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CULTURE

【連載】グラフィック・ノベルで綴るイスラエル Vol.07|キャッティなコーヒーブレイク

by バヴア |2022年08月15日

グラフィックノベルを制作しているバヴアが、イスラエルのささやかな日常の物語を綴っていく連載「グラフィック・ノベルで綴るイスラエル」。


7回目となる今回は、テルアビブ近郊の高校で英語を教えていた筆者が実際に学校で遭遇した出来事をお届けします。


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バヴア / 2022年06月15日

解説

今回は、テルアビブ近郊の高校で英語を教えていた井川が、実際に学校で遭遇した出来事を描きました。そこの学校では、旧ソ連諸国出身の生徒と中東・北アフリカの出自でイスラエル生まれの生徒たちの間には交流が少なく、時にグループ同士の小さな衝突もあったようです。


文化的な背景や出身国によって生徒がグループに分かれがちなのは、イスラエルに限らず、世界の様々な移民国家でよくある現象です。アメリカで育った井川は、学校でアジア系の友人が多かったのを思い出しながら、イスラエルの学校の生徒たちを見つめることがありました。例えば、アメリカではアジア系の人々に対して、イスラエルでは旧ソ連諸国出身(特にロシアやウクライナ)の人々に対して似たような偏見があります。両方とも異なる文化的背景の人々とコミュニケーションをあまり取らず、自分たちだけでまとまっていると言われがちです。ですが、私はこの偏見は正しくないと考えています。彼らは「馴染みたくない」のではなく、むしろ彼らには「馴染めない」事情があると思うのです。


世界中に暮らすユダヤ人にはイスラエルへ「帰属したい」という気持ちを馳せている人々もいます。しかし、いざ移住を果たしても物事は一筋縄では行かず、彼らが落ち込んでしまうことはよくある話です。その理由の一つとして、言葉の違いだけではなく文化の違いがあります。1950年代、北アフリカ・中東諸国からイスラエルに移住したユダヤ人は、既にイスラエルに住んでいた欧米系のユダヤ人になかなか馴染むことができませんでした。そして北アフリカ・中東系の人々が人口の過半数を占めるようになった1990年代、旧ソ連諸国から移住したユダヤ人も同様にイスラエルという社会に溶け込みづらかったのです。「帰属したい」という気持ちや期待を抱いていた人々にとって、同胞としてすんなりと受け入れてもらえないことへのショックは大きいものではないでしょうか。


バヴアが今回の物語で描こうとしたのは、言葉の壁ではなく、むしろ目に見えない文化の壁です。その一つの例として、文化的背景の違うイスラエル生まれの北アフリカ・中東系イスラエル人と、旧ソ連系イスラエル人の野良猫に対する異なる距離感を取り上げました。作品のタイトルは、この野良猫(cat)と、2つの集団の女子高生たちの間に繰り広げられたキャッティなやりとり(英語 cattyには意地の悪い、女性同士の喧嘩の意味があります)という二つの意味を込めています。


学校である日、生徒たちが猫をどのように扱うかで言い争いになった時、それを止めようとしたのが、井川の同僚のR氏です。彼女は幼少期、ソ連の一部であったタジキスタンからイスラエルに移住しました。R氏はウズベキスタンやタジキスタンの「ブハラ系ユダヤ人」の出自ですが、イスラエルに移住後も、母親から「旧ソ連式の教育」を受けていたそうで、「私は色々な文化を背負っているから、私を理解できる人は誰もいないの」と話してくれたことがあります。


このような経歴を持つR氏はヘブライ語、ロシア語、ブハラ語の3言語を話せるので、学校では様々な生徒と活発に交流しています。それを可能にしているのは、どのような生徒でも理解していきたいというR氏の姿勢でもありますが、複数の文化に触れてきた経験も大きいでしょう。しかし、R氏も生身の人間です。文化圏に関係なく生徒と仲良くしているようでも、度を超えた発言には片方の文化圏の肩を持つこともあるかと思います。物語の出来事についてR氏と話した時、「(旧ソ連系の)彼女たちが自分達が教養があると鼻にかけるんだったら、野良猫がどんなに不潔で病気を持っているか自覚するべきでしょ」と言っていました。


まだまだ未熟な教師ですが、全ての生徒が楽しく学校に行って明るい将来を築ければと祈る井川です。そしてバヴアも、北アフリカ・中東系の人々に対する偏見や旧ソ連系の人々に対する偏見が、イスラエルの社会からいつかなくなってほしいと願うばかりです。


*シャクシュカ:又は、「シャクシューカ」。半熟卵、オリーブオイル、ピーマン、にんにく、スパイスをトマトソースで煮込んだ北アフリカ諸国の料理です。元々、イスラエルに移住した北アフリカ系ユダヤ人が持ち込んだ料理ですが、今では様々なイスラエル人にとって馴染みのある一品です。

**ニエット:ロシア語で「いいえ」の意味


【アーティスト情報】
アヤ・タルシール

アヤ・タルシールはテルアビブのヤフォに暮らすコミック・アーティスト兼イラストレーターです。2018年、ベッツァレール・アート・デザイン・アカデミーのヴィジュアル・コミュニケーション学部を卒業しました。アヤは人々の日常の個人的な物語を普遍的なものに繋げながら作品作りをしています。2022年、彼女の作品「二年間 (Two Years)」が初めてフランス語で出版されます。休日には、ビデオゲームやユーロビジョン・ソングコンテストを楽しんでいるようです。