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LIFESTYLE

建国74周年のイスラエルを訪問して

by ISRAERU 編集部 |2022年05月31日

5月初め、コロナ禍でしばらく行けなかったイスラエルを、2年8か月ぶりに訪ねました。


シャルヴァの夢


今回の旅行の一番の理由は、私が昨年翻訳し、先日ISRAERUウェブマガジンでもご紹介した『障がい児と家族に自由を―――イスラエルの支援施設シャルヴァの夢』の著者カルマン・サミュエルズ師が、イスラエル独立記念日式典でトーチを点火するのを一緒にお祝いするためです。サミュエルズ師は、障がいを持つ人々にインクルーシブなケアを提供する施設「シャルヴァ」を運営してきたことで、イスラエル社会への貢献が認められ、12支族に因む12人のトーチ点火者の一人として選ばれました。これは大変名誉なことです。


左から徳留絹江、ヨシ、ミルトス社谷内意咲社長、サミュエルズ師

式典の数日前、本著書の出版社ミルトス社の谷内意咲社長と「シャルヴァ」を訪問し、サミュエルズ師とご子息のヨシさんに会うことができました。健康に生まれながら、生後11か月の時に受けた予防接種に問題があり、視力も聴力も失ったヨシさんを、サミュエルズ師と夫人のマルキさんは大変な苦労をしながら自宅で育てました。そして二人は、同じような境遇にある家族を支援するため「シャルヴァ」を設立。その後30年を経て、今や乳児から成人まで毎週二千人の障がい者に様々な支援プログラムを提供する世界有数の施設に発展したのです。(「シャルヴァ」の活動はウェブサイトに掲載されています。)


これまで多くのイスラエル政治指導者たちが、美しいシャルヴァ・センターを訪問していますが、最近では、日本の水嶋光一駐イスラエル大使やインドの外務大臣なども訪問しています。


サミュエルズ師が彼の手のひらにサインで教えた「アリガトー」を何度も言ってくれたヨシさん

私たちが訪問すると、45歳になるヨシさんは嬉しそうに迎え入れてくれ、サミュエルズ師が彼の手のひらにサインで教えた「アリガトー」を何度も言ってくれました。物や感情には名前があり、人はそれを音声で表すのだということを理解し、その発声方法を言語聴覚士から習い、自分には聞こえないのに発音できるようになるまで、どれほどの努力が必要だったかと想像し、本当に感動しました。


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CULTURE

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新井 均 / 2021年07月01日


独立記念日式典は5月4日の夜、国立墓地ヘルツルの丘で開かれました。建国以来イスラエルの為に戦場やテロで命を落とした兵士を追悼する厳かなメモリアルデーから、喜びと誇りに満ちた独立記念日に移行する瞬間です。ベネット首相も出席するこの式に参加できるのは招待客だけなのですが、私は、友人が何とか招待券を入手してくれ、入場することができました。


イスラエル国防軍のさまざまな部隊が美しいフォーメーションの行進を披露し、クネセト議長らの挨拶の後、いよいよトーチ点火です。サミュエルズ師が12人の最初の点火者でした。短い挨拶はヘブライ語で私には理解できませんでしたが、最後の方でヨシの名前を言う時に感極まっている様子が分かりました。(以下は英語訳付きのビデオ)



私はこのトーチを、私の妻でパートナーであるマルキに敬意を表して灯します。そして、ありのままの子供を迎え入れ、愛し、子供とその可能性を信じるすべての母親と父親に敬意を表して。私たちの数多くのパートナーに敬意を表して。障がい者を受け入れ、対等の立場で社会に溶け込ませようと努力する素晴らしいイスラエル社会に敬意を表して。私たちの息子ヨシ、私たちの最大のインスピレーションであり最愛の人である彼に敬意を表して。そしてイスラエ ル国の栄光のために!


サミュエルズ師がヨシさんについて語る時、会場の大きなスクリーンには、弟さんが手のひらにサインで伝える父親の言葉を聞くヨシさんの姿が映し出されました。

後日サミュエルズ師が語ってくれたその時の思いです。


挨拶の最後にヨシのことを語った時、彼がこれまで体験しなければならなかった多くの苦難と、そんなヨシを育てた私たちの経験から生まれたシャルヴァのことを思い、感動に圧倒されそうでした。


それは、原題が「Dreams Never Dreamed」という彼の回想録の翻訳と編集に一年近くを費やした私が、感じた思いでもありました。


トーチ点火者の残りの11人も、性的虐待の被害者を支援する団体の代表や負傷兵団体の代表、テロを生き延びたパラリンピック選手、ウクライナ支援団体代表など、貴重な活動をしている人々ばかりでした。サミュエルズ師は、そのことにも感想を語ってくれました。


イスラエルには、苦難に見舞われた人々を助けるために自分の人生を捧げようとする人々が多くいます。往々にして彼らは、自分たち自身が大きな苦難と闘いそれを乗り越えた経験を持ち、同様な状況に置かれた人々を助けたがっているのです。


カナダ出身のサミュエルズ師もそうですが、そのような活動をイスラエル社会から認められる人々の中に多くの移民がいることも、感慨深いことでした。


武道精神でイスラエル社会の変化を目指す

今回の旅行では、若い頃日本で空手を学んだオーストラリア出身のユダヤ人で、その後イスラエルに移住したダニー・ハキム氏とも、久しぶりに会うことができました。イスラエル中に日本の武道精神を基づく空手道場を設立し、異なるグループ間の対話や相互尊敬を促す活動を20年近く続けて来たダニーですが、最近イスラエルの13のスポーツ団体で構成するThe Sports for Social Change Coalitionを設立しました。会員総数は2万5千人にも及ぶそうで、スポーツを通して、様々な分断が存在するイスラエル社会にポジティブな変化をもたらすことを目指します。


ダニーは私の滞在中、ヘルツォグ大統領のミカル夫人に会い、この新しい組織への支援を依頼することになっていました。彼は、日本人の友人で支援者ということで私も連れて行ってくれ、私は思いもかけず、大統領夫人にお目にかかる光栄に浴することができました。弁護士だったというミカル夫人は暖かく飾らないお人柄で、ダニーの説明に熱心に聞き入り、また飛び入りで参加した私をも歓迎してくれました。


ヘルツォグ大統領のミカル夫人、徳留絹枝、ダニー・ハキム氏

イスラエルの大統領は首相と異なり、7年間の任期が定められていますので、ダニーが目指すようなプログラムに大統領夫人から息の長い支援を得られることは、本当に心強いことです。そしてその基盤に、ダニーが若き日に身に付けた日本の武道精神があったことを、改めて嬉しく思いました。


ダニーは2020年の東京オリンピック時に、ユダヤ人・パレスチナ人・日本人の子供たちが一緒に空手を披露するイベントを計画していました。コロナで実現できなかったのは残念でしたが、近い将来同じような機会があって欲しいと思います。


ユダヤ教神秘主義カバラ学の中心地、ツファット

ダニーと私は、共通の友人で長く日経新聞エルサレム支局で働いたエリ・ガーショウィッツ氏と一緒に、ダニーの曾祖父が埋葬されているツファットを訪ねました。旧約聖書の時代から存在したこの町は、16世紀以降ヨーロッパを追われたユダヤ人が住みつき、ユダヤ教神秘主義カバラ学の中心となった重要な場所です。また近代では芸術家の町としても知られ、エルサレムやテルアビブからは少し遠いですが、訪れる価値のある魅力的な町です。ダニーの曾祖父ラビ Joseph Yehuda Hakimは19世紀の中頃、ツファットの首席ラビだったそうで、埋葬されているのも洞窟の中の特別な場所でした。説明版には「ツファット賢者の洞窟 彼らの魂が私たちとあなたを守る」と書いてあり、その下にダニーの曾祖父の名前も書かれていると、二人が教えてくれました。そのひ孫が日本にやってきて空手を学んだことのめぐり合わせで、私も一緒にその洞窟に入って敬意を表したこともよい思い出になりました。


ユダヤ教神秘主義カバラ学の中心地、ツファット

僅か1週間の滞在でしたが、この他にも、建国以来戦争やテロで亡くなった兵士たちを追悼する式典や、独立記念日のバーベキューパーティー、最後の夜は、エリの義父で著名な元外交官・TV解説者のアヴィ・パズナー氏宅でのシャバットディナーにも呼んでもらい、密度の濃い毎日でした。


コロナが収まってイスラエルを訪れる日本人が増え、イスラエルを肌で感じる機会が増えることを期待したいと思います。


テキスト・写真:徳留絹枝


徳留絹枝
著書 『忘れない勇気:ホロコーストインタビュー』『命のパスポート:ワレンバーグ物語』(エブラハム・クーパー師と共著)『旧アメリカ兵捕虜との和解: もうひとつの日米戦史』
翻訳 『記憶 』(ラウル・ヒルバーグ著) 『障がい児と家族に自由を ―イスラエルの支援施設シャルヴァの夢』(カルマン・サミュエルズ著)