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CULTURE

イスラエルでセファルディ音楽の神髄を歌う日本人歌手

独占インタビュー|岡庭矢宵(歌手)

by クニコ コーヘン |2021年02月24日

その昔、スペインからやむなく追放され、世界中へと離散していった、”セファルディ”と呼ばれる、ユダヤの人々に伝わる歌の数々。離散(ディアスポラ)という苛酷な運命を背負いながらも、力強く生き抜いた彼らに伝えられてきた歌は、切なくも美しいメロディーで、国を越え、時代を越えて、今に生きる私たちの胸にも深く染み入ってきます。


今回はイスラエルと日本で中東の弦楽器ウードを弾きながら”セファルディ音楽”を中心に演奏活動をする歌手・岡庭矢宵さんにインタビュー。ウードは”世界最古の弦楽器”と呼ばれ、日本の琵琶の先祖にあたる楽器です。ユダヤの文化から生まれた旋律が、不思議と日本の感覚にも通じる、そんな時空を越えた岡庭矢宵さんの世界に耳を済ましてみませんか? 


岡庭矢宵さん

―――まず生い立ちをお聞かせください。 


埼玉県出身です。4歳からピアノを始めたのですが、実は歌うことが大嫌いだったんですよ(笑)。

中学時代にモーツァルトの「レクイエム」を聴き、人の声の美しさに心から感動して歌い始めました。国立音楽大卒業後、古楽(中世、ルネサンス・バロック時代の音楽)を中心に演奏活動をし、声楽アンサンブル、バロックオペラなどを歌い、テレビCMなどでも歌いました。


―――イスラエルに来て活動するきっかけとなった事は何でしょうか?イスラエルでの活動はどうでしたか?


当時、日本でほとんど知られなかったセファルディ音楽を演奏し始め、日経新聞やNHKでも取り上げて頂くようになりました。その後イスラエル政府奨学金を頂きイスラエルへ。イスラエル人は思ったこと率直に表現するので、私にはとても合っています。イスラエル活動で衝撃的だったのは、ユダヤ教に則るコンサートでは、“女性は舞台で歌えない”という戒律や“家族以外の女性の歌声を聴いてはならない”という戒律があり、コンサート場でその事を知らされたこともあります。ただ“演奏は許される”ので、ウードだけ弾いて歌わなかった、という経験もありましたね。


また、いわゆる入植地で演奏したこともあります。このパレスティナ領のユダヤ人居住区では、なんとモロッコ音楽が演奏されているのです。セファルディの血を引く、モロッコ系のユダヤ人が多く住む地域での音楽アンサンブルで演奏していて、コロナ以前は毎週、安息日明けに練習に通っていました。パレスティナ人も親しむモロッコ音楽。それが境界を隔てたユダヤ人の地域で演奏されている。“ここから先にユダヤ人が侵入したら、貴方の命の保証はない”と記された、パレスティナ領に建てられた赤い看板を眺めながら、このモロッコ音楽をユダヤもアラブも関係なく、一緒に楽しめる日が来たらいいのに、と毎回切ない思いで道を突っ切っていきました。 



―――なぜセファルディ音楽を追及することになったのですか?セファルディ音楽の神髄とは何でしょうか?


古楽を演奏する中でセファルディ(スペイン系ユダヤ)の歌を知りました。歌の起源は中世のスペインにまで遡ります。そして1492年に彼らセファルディがスペインから追放されて以来、旧オスマン帝国領であるモロッコ、トルコ、ギリシア、ブルガリアから、アメリカなど世界中に離散していく中で、昔から伝えられてきた彼らの歌を長い年月の間守ってきたこと、そしてそれらの歌が離散した先の土地で、その土地の音楽と結びつき変化していったこと、これらがまるで生物の営みの姿であるようにも思えて、そこに私の魂が響いているのだと思います。セファルディの歌は、アラブやトルコの影響を多く受け、同時にヨーロッパ的な要素も内包し、東の世界と西の世界を繋ぐ橋渡しのような役目を担っていると思いますね。


イスラエルでもセファルディの歌を歌う歌手は多くいますが、中でも私が特に影響を受けたのはビエンヴェニーダ・アグアードという歌手です。オスマン帝国時代の音楽の香りが漂う、本当に見事な歌い回しで、何度聴いてもため息が出ます。



―――過去のイスラエルでのコンサート活動はどのようなものですか?今後のコンサート予定はありますか?


セファルディとジャズを組み合わせた“ラディーノジャズ”というプロジェクトを行い(”ラディーノ“とは、セファルディの言語であるユダヤ・スペイン語のことを意味します)、国立ハビマ劇場主催のセファルディ音楽の祭典・”フェスティバル・ラディーノ“にもメインゲストの一人として出演しました。またセファルディ音楽と関連の深いギリシア音楽、あるいはトルコのオスマン古典音楽、そしてセファルディの典礼聖歌でもある”ピュート“というヘブライ語の歌も歌い、イスラエルのテレビ、新聞、ラジオでもインタビューを受けています。現在は”イスラエル・ラディーノ・オーケストラ“という、セファルディ音楽をレパートリーの中心としたオーケストラのメンバーとなり、ソロ歌手、ウード奏者として活動しています。それぞれにいいタイミングでご縁を頂き、どこかで神様が救いの手を差し伸べて下さっているのかな、とも思います(笑)。


“Los Caminos de Sirkeci”(LadinoJazz) Yayoi Okaniwa & Gilad Chatsav

Hadesh kekedem yameinu (新しい世界に生まれ変わる)

―――矢宵さんは、長くそして豊富なコンサート活動をされていますが、今後の抱負、希望はございますか?イスラエルの音楽関係の友人はいらっしゃいますか?


いつも思わぬ形で出会いがあり、道が拓け、時には傷つき、時には喜び、そういうふうにして音楽と共に歩んできました。私が計画するよりも、はるかに大きな力が道を整えてくれているようで、今後もそれに身を任せることになるでしょう。現在はヘブライ大学で音楽学を学び、演奏だけでなく、セファルディ音楽を研究もしています。10年前に初めてセファルディ音楽の楽譜を手に取った時、その本を編集したヘブライ大学のエドウィン・セルーシ教授に自分がお世話になることになるだろうとは、当時は夢にも思わなかったことです。現在イスラエル人、そしてアラブ人の音楽仲間がいます。ウードは日本の琵琶の先祖であり、世界最古の弦楽器と言われるこの楽器のおかげで、ユダヤとアラブの境界を飛び越えていくことができます。



―――イスラエル生活のどんなところが好きですか?音楽以外でご趣味は何ですか?


イスラエル生活は好きですね。エルサレム在住でどんな建物でも中東風の装飾大英帝国時代のアール・デコ調の装飾が施されているのを見ると、心が湧き立ちます。電車に乗っていてと突然、知らないおばちゃんアメをくれたり(笑)、コンサートでは観客が舞台に出てきて踊ったりと、みんなやりたい放題ですが(笑)。イスラエルでは道端に咲いている花でも、はっとさせられる色や形のものが多くて、よく摘んだりしてきて部屋に飾ったり、花屋さんで買ってきた花をアレンジしたりして楽しんでいます。アレンジしたものを家の玄関先に飾っていると、アパートの隣人が“すごく綺麗”といっては毎回写真撮ってます。ありがとう!”とはっきり伝えてくれるのもとてもうれしいですね。



いかがでしたか?日本、イスラエルにてコンサート活動を続けていられる”セファルディ歌手”岡庭矢宵さんの奏でる曲と歌は、聞く人々を異次元の世界へいざないます。岡庭矢宵さんの今後の活躍を期待いたします。

それでは、次回をお楽しみに!レヒトラオット!さようなら!


<主な活動歴>
イスラエル
2020年 死海ラディーノ・フェスティバル 出演
2019年 ツファット・ラディーノフェスティバル 出演
2017年 イスラエル・テレビKAN 11 出演
2017年 国立ハビマ劇場主催 ラディーノ・フェスティバル 出演
2016年 ロシア・インターネットTV “ilandTV” 出演
2015年 イスラエル・ハヨム紙 インタビュー記事掲載 “ピュート音楽の今”
2013年 ラディーノ語雑誌 「アキ・イェルシャライム」 記事掲載
日本
2017年 東京FM 「トランス・ワールド・ミュージック・ウェイズ」出演
2015年 東京FM 「トランス・ワールド・ミュージック・ウェイズ」出演
2013年 NHK衛星第2 「エル・ムンド」メインゲスト出演
2012年 1st. アルバム「セファルディ・ユダヤ 〜魂の紡ぐ歌〜」リリース 
    Amazon.CD売上ランキング・ワールドミュージック部門第一位
2012年 日本経済新聞文化面・インタビュー記事掲載 (2012. 3.22) 「ユダヤの旋律・日本と共鳴」
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