Share

Art

イスラエル出身の伝説的デザイナー、アルベール・エルバス「Love Brings Love(愛が愛をもたらす)」

by SHIYA AVNAT |2023年03月17日

2023年、ようやく世界がコロナ渦の中から抜け出してきている今日ですが、日本ファッション界の重鎮KENZOの高田健三氏が残念ながらコロナの合併症で亡くなった事は記憶に新しい悲しい出来事でした。


イスラエルでも同様に2021年、イスラエル出身であるランバンの伝説的なデザイナー、アルベール・エルバスが残念ながら同様にコロナによって命を落とし、イスラエルは元より、世界中のファッション業界に大きな衝撃を与えました。


Alber ElbazのInstagramより

彼の顧客の中にはメリル・ストリープ、デミ・ムーアを筆頭とした大物セレブが多く、日本でも藤原紀香さんやYOUさんに愛用されています。


着る度に恋に落ちる服を数多く産み出していた彼は、他のユダヤ系モロッコ人と同様に10歳の時にモロッコからイスラエルへ家族と共に移住します。


喘息持ちで、あまり外で遊ぶ事の出来なかった幼少期にはチェスの駒に服を作って着せたり、画家である母親の影響により、女性のスケッチや服のデザイン画を書き溜めては周りの女性へプレゼントして喜ばせており、既にデザイナーとしての片鱗を見せていたようです。


幼少期のスケッチ画

そんな彼がイスラエルでデザインを学ぶことを選んだことは、小さい頃から周りの女性達を笑顔にしてきた彼が、女性を輝かせる服を作る道へと進む自然な流れだったのかもしれません。


ランバンを伝説的に復活させた彼は、それから15年後の電撃的な退任から5年の充電期間を得て、新しいプロジェクト、AZ ファクトリーを始動させましたが、志半ばに残念ながらこの世を去ってしまいました。


イスラエルのシャンカール大学を卒業した後、ニューヨークに渡り頭角を現した彼は、語学と腕を磨きそのままファッションの都パリにて無くてはならない存在となりました。そんなホロン出身のアルベールの回顧展が、イスラエル出身の建築家ロン・アラッドがデザインしたDesign Museum Holonでわれることは必然的な偶然だったに違いありません。


イスラエルホロンにあるデザインミュージアム

デザインミュージアムの敏腕キュレーター、ヤアラさんに聞くアルベール・エルバス


──まず、Ya'ara Keydar (ヤアラ・ケイダー)さんの経歴を教えてください


ファッション史研究家&キュレーター

ヤアラさん:シェンカール大学でファッションデザインの優等学位を取得後、NYU(ニューヨーク大学)の衣裳学修士課程を卒業し学士号を取得しました。現在はヘブライ大学で文化研究博士号の博士課程を取っています。ニューヨークのユダヤ博物館、JCC マンハッタン、エルサレムのバイブルランド博物館などでゲストスピーカーを務めた後、 メトロポリタン美術館のコスチューム インスティテュートと FIT(ファッション工科大学)の美術館でインターンシップを行いました。ニューヨークのZAZ10TSギャラリーで展示会を企画した後、現在はデザインホロンミュージアムのキュレーターも勤めています。


──今回、この展示会を開催するに至った経緯を教えてください。



ヤアラさん:まず、この展示はアルベールが生存していたら実現する事はできませんでした。


何故なら彼は人を輝かせることを喜びとし、彼は徹底したプロ意識からバックステージにこだわり、自分が表舞台に立つことはあまり好まなかったのです。


私自身、彼と同様にシャンカール大学を卒業しており、そこの教師であるシリーがアルベールへのトリビュートに46ブランドが集結したlove brings love showをホロンミュージアムに持ってこれないかと提案してくれたのです。


ホロンミュージアムのキュレーターも担当していた私にとって、またとない申し出でした。


このトリビュートの展示だけではなく、彼のパーソナリティに触れることを大事とし、彼のキス&ハグ&ダンスのコンセプトからパジャマパーティー等の展示や幼少期の記録、ダイニング等の展示のアイデアも産まれました。


またこの展示は彼の長年のパートナーであったアレックス・クーの協力無しには実現する事は出来ませんでした。彼の協力にとても感謝しています。


長年のパートナであったアレックス・クー氏

──オマージュショー46ブランドの中の貴方のお気に入りを教えてください。


ヤアラさん:どのオマージュも素晴らしいですが、その中でも2008年に発表されたドレープの美しいランバンのドレスのレプリカに、アルベルトの顔をプリントした作品が圧巻的で素晴らしくて私のお気にいりです。


日本からはTomokoizumi等が参加しています

──アルベールのディナーテーブルにはユニークな仕掛けがありましたね。こちらのコンセプトも教えてください。


アルベールのディナーテーブル

ヤアラさん:このテーブルは彼が充電期間を設けた2015年からの数年間から着想を得ています。この期間、彼はファッション業界から一旦離れて様々な業種、年齢の人々と交流を持ち、未来についての発見を得られるよう努めていたようです。重要な話はいつも美味しい食べ物と共にあると言っていた、食いしん坊でもある彼のコメントに着想を得て、彼のスピーチやインタビューがお皿の中に映し出されるようにデザインしました。


──貴方から見たアルベールの人柄とデザインの魅力を教えてください。


ヤアラさん:幼少期に父親を亡くしている為、女性に囲まれて育ったことが影響しているのかもしれませんが、彼は女性を愛し、女性を常に尊敬していました。


その信念がドレスとして具現化されていると言っても過言ではありません。常にデザインに対して挑戦し続け、着心地が良いことはもちろん、デザインは着る人パーソナリティを反映させることを理解しながら作品を発表し続けていたことが、長年に渡って多くのランバンファンの心を掴んで離さなかった理由の1つでしょう。


──ヤアラさんが知っているアルベールのとっておきのお話を教えてください。


Design Museum HolonのInstagramより

ヤアラさん:彼に関わる全ての人は彼のことが大好きで、彼のとっておきの話をシェアしてくれます。私がお気に入りの逸話の一つが、彼が10歳の時に母親が持っていたスカーフがとても気に入ったようで、母に素晴らしいデザインだねと伝えたそうなんです。彼女がイヴ・サンローランと言うデザイナーが作ったのよと彼に伝えると、彼はすぐに姉にこう言ったそうです。「僕は大きくなったらイヴ・サンローランで働くんだ」と。大人になってから程なくして彼は有言実行を果たしました。


──アルベールの展示するにあたりピンクを基本色に選んだ意図はありますか?



ヤアラさん:彼にとってピンクはフリーダムのシンボルであり、彼はピンクと赤の組み合せが好きでした。今回の展示は彼の回顧展では無く彼の人生のお祭りとして開催したかったんです。ハッピーでカラフルな展示にすることは、私にとって重要でした。


──日本ではアルベールがイスラエル人であることはあまり知られていませんが、イスラエルがアルベールにもたらした影響とモロッコ系ルーツであることのアイデンティティは、彼のデザインや性格に影響を及ぼしていますか?


ヤアラさん:モロッコにいたことは彼のカラーセンスに多大なる影響を及ぼしていると思います。


イスラエルで育ったことは彼のアイデンティティ確立に役立ちましたが、キャリア自体はニューヨークにて成長し、パリが彼を確立させたのです。


モロッコは公用語がフランス語であるため、モロッコ系のイスラエル人はフランス語が話せる人が多いにもかかわらず、意外なことに彼はスペイン語は話せましたが、フランス語と英語はその土地に行ってから話し始めています。


──彼がランバンで働くことを決めたインタビュー内容で、経営者が女性でアジア系だったことが語られています。そして彼の長年のパートナーもコリアン系アメリカ人です。彼のデザインは生粋のパリエレガントが感じられるテイストですが、彼自身、どこかアジア文化から影響を受けている所はあったのでしょうか?



ヤアラさん:彼の28年来のパートナーであったアレックスは13歳まで韓国で育っているため、彼と一緒にアルベールもアジアをよく旅行していたようです。またニューヨークで彼のボスであったジェフリーは日本でライセンスも取得していたり、彼がランバンに入ってから3回目のコレクションは東京のモダンミュージアムで行われていたりと、意外と日本とも繋がりがあるんですよ。アジア文化から影響を受けているのはもとより、彼はダイバーシティを意識していたので一昔前から常に多くのアジア人モデルを起用していました。


──ヤアラさん自身、アルベールと同様にシャンカールで学んでニューヨークで活躍していらっしゃいますね。アルベールと同じ道を歩く者として彼に感銘を受けたことはありますか?


ヤアラさん:アルベールがシャンカール大学で行ったスピーチを今でも昨日のことの様に覚えています。


“私は20年前にシャンカールを卒業してから2つのスーツケースのみでニューヨークへ渡りました。1つはお気に入りのパーソナルアイテムを押し込んで、もう片方のスーツケースは夢で一杯でした。僕は君たちが決して諦めずに止まらずに夢に向かって働くことを切に願います”


私は常に彼の仕事に憧れており、いま彼の仕事を皆さんにシェアできることを誇りに思っています。


──イスラエル出身のデザイナーが世界中で活躍していますが、アルベールが彼らに与えている影響はあると思いますか?


ヤアラさん:彼はその気さくな人柄から同業者や若手デザイナーを常に助けたり支えたりしていました。そのため、イスラエルというよりも彼は世界中のデザイナーに影響を与えており、今回のトリビュートショーで多くのデザイナーが参加している理由も納得できます。


──おすすめのイスラエル人デザイナーを教えてください。


ヤアラさん:難しい質問ですね(笑)。全てのイスラエリーデザイナーが私は好きなんです。


──日本人にイスラエルをすすめるなら何をおすすめしますか?


ヤアラさん:ホロンのデザインミュージアムはコンパクトですが、建物自体も著名な建築家がデザインしており諸所に見ごたえがあります。過去にヨージヤマモト、イッセイミヤケの展示も行ってきているので是非足を運んでください。あとはやはり、中東ながら地中海に面したテルアビブのビーチですね。


筆者がミュージアムを訪れた際には、ランバンファンのマダムでごった返しており、平日なのにお祭りさながらの賑わいでした。


イスラエルで好評なこの展示は去年から延長されており、今でも開催されています。日本から直行便がようやく飛んだイスラエル。ホロンミュージアムへはテルアビブから30分程度で行けるので、この機会に、アルベールの作品に触れるのも旅のリストの1つに入れることをおすすめさせて頂きます。


●アルベール・エルバス Instagram
●ホロンデザインミュージアム Instagram / 公式HP
●ヤアラ・ケイダー instagram / 公式HP