
2021年、テルアビブに不思議なスタジオがオープンしました。モダンなデザインと、可愛らしいパステルカラーに彩られているのにどこか研ぎ澄まされた感性が溢れる空間。建築やアートのデザインスタジオかと思いきや、そこはパティスリーシェフであるアラン・シャボがワークショップを行うためのスタジオなのです。今回は、そんなシャボ氏が繰り広げるお菓子の枠を超えた独創的な世界観の秘密に迫るインタビューをご紹介します。
エルサレムで育ったアロン・シャボは、実家がケータリング業を営んでいたこともあり、文字通りキッチンで鍋とフライパンに囲まれて育ちました。
「幼い頃からずっとお菓子が大好きでした。物心がついてからは専門的に勉強してイスラエルのトップシェフと一緒に仕事をするということもありましたが、両親はきちんとした学位を取らせたかったようです。そんな経緯があり、最終的に私は歯学部に入学しました。」
――― 歯学部からどのようにして今の仕事に?
アロン・シャボ(AS): 歯学部では3年ほどサバイブしていました。理論や現象を理解するために膨大な量の研究をしたり、山のような本を読んだりと、今の仕事に役立つスキルを学ぶことができたことはよかったですね。ただ、本心では料理の世界に行きたいと思っていたのです。結局その後、1年間休みをとってさまざまな方向性を模索し、年が明けてから自分のスタジオを開くことにしました。
テルアビブのフローレンティン地区にあるこのスタジオでの私の本業は、主にお菓子のワークショップやパートナーシップのあるブランドとの商品開発などです。いつもファッション、建築、グラフィックデザイン、アートからインスピレーションを得ていますが、こうした機会にそのインスピレーションが時として思いがけないコラボレーションになりますし、新たな技術や素材を探求しに拍車をかけるんです。
―――あなたの細部へのこだわりと洗練された美意識は、ケーキのデザインはもちろん、ソーシャルメディアに投稿する写真、そしてスタジオの壁を飾るアートに表れています。もともとクリエイティブなアプローチに興味があったのでしょうか?
AS:私は、どんなジャンルであれ、クリエイティブな世界のほとんどが似ている要素を持ち合わせていると思っています。
そもそも私は、自分のケーキを「解体される運命にある食用のアート」として捉え、扱っています。これは悲しくもあり、同時に美しい概念でもありますよね。ちなみに、パティシエの世界は実は厳格な決まりごとやルールに縛られているので、建築、アート、グラフィックデザインなど、その時々に興味をそそられるものがあれば、お菓子以外のジャンルであっても自分のクリエイティビティを刺激しようとしてみるのです。例えば、朝6時に起きて、熱心なファッショニスタのようにランウェイショーを何時間も見ることもあります。
こうして自分自身の何かしらの限界に挑戦したときに、きっと魔法が起こると信じています。ケーキを作ることは誰にでもできることですが、そこに何だかユニークだったり、アーティスティックなタッチだったり、「付加価値」を加えることが、私の目指しているところです。
―――では、どうやってプロジェクトのアイデアを再構築しているのですか?鍵を握るインスピレーションの源は何でしょうか?
AS: インスピレーションの源は、一緒に仕事をしているクリエイティブな人たちとの対話、つまりコラボレーションです。コラボレーションでは、相手も自分も双方がプロセスから利益を得るべきだと考えていますから、私は常に新しい視点を対話の中で培って、自分の練習に取り入れています。様々な実験を重ねた上で本当に効果的なものを見つけるまで、たくさんのリサーチやスケッチ、つまり試行錯誤を繰り返すので、最終的な結果と同じくらい「創造のプロセス」を楽しんでいますし、心が躍動しますね。
―――聞いたところによると、3日間費やしてようやくケーキが出来上がることがあるそうですね。その後、その貴重なケーキはどうなるのでしょう?
AS: すべての素材が食べられるわけではありませんが、無駄になるものはありません。スタジオで展示するか、家族や友人にギフトとして送ります。
ケーキは消費される運命にあるので、記録することがとても重要です。ケーキがなくなってしまうと、写真やビデオしか残らないですから、プロセスと最終形態の両方をプロの視点を介して記録し、オーディエンスと直接対話できるソーシャルメディアに投稿します。自分自身の学習になりますし、知識という側面を彼らに伝えていくこともできますよね。
―――ところで、イスラエルではあなたの努力や細部へのこだわりが評価されていると感じますか?
AS:そうですね。特にインスタグラムではオーディエンスとのつながりが強く、新しいプロジェクトをシェアするたびにすぐにフィードバックをもらえます。私の作品が人々にインスピレーションを与えたり、感動を与えたりしていることに気付かされて、充実感を得ることができます。おそらく今、人々が求めているのは、メジャーで集合的なものに価値を置かない感覚です。その点で、私の作品がマッチするのかもしれません。
―――そんなシャボさんの、次の夢は?
AS:まず、自分のお菓子を販売し、お客様が自分の作品に直接触れることができるような店を開きたいです。今私がスタジオで行っているように、1つのケーキに長時間かけて取り組むことは、経済的にあまり効果が見込めないことは承知しています。
ソリューションとして考えられるのは、ファッション業界のメゾンのように、「プレタポルテ」と「オートクチュール」のコレクションを区別し、それに応じた価格設定をすることです。
もうひとつの夢は、創造性、審美性、細部へのこだわりを重視したパティスリー学校を開くことです。学生たちを美術学生のように扱いたいですね。この美術とお菓子は異なるクラフトですが、ある意味、私たちは全員がアーティストだと思っています。





インタビュー・テキスト:Inbal Sinai