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CULTURE

【連載】映画で巡るイスラエル Vol.08|「サンド・ストーム」

by 福島洋子 |2022年05月25日

映画で巡るイスラエルバナー
YouTube「サンド・ストーム」

人生には何度か大きな決断を迫られる時があります。そしてその決断が正しかったかどうかは、死ぬ時になってみないとわからないのではないのでしょうか。「サンド・ストーム」は、父家長制度の伝統が色濃く残っている保守的なエリアに暮らす若い女性が下した決断について、いつまでも考えさせる奥の深い映画でした。


映画紹介とあらすじ

イスラエルの砂漠にある小さな村で暮らしているベドウィン族。父親の権力は絶対で、一夫多妻制が認められているコミュニティーです。そこに属しているある家族が、若い2番目の妻を迎えようとしていました。祝福ムードが溢れる中、最初の妻は準備に追われながら、苛立ちを隠しきれません。自由を夢見る年頃の娘のレイラと毎日衝突を繰り返し、次第に家族それぞれの生きる価値観の違いが浮き彫りになっていきます。そしてレイラは葛藤した末に大事な決断を下します。


映画の見どころ

LGBTなど性の多様性が叫ばれているこの時代において、ベドウィン族が持つ独特のカルチャーは衝撃的でした。しかも中東や北アフリカを中心にリアルに存在しているのです。イスラエル大使館のウェブサイトによると、アラブ系のベドウィン人はイスラエルに約17万人住んでいると記載されています。


そして、レイラは今風の女子大学生です。違う部族の彼氏を持ち、携帯電話で長電話、父親のピックアップも運転し、ヒジャブをファッショナブルにコーディネートしたおしゃれ上手、勉強もしっかりしています。本来ならば、自由に職業や結婚相手も選べるはずです。この伝統的な社会に暮らす現代風の女子大生という設定がさらに見る人を引き付けているように感じました。


イスラエル映画 サンド・ストーム

この映画は、家族それぞれの苦しい立場を上手に描いています。第二夫人をめとられたお母さん、娘を溺愛しているお父さん、姉の姿に自分たちの将来を見ている妹たちと、主要な登場人物たちは皆、伝統との家族の思いとの間で痛み、苦悩、フラストレーションを抱えています。観ている人はそれぞれの立場を理解し、共感し、葛藤を募らせます。


そして、お互いが正しい決断を下そうとする家族の姿が胸に迫ってきます。お母さんが決死の思いで放った「ここで生きなくてもいい」と放った重みのある言葉を放ったシーンは見応え十分です。


そしてそのお母さんの言葉に後押しされて、自ら運転して家を出るレイラ、果たして彼女の向かう先は彼氏が待つあのトンネルを抜けた向こう側なのでしょうか。


この映画は難しい題材、厳しい状況をリアルに描いています。そして、現実を見せながらも最後の方にわずかばかりですが、彼女の決断や未来は悪くはないと思わせる箇所があり、安心させる要素を織り込んでいます。


レイラの幸せを願わずにはいられなくなる映画です。そして、彼女や妹たちが待ち受ける人生について考えさせられます。自由で好きな選択が当たり前にできる世界で生きている人にとってはすべての瞬間、すべてのシーン、すべての台詞に意味深さを感じられることでしょう。


<作品情報>
タイトル:「サンド・ストーム」

原題:Sufat Chol
公開年:2016年/日本劇場未公開/Netflixで配信
監督:エリート・ゼクサー
脚本:エリート・ゼクサー
出演:ラミス・アマル、ルバ・ブラル