グラフィックノベルを制作しているバヴアが、イスラエルのささやかな日常の物語を綴っていく連載「グラフィック・ノベルで綴るイスラエル」。
10回目となる今回は、エルサレムのヤフォ通りにあるスープ屋を舞台とした小さな移民の物語です。
解説
今回の物語は、バヴアの戸澤がエルサレムのヤフォ通りにあるスープ屋で垣間見た小さな移民の物語です。大学からの帰り道、お腹が空いていた私は、あるスープ屋に立ち寄りました。その日は少し肌寒く、からだが暖かいものを欲していました。立ち寄ったスープ屋には、私の前に中学2、3年生の女の子と、彼女の妹らしい5才ぐらいの女の子がいました。この子たちを接客していたのが、お化粧の濃い派手な二十歳過ぎの店員でした。
どうやら女の子はヘブライ語だけでなく、英語も少ししか分からない様子でした。最初、この店員は、言葉の通じない女の子に対して少し面倒くさそうに接客していましたが、途中、何かに気づいたのかのように、女の子に「あなた、移民?」と聞きました。その子が「はい」と答えた途端、店員の顔に何とも言えない優しい微笑みが広がったのを私は見逃しませんでした。なぜなら、それはとても不思議な瞬間で、お店の空気が優しいものに変わったように感じたからでした。
そこには、「移民」であるということで繋がれる緩やかな世界がありました。女の子の後に注文をした私に、店員は「あなたも移民?」と同じ質問を投げかけてきました。私がただ微笑むと、「移民って大変よね」といい、私にウィンクをしました。
この出来事をなぜ作品にしたかというと、移民の国イスラエルという場所をとてもよく言い表していると2つの点で思ったからです。一つは、「ユダヤ移民(ヘブライ語でオリームという)」というだけで、人と人とが繋がれる何かがここにはあるように思うということ。イスラエルのユダヤ移民は、欧米系、東欧系、ロシア系、アフリカ系、アジア系、南米系と出身地は様々です。出身地ごとにコミュニティもあり、出身地を超えた移民の繋がりがあるかというとなかなか難しいところもあります。それでも、言語や就労に関わる移民としての苦労はどの出身地のユダヤ移民だとしても共有する課題で、このような苦労が、出身地を超え、「ユダヤ移民」としての彼らを繋いでいるように感じます。
もう一つは、移住した後、子供が移民家族とイスラエル社会とを繋ぐ担い手になる場合がある点です。この女の子は、年老いた両親とお店に来ていました。両親と女の子は、私が聞き慣れない言語で会話をしていました。これは推測ですが、おそらく両親はヘブライ語も英語も話せない人たちで、だから英語を少しでも話せる女の子がスープを注文しにいったのかもしれません。イスラエルでは、家族で移住した場合、教育を受ける子供がまずヘブライ語を吸収し、家族とイスラエル社会を言語的に繋ぐ役割を担うことがよくあります。子供が言語を習得し、移民社会に溶け込んでいくのとは逆に、親世代は言語の習得に時間がかかったり、移民先では思うような仕事につけず親としての権威を失うような状況もあると聞きます。
イスラエル人アーティストのヤルデン・ヴァッサは、彼女のご主人が子供時代に経験したエチオピアからイスラエルへの移住の話をもとに、このような移民家族の現状を「プリムの最後の日(היום האחרון של פורים)」という素敵なグラフィックノベルで描いています。バヴアの著作「だれも知らないイスラエル」でも、ヴァッサのインタビューと「プリムの最後の日」の抜粋が掲載されていますので、ぜひご覧になってみてください!
寒くなってきましたが、この作品を読んでいただいた後、暖かいスープの湯気が皆さんの心にたちますように! では、また来月に。
アーティスト情報
ノア・ミシュキンはエルサレム在住のイラストレーター兼デザイナーで、最近、ベッツァレール・アート・デザイン・アカデミーを卒業ました。彼女は、伝統的な手法を用いて描く自伝的なコミックを通した物語作りに関心があります。
ノアの作品はこちらから→ インスタグラムhttps://www.instagram.com/noamishkin/
ウェブサイト: https://noamishkin.myportfolio.com/work