Share

CULTURE

イスラエルの長い夏の風物詩「カイタナ」

by 中島 直美 |2023年08月29日

暑さも真っ盛り、ISRAERUウェブマガジン読者の皆さん、夏を満喫していらっしゃいますか?


日本ではヨーロッパのようなバカンスの習慣はないですが、それでもお盆休みなど、やはり夏といえば休暇のイメージがありますよね!この記事が公開される頃は、お子様や学生さん達は待ちに待った夏休みもたけなわの頃ではないでしょうか?そこで今回はイスラエルの夏休み、特に子供達に焦点をあて、夏のイスラエルの風物詩「カイタナ」についてお伝えしたいと思います。


労働と学習の青少年団のホームページより。手作りの筏でガリラヤ湖を渡るのは多くの青少年団が夏休みに行う活動の一つ。

「カイタナ」とは?

イスラエルの義務教育は、幼稚園の年長から高校3年生まで。さらに、これは義務教育ではないのですが、2015年から「3歳以上の教育無料」の政策がとられているため、ほとんどの子供達が3歳の頃には幼稚園に行くようになっています。これは、イスラエルでは共働きの家庭が一般的だからというのが理由の一つでもあり、平均的な有給の産休期間である3カ月~6か月程度の時期が終われば、託児所に赤ちゃんを預けて女性も仕事に復帰するのが珍しくないからなのです。筆者もイスラエルで3人の子供を育てていますが、3人とも遅くとも生後半年には託児所で集団生活を始めました。


両親が共働きの家庭がほとんど、そんなイスラエルの夏休みなのですが、実はこれがまた驚くほど長いのです。夏休みの開始は小学生は7月1日から。中高生は6月21日から。新学年開始の9月1日までたっぷり2か月はあるのです。


さらに、休みが終われば待っているのは新学年。クラス替えや担任の交代などもありますから、夏休み中に宿題が出るのは本当にレアなケース。「お勧めの学習」というようものが先生から言い渡されることもありますが、夏休みが終わったからといってそれをチェックして成績に反映させる人などいませんし、実質宿題も無しと言っても差し支えないと思います。それでは、両親が仕事をしている夏の2か月もの間、宿題もないイスラエルの子供達は一体何をしているのでしょうか?


カイタナの1日、プールの日で遊ぶ子供達。

そこで登場するのが「カイタナ」です。サマーキャンプと呼べるようなタイプのカイタナから、習い事の延長や学童保育の夏バージョンといったようなものまで、夏のイスラエルではカイタナ市場が百花繚乱、様々なタイプのカイタナが実施されるのです。


イスラエル中にあるカイタナを集めたまとめサイトもあり、自分の住んでいる場所から検索したり、内容から検索したり…。カイタナは、イスラエルの子供達の夏の生活からは切り離せない重要な活動なのです。(正確にはカイタナは夏休みに限らず、学校の休みが続く期間に実施される活動の総称なのですが、今回は夏のカイタナに焦点を当ててお知らせしています。)代表的なものからちょっと変わり種まで、イスラエルのカイタナ事情をお楽しみください。


朝食付き、さらに夕方までのオプションがあるカイタナ。地方自治体ごとに様々な分野に力を入れている様子がうかがえます。

ピンからキリまで、様々な種類のカイタナ

イスラエルでは、夏休みの開始が視野に入る6月くらいになると、普段から活発なママ友パパ友間の連絡がさらに密になります。皆の興味の対象は「今年はどんなカイタナがあるのか」「お勧めのカイタナはどこか」「自分の子供の親しい友人たちはどのカイタナに行くのか」。高いお金を払って子供達を送り込むカイタナですし、せっかくの夏休みですから、親は自分の子供が少しでも良いところへ、そして友人たちと充実した楽しい時間を過ごせるようにと、下調べに余念がありません。


公立の学校で行われるカイタナは、誰でもが参加できるように料金も低めに抑えられていますが、活動時間が短いというデメリットもあります。それに、せっかくの夏休みなのに同じ学校で同じクラスで、特別感に乏しいのです。私立のカイタナは、様々な場所で特別な楽しいアクティビティが準備されているのですが、料金が高額だったり、行われる場所によっては送迎が必要など、一筋縄ではいかないものです。


イスラエルの子育て中の親たちは、長い休みの家族の予定や経済状況、子供の年齢や仲の良い友人たちとの付き合い方など、様々な要素を考慮して夏のカイタナを吟味します。子供達がまだ学校入学前の場合は、私立公立に限らず、幼稚園が普段の活動とは別にカイタナを準備してくれることがほとんどなので、大抵はそこに通うことになります。


学校で行われるカイタナの予定表。地方自治体がサイトで内容を宣伝しています。

小学校に上がると、地方自治体がそれぞれの学校でカイタナを行うのですが、習い事を始める子供などもいることから、選択肢がぐっと増えます。小学校高学年にもなると、保護者が常に面倒を見なければならないということもなく、カイタナの種類も減っていきます。中高生になると、今度はアルバイトのようにカイタナで子供達のお世話をするアシスタントとして活躍する子も現れます。高校生くらいになり、経験もあるしっかりした子になると、自分自身で小さなカイタナをアレンジして数人の子供達を集めたりもするのです。


公立学校のカイタナ

それでは、まずは代表的な公立の小学校で行われるカイタナを見てみましょう。大抵は学校終了の翌日7月1日から20日までの約2週間半。午前中は普段の学校と同じ感じですが、内容は「水遊びの日」「チョコレートの日」「映画の日」「旅行の日」など、様々な活動が計画されています。そして、先生たちは普段の学習指導の先生でなく、カイタナ担当の指導者さんたちが市役所から派遣されてきます。


地方自治体で行われる、遠足のカイタナ。ウォーターパークに遊園地に映画に…と毎日が忙しい!

お友達も普段の学校と同じで、安心して楽しめそうですね。中には追加の支払いで午前中だけでなく夕方までのカイタナを準備している学校もあります。


地方自治体主催のカイタナ

学校以外で行われる、公立のカイタナもあります。これは、各地方自治体の教育課が企画して作るもので、サッカー、柔道、ダンスといったポピュラーなスポーツから、演劇、科学のカイタナ、9月から小学校にあがる子供たちに向けた「新一年生のカイタナ」など様々です。


中には「遠足のカイタナ」と言えるようなものもあり、日替わりで遊園地に行ったり博物館に行ったり。ウォーターパークに映画館にアスレチックやトランポリンパークなど、予定が詰まっています。小学3年生以上が対象となることが多いですが、行った先ではほとんどが自由行動となるので、こういったカイタナは仲の良い友人同士でグループで参加すると楽しさ倍増です!


RD&Dのカイタナの紹介ビデオより。この空間は現代イスラエルでなく、ファンタジーの世界です。

スポーツクラブのカイタナ

普段からの習い事としてサッカーやバスケ、テニス、柔道などのスポーツクラブに入っている子供達は、クラブのカイタナに通うこともあります。異なるクラブ同士で親善試合がカイタナ期間中に企画されることもあり、子供達にとっては新しい社会に触れる良い機会でもありますね。


私立のカイタナ

もちろん、私立のカイタナも負けてはいません。普段は習い事を提供しているような組織も、夏はアクティビティの幅を広げカイタナを企画します。サーフィンのカイタナ、RD&D(Real Dungions & Dragones)のカイタナ、海外に住む子供達と親睦を深めるインターナショナル・カイタナ、英語のカイタナ、ゲームやアプリをつくるプログラミングのカイタナ、乗馬のカイタナに、犬の訓練のカイタナ、果てはズームで参加するカイタナまで……。正直私自身が参加したいくらい様々な選択肢で、子供達が羨ましくもあります!


サーフィンのカイタナのホームページより。イスラエルは海が身近なので、マリンスポーツのカイタナも盛んです。

その他の活動

カイタナ以外に夏休みの活動で有名なのは、ボーイ・スカウトやガール・スカウトといった青少年活動のサマーキャンプです。イスラエルは、キブツなどを中心に青少年活動がポピュラーな風潮があります。スカウト連盟主催の青少年活動だけでなく、労働党の青年組織が発端の「労働と学びの青少年団」や、特別なケアを必要とする子供もそうでない子供も一緒に活動できる、青少年活動団体「クレンボの翼」、教育省が主催する「自然と民族と社会の若きリーダシップ」と呼ばれる青少年活動など、様々な形態で子供達が青少年活動に勤しんでいます。


自然と民族と社会のリーダシップ青年団の子供達。1週間にわたるキャンプとオリエンテーションを終えて記念撮影。

この活動は、小学生よりも中高生の活動が本格的で、夏は1週間から2週間にもわたるキャンプやサバイバル、オリエンテーリングなどがイスラエル各地で行われているのです。それだけでなく、イスラエルの会社では福利厚生の一部として雇用者の子供を会社に招待し、小さな子供達には手軽な料理教室や映画鑑賞といったエンターテイメントを企画したり、少し大きめの子供達には簡単な仕事を提供して、体験学習をさせる機会をつくったりもしています。


また、イスラエル版「赤十字」である「赤いダビデの盾」では毎年夏休みには中高生を対象に、青年救急ボランティア隊員になるための第1歩であるコースを全国各地で実施します。このように、イスラエルでは2か月の長い長い夏休みの間、学校を離れたところでアクティビティが行われ、宿題からも解放された子供達は、様々な場所で社会の一員となる準備をしながら大きく成長していくのです。


中学生にボランティア救急隊員になるためのコースを進める赤いダビデの盾(赤十字イスラエル版)こういった体験をもとに、将来救急隊員になる若者もいるのです。

イスラエルの夏の風物詩、カイタナのご紹介、いかがでしたか?それでは次に、イスラエルで毎年行われている「日本のカイタナ」をご紹介したいと思います。


地元で大人気「カイタナ・ヤパニット(日本のカイタナ)」

主催しているのは、イスラエル人のイタマル・ザドフさんと日本人の麻有さんご夫婦、そしてお二人の友人であるギルボア・ダカルさんの3人です。イタマルさんは合気道の有段者で指導者の資格もあり、麻有さんは小原流生け花の師範でもあります。普段は合気道の道場を運営していて、大人から子供まで多くの人たちに合気道を教えているのですが、夏になると毎年「日本のカイタナ」を主宰して今年はすでに8年目。そんな、イタマルさんと麻有さんにお話を伺いました。


日本のカイタナ主催の3人。左からイタマルさん、麻有さん、ギルボアさん。3人はそれぞれがそれぞれを補いながら協力し合っていると言います。

もともとは、イタマルさんの道場に合気道を習いに来る子供達を対象にカイタナを開いたのが始まりだったそうです。「最初の年は道場に通っている子供達15人程度のアクティビティでした。うちの庭に子供達を集めて、まあ、道場の稽古の延長と、ちょっと楽しい遊びを取り入れた感じのこぢんまりしたものでした」というのはイタマルさん。イントネーションに関西訛りのある、大変流ちょうな日本語です。


「毎年開催していくうちに、いろいろなアイディアも出てきたし、さらには道場とはつながりのない子供達からも参加したいという声が聞かれるようになりました。毎年1回、夏の間だけのカイタナ・ヤパニット(日本のカイタナ)が口コミや簡単な宣伝で広がっていき、今ではカイタナを実施する場所を探すのも大変なくらいな規模になったのです。」


日本のカイタナで行われた習字体験の作品。

今年のカイタナの参加人数はなんと約120人!参加者をグループに分けて活動します。それでも指導員の数は減らすことはなく「子供25人あたり1人の指導者」という教育省の規定を大幅に上回る基準を独自に設けているとのこと。


「参加人数が増えても、活動の質は絶対に落としません。最低でも10‐11人あたりの子供に指導者1人はつくようにしています。さらに、指導者がいても追加で補助のアシスタントも入れています。最近は、子供の頃からずーっとこのカイタナで夏を過ごしてきた子供達が、アシスタントとして入れる年齢になって運営の側にまわってくれるケースもあるんです。」というイタマルさんに続いて、麻有さんも言います。


流しそうめんは日本のカイタナで長年続く目玉の活動です。

「子供達を一緒に育てている感覚ですね。(笑)はじめた頃は小学校に入りたてだった子供たちが、今ではもう、成人(18歳)の年齢になっているんですよ。毎年夏は一緒に過ごしてきましたから、親戚のような、家族のような気分です。カイタナの活動についても熟知していて、テキパキと率先してお手伝いしてくれるのが頼もしくて、その成長ぶりが本当に感動的です。1年に1回のカイタナですけれど、毎年本当に充実した濃厚な時間を子供達と一緒に過ごします。最終日はもう、お別れが惜しくて惜しくて、涙をこらえきれない指導者もいるくらいなんです。」


カイタナの内容は、合気道に限らず様々な「日本体験」。紙芝居や折り紙、お習字や生け花体験など、本物の日本を味わうことができます。最近は漫画やアニメも人気なので、専門家を呼んでそれらを取り入れた活動も行われ、夏の流しそうめんはカイタナ・ヤパニットの目玉なのだそうです。


お抹茶を点てる体験も。苦みの強いお抹茶に初めて触れる子供達の反応は果たしてどんな感じなのでしょうか?

皆でおみこしを作って担いだり、今年はしめ縄づくりも計画していて、初めての試みである中学生対象のカイタナ、「ジャパン・セミナー」では、夜の怪談と提灯を持って夜道を歩く肝試しも計画されているとのこと。カイタナのお話をするお二人は本当に生き生きキラキラとしていて、楽しくて仕方がないという雰囲気が伝わってくるのです。


「共同運営者のギルボアの手腕がなければ、カイタナはここまで大きくなれなかったと思っています。僕にはできないことが彼にはできるし、その逆も然り。麻有さんも同じで、僕たちはそれぞれに役割分担がうまい具合にかみ合っているところが良かった。僕たち3人はずーっと近くにいて一緒に過ごす時間は長いけれど、精神的には自立しあっているので、友人としても良い距離を保っていられるのです。良い子供達にも恵まれて、ここまでカイタナを続けてこられたのはうれしいことです。アイディアはいっぱいでやりたいことはまだまだたくさんあるし、毎年1回、僕たちも心待ちにしているんです。」と言うイタマルさん。


日本のカイタナでのおにぎり作り

イスラエルは多くの人が親日で、日本というととてもうれしそうにしてくれる方が多いのですが、こうやって子供の頃から毎年夏に身近なところでこんなに素晴らしい日本体験をすることができれば、日本ファンが多くなるのもうなずけるところです。


もし、私がイスラエル人の子供だったら…と思うと、このカイタナに参加すれば夏休みの思い出に日本が加わることは間違いないし、友達や指導者の皆との楽しいアクティビティはきっといつまでも心に残る良い思い出になるでしょう。楽しそうな子供たちが羨ましい限りです。


カイタナでお花を生ける麻有さん。小さな子供が本当に興味深そうに麻有さんの手元を見つめています。

イスラエルの夏の風物詩「カイタナ」。イスラエルの子供達の楽しい夏の日を少しでも身近に感じてもらえましたでしょうか?皆さんも暑さには十分にお気をつけて、どうぞ残りの夏の日々を満喫ください。




・ カイタナ・ヤパニットのサイト

・ イスラエルのカイタナまとめサイト

・ 赤いダビデの盾、中高生対象の夏のコースのサイト

・ RD&D(Real Dungions & Dragones)のカイタナ紹介ビデオ

・ ゲームプログラミングのカイタナ紹介ビデオ

・ 地方自治体のカイタナのサイト(ヤブネパルデス・ハナキネレットペタハ・ティクバ