グラフィックノベルを制作しているバヴアが、イスラエルのささやかな日常の物語を綴っていく連載「グラフィック・ノベルで綴るイスラエル」。
6回目となる今回は、ヤッファの海岸で見かけた詩的な風景を物語をお届けします。
解説
今回は、ヤッファ*の海岸で見かけた詩的な風景を物語に作りました。イスラエルには2回の海水浴シーズンがあります。まず、3月からクラゲが出始める6月下旬まで、そしてクラゲがいなくなった9月から10月末ぐらいまでがイスラエルの海水浴シーズンです。日本に比べ地中海気候で暖かいので、11月から2月の間でも暖かければ泳ぐ人を見かけますが、このような場合は旧ソ連諸国出身の移民が多いようです。
そして何より、ここのビーチで見られる夕焼けはとてもダイナミックで美しいのです。夕焼けが空に作り出すグラデーションとその太陽の大きさ。今回はアーティストに、「ヤッファの夕焼け」の雰囲気を出してもらうよう強くお願いしました。
金曜、土曜日のビーチでは、イスラエル人だけでなく、家族づれのパレスチナ人もバーベキューや海水浴を楽しんでいます。イスラエル人女性たちが水着で浜辺を楽しんでいる一方、パレスチナ人の女性たちは衣服を纏ったまま海水浴を楽しんでいます。彼女たちの姿は、テルアビブの街中では見かけないパレスチナ人の日常の一コマを見せてくれます。
今回の物語は、戸澤がビーチで実際に見た、パレスチナ人家族が海辺で過ごしていた一コマを描きました。なぜ戸澤がこの光景に心を引かれたのか。この家族(両親と子供4人)は、一見海を楽しんでいるどこにでもいる家族に見えました。ただ一点を除いては・・。
黒いアバーヤ**を身につけた母親は、小さな娘が浜辺で砂遊びをしている中、真っ直ぐに海に入っていきました。そして海の中で座ったまま、動かないのです。一緒に来ていた彼女の夫や他の子供たちも、彼女に近寄ってはいきません。夕陽が沈む海に真っ直ぐに向かい、波にゆらゆらと揺れる彼女の後ろ姿は、人を寄せ付けない雰囲気を発しながら、同時にとても切ないものを私に感じさせました。
かつて、「人の背中が何かを語る」を見た経験があります。それは自分の母親が闘病中、見舞いにきた私を送りに病院の前の道路に立った後ろ姿でした。道路の前に立つ母親は、この道路を渡って戻ることができないことをこの時は知りませんでした。でもおそらく母親は、この道路を二度と渡ることができないとどこかで感じていたのだと思います。彼女の背中はとても寂しそうでした。言葉以上に「人の背中が何かを語る」ことを知った初めての瞬間でした。
パレスチナ人の母親の後ろ姿が何を語っていたかは知るよしもありません。でも、ヤッファのビーチで見かけた彼女の後ろ姿に、かつて母親の背中に見たものと同様の雰囲気が漂っていたからこそ、私の目を引いたのかもしれません。海は人々に喜びや楽しみを与えてくれる場所であると同時に、人々のさまざまな気持ちを受け止めうる場所でもあるのです。
*アラビア語でヤッファ、ヘブライ語ではヤッフォと呼ばれているテルアビブ南部の港町。
**アラビア半島を始めとするアラブ諸国の伝統民族衣装で、色は黒が多くストレートのロングドレスで女性の体のラインを隠すことができる。
【アーティスト情報】
ヤスミン・アッシーレ
今回のアーティストは、東エルサレム出身のヤスミン・アッシーレで、彼女は子供時代をロシアで過ごした経験を持っています。現在、ベッツァレール・アート・デザイン・アカデミーでイラストを学ぶ一方、イラストレーターとして活躍しています。デジタルを使ったイラストも手がける幅広い手法を持つアーティストです。