーパースターたちとコラボをしている著名なイスラエル人DJ兼プロデューサーであるOffer Nissim氏の楽曲に参加されていますが、その経緯と経験についてお話ください。


Riki: 自分からお願いしたんですよ!イスラエルの大手新聞社から、私のファイナル進出に関して全国紙のメイン記事を書くためのインタビューを受け、コンテストの後にやりたいことやキャリアの方向性について聞かれた時に、Offer Nissimさんとエレクトリックミュージックでコラボをしたい、それからミュージカルにも出演したいし、映画のサウンドトラックも作りたいと話しました。


なんとその記事を読んだOffer Nissimさんのお母様が、息子さんに私がOfferさんと仕事をしたいと言っているからファイナルの様子をテレビで見るように伝えてくれたそうです。翌日には直接Offerさんから電話がきました。とても尊敬しているプロデューサーなので、本当にびっくりしました。


Offer Nissimさんは音楽の天才だと思います。人と違う考え方で音楽と向き合っていて、本当に素晴らしいです。彼にとっては名声よりも音楽の質のほうが大切なので、どんなに有名なスターであっても彼がいい声だと思わなければ一緒に仕事をしませんし、たとえ路上のホームレスであっても歌声が彼の心に響けば、快く迎え入れてくれるような人です。


ありがたいことに彼に私の歌声を気に入ってもらえて、マイクロソフトのCMのために“(アイリーン・キャラの)Fame”のカバーを一緒にプロデュースしたいとOfferさんから誘いを受けました。クライアントからは、パワフルな歌声で正しい英語の発音ができるシンガーがいいので、世界中どこからでも招待していいと言われていたにも関わらず、この私を選んでくれたのです。その曲はイスラエルだけでなくヨーロッパ中で大ヒットとなり、そうしてOffer Nissimさんとのコラボレーションが始まりました。



――― そうだったんですね!何度かRikiさんが母親であることについて言及がありましたが、お子さんを産んで育てることは、ご自身の音楽やキャリアにどのような影響を与えましたか?


Riki: 私には息子が二人います。一人は20歳で陸軍に入っていて、もう一人は17歳でまだ高校生です。母親になると、自分のキャリアのことは優先的に考えられません。まずは生活を支えていくことを考えなくてはなりません。子供のために家にいる時間を多く作り、時間通りにディナーを用意して、息子たちを学校やサッカーとバスケなどに連れていくことに時間を割きました。生活のため、そして自分のソウルが生き生きするために歌っていましたし、キャリアにすることは考えてもいませんでしたが、彼らがある程度成長したことにより、自分の時間に余裕ができたのです。


テレビ番組のプロデューサーが私が歌っている動画をどこかで見て、オーディションに招待するために電話をくれましたが、“New Star Born(訳: 新スター誕生)”という番組の名前から私には合わないと思ったので最初はお断りしましたが、何度も電話がきていました。


ある時、下の息子が隣にいるときに電話がきて「ありがとうございます、でも結構です」と丁重にお断りをしたら、なぜトライしないのかと息子から聞かれました。彼はまだ若かったので、リアリティTV番組がどういうものなのか、私や私の音楽のことはどうでもいいように扱われるのだということをまだ理解できていないと彼に言い聞かせようとしたら、息子から「お母さんは歌が上手いから絶対優勝するよ!そのパワフルな歌声があれば大丈夫」と言われ、初めて息子が私自身よりも私のことを信じてくれていることに気付かされました。そんな彼に後押しされてコンテストへの参加を決めたんですよ。


今では車を運転していてラジオで私の曲がかかると嬉しくてボリュームをあげるのですが、一緒に乗っている息子たちにはうるさすぎるといつも怒られてしまいますが、なんだかんだ言って彼らは私のことを誇りに思ってくれていると思います。私は今でも料理やお菓子作りが好きな母親ですが、同時にドレスアップして大きなステージで何千人もの人々の前で輝く歌姫でもあります。その時だけは誰の母親ではなく、自分の時間を楽しみます。特にプライドウィークの時は本当に楽しいですよ。テルアビブプライドでは約180,000人の観客の前で歌ったこともあります。


――― すごいですね!是非テルアビブプライドの時期にイスラエルを訪れたいと思います。ゲイプライドについてもっとお話を聞かせてくれますか?


Riki: 本当にすごいですよ!マルディグラのようにテルアビブの街全体がカラフルになります。プライドのコミュニティに参加していることを誇りに思います。去年はプライドのために“Love is Love”という曲をリリースしました。この曲には「すべての人に同じ権利を」というメッセージが込められていて、女の子同士や男の子同士の恋愛、さらにはムスリム教の人に恋するユダヤ人の恋愛でも関係なく、愛は愛、そしてそれはすべての人のためにあります。私たちは他の人を尊重しなければなりません。


イスラエルのゲイコミュニティは、特に母親であり無条件の愛について歌っている私を両手を広げ歓迎してくれました。今ではゲイのカップルから結婚式で歌ってほしいと招待されることもあり、セレモニーの後に歌うのは“Love is Love” か “Better man”という私の曲を選ぶカップルが多いですね。すごい感動的ですよ!



――― 素敵ですね!ゲイコミュニティへのサポートに関して、もう一点。ニューヨークのゲイコミュニティはかなり大きく、ハウスミュージックが深く根付いています。5月に、COVID-19で死去されたディープハウスミュージックの歌姫であったCeybil Jefferies(SWEET SABLE)さんへの追悼として、彼女のメガヒット曲 ‘It’s Gonna Be Alright’ をイスラエルの敏腕DJ、Guy Scheiman氏とのコラボレーションでリリースされましたが、そのプロジェクトについて詳しく教えてください。


Riki: Guyは私の“Let Go”という曲のリミックスを作ってくれていたのですが、このコロナ禍で特にみんながロックダウンで外に出られず気分が落ち込んでいた時に、何かポジティブなことをしようと話をしていました。私のマネージャーが“It’s Gonna Be Alright”のカバーを提案してくれて、まさに今ぴったりの曲だという話になりましたが、ひとまずそこで保留になっていたんです。数週間後にGuyからの電話でSWEET SABLEさんがコロナでなくなったという知らせを聞いて、彼女のためにもやらないと!ということですぐさまスタジオに行ってレコーディングしました。ゲイコミュニティや音楽シーンのためにも、この曲をカバーすることで、人々にポジティブになってもらいたかったんです。


――― 必然的な偶然ですね。Rikiさんがコラボレーションしたい日本人アーティストはいますか?


Riki: J-popのことは知っていますが日本人アーティストのことはあんまり知らないんです。日本の音楽業界は世界でも二番目に大きいんですよ!自分の音楽ジャンルを超えて活動したいと思っているので、もし私とのコラボにおすすめの日本人アーティストがいたらぜひ教えてください。


実は10年前に日本で行われたディナーコンサートで歌う機会があり、日本を訪れたことがあるんですよ!そのときは10日間滞在しましたが、とても楽しかったです。すべてにおいて日本は素晴らしい国だと思います。世界中のどこへ行っても日本にいるときの安心感は得られないとですよ。日本の皆さんはとても謙虚でいい人ばかりで..私の夫は二度も日本へ行ったことがあるのですが、私には機会がなかったのでぜひまた行きたいです。


――― 是非来日して欲しいです!最後に、日本の読者へのメッセージをお願いします。


Riki: とにかく、自分を信じることが大切です。何かが欲しいなら、必ずゴールをセットして集中すること。何が欲しいのか、それを得るには何をしないといけないのか、恥ずかしがらずに書き出してみるのもいいと思います。失敗を恐れて成功できないと初めから諦めないでください。それは自分のことをちゃんと信じていないと同じことです。他人のチャンスを奪うのではなく、自分自身を信じてフォーカスすればきっと魔法が起きるはずです!