宇宙は、どれくらいの速さで膨張しているのでしょうか。現代科学なら、すでに答えが出ているように思えるかもしれません。しかし実は、世界の宇宙物理学者たちは、現在もこの基本的な問いをめぐって議論を続けています。その論争に新たな答えを示すかもしれないのが、イスラエルです。ワイツマン科学研究所が開発を主導する宇宙望遠鏡「ULTRASAT ウルトラサット」。2028年の打ち上げを目指すこの紫外線宇宙望遠鏡は、宇宙で一瞬だけ起きる爆発現象を観測し、現代宇宙論最大級の未解決問題「ハッブル・テンション」に挑もうとしています。

目次
なぜ「宇宙の膨張速度」がわからないのか
約100年前、天文学者エドウィン・ハッブルは、遠くの銀河ほど速く私たちから遠ざかっていることを発見しました。宇宙は静止しているのではなく、空間そのものが膨張しているのです。
しかし現在、その膨張速度を示す「ハッブル定数」をめぐって、大きな矛盾が生じています。
ケフェイド変光星やIa型超新星を使って比較的近い宇宙を測定すると、ハッブル定数は1メガパーセクあたり毎秒約74キロメートル。一方、宇宙誕生直後の名残である「宇宙マイクロ波背景放射」から計算すると約67キロメートルになります。
その差は約10%。宇宙物理学では無視できない違いです。
この矛盾は「ハッブル・テンション」と呼ばれ、現代宇宙論における最重要課題のひとつとなっています。

イスラエルの研究者が「宇宙の物差し」を再検証
この謎に挑むひとりが、ワイツマン科学研究所のドロン・クシュニール教授です。
「2つの測定方法の差は、宇宙論における最も差し迫った問題のひとつです。既存の宇宙論モデルでは、この矛盾を説明できません」。
クシュニール教授と博士課程研究者のダニエラ・ファン・デル・バウム氏は、宇宙の距離を測る方法そのものを再検証しています。


研究対象は、地球から約2,500万光年離れた銀河「NGC 4258」。銀河中心のブラックホール周辺では、水蒸気の雲が「メーザー」と呼ばれる強い電波を発しています。その動きを精密に観測することで、銀河までの距離を物理法則に基づいて高精度で計算できます。
クシュニール教授はNGC 4258を、ケフェイド変光星研究の「ロゼッタストーン」と表現します。

もし現在の距離測定にわずか4%ほどの誤差があると確認されれば、宇宙を測る「物差し」そのものを再調整できる可能性があります。それによって、ハッブル・テンションが解消されるかもしれません。
イスラエルの切り札「ULTRASAT」
もうひとつの方法は、既存の測定手法とは異なる「第三の測定方法」を生み出すことです。
その可能性を秘めるのが、イスラエルの宇宙望遠鏡ULTRASATです。
ULTRASATは紫外線で宇宙を観測し、突然発生して短時間で消える「突発天体現象」を捉える宇宙望遠鏡です。

特に注目されているのが、2つの中性子星が衝突・合体するときに起こる巨大な爆発「キロノバ」です。
中性子星の合体では、光とともに時空の揺らぎである「重力波」が発生します。地球上のLIGOなどの観測施設は、この重力波から現象までの距離を測定できます。
しかし重力波だけでは、爆発が宇宙のどこで起きたのかを正確に特定することが困難です。
そこでULTRASATが力を発揮します。
キロノバは合体直後に紫外線を放出します。ULTRASATは広大な宇宙を紫外線で監視し、その一瞬の光を素早く捉えるよう設計されています。
重力波で「距離」を測り、ULTRASATで「発生場所」を特定する。銀河が分かれば、その銀河が私たちから遠ざかる速度も測定できます。
つまり「距離」と「速度」がそろい、従来とは独立した方法で宇宙の膨張速度を計算できるのです。
クシュニール教授によれば、20〜30件ほどの十分な観測データが集まれば、ハッブル定数を高い精度で求められる可能性があるといいます。
ULTRASATが捉える「一瞬の宇宙」
ULTRASATの役割はキロノバだけではありません。
宇宙の距離を測る「標準光源」として使われるIa型超新星など、さまざまな爆発現象の観測も期待されています。
Ia型超新星は重要な宇宙の物差しですが、その爆発がどのような物理過程で起きるのか、今も多くの謎が残されています。
ULTRASATによる紫外線観測は、距離測定の精度を高めるだけでなく、星が爆発する瞬間の物理そのものを明らかにする可能性があります。
イスラエルでは、いま、理論研究、スーパーコンピューターによるシミュレーション、そして宇宙望遠鏡による観測が結びつき、新たな宇宙研究の基盤が形成されつつあります。

イスラエル発の観測が「物理学」を変える日
ハッブル・テンションの先には、さらに大きな謎があります。
なぜ宇宙は膨張し、その膨張は加速しているのでしょうか。
科学者たちは、その原因となる未知の存在を「ダークエネルギー」と呼んでいます。現在の宇宙論では、宇宙のおよそ70%がダークエネルギー、約25%がダークマターで構成されていると考えられています。

つまり、私たちが知る通常の物質は宇宙全体のほんの一部にすぎません。
約100年前、新しい観測は「静止した宇宙」という常識を覆し、「膨張する宇宙」という新たな世界像を生み出しました。
そして今、イスラエルの研究者たちは再び、宇宙を測る新しい方法を作ろうとしています。
2028年、宇宙へ向かう予定のULTRASAT。
イスラエル発の宇宙望遠鏡が捉える一瞬の紫外線が、宇宙の膨張をめぐる長年の論争に答えを示し、私たちが知る物理学の常識を変えるかもしれません。
*本記事はイスラエルメデアynetの報道をもとに構成しています。


