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CULTURE

イスラエル柔道女子ナショナルチームを指導する日本人柔道家

独占インタビュー|田中美衣(イスラエル柔道女子ナショナルチームコーチ)

by 中島 直美 |2020年11月13日

道場での田中コーチ

2020年東京オリンピック開催の可否は、残念ながら現在も不確実。それでも世界各国のスポーツ選手は常に先を見据え、次の試合に向かってさらなる向上を目指しています。イスラエルも例外ではありません。イスラエル柔道女子ナショナルチームもオリンピックメダルを目指して練習を重ねています。


今回は、2017年よりイスラエル柔道女子ナショナルチームを指導する日本人柔道家、田中美衣コーチをインタビューしました。「日本のお家芸」である柔道。オリンピック競技でもある「Judo」はスポーツなのか武道なのか、文化の継承と合理性は共存できるのか。武の道を極めた田中美衣コーチの目に映る、イスラエルの柔道に迫ります。


イスラエルの柔道事情

イスラエルで人気のスポーツって、皆さん、何だと思いますか?

観客も多く、選手の年棒も高く、テレビ放送などで盛り上がるのは、やっぱりサッカー。そしてバスケットボールも大人気ですが、残念なことにスポーツの世界の壁はイスラエルにとってはまだまだ高いのです。悔しくも、世界大会などではなかなか予選から先に進めず、公式の国際試合をテレビで見る時は、自国のチームが出ないままそれぞれのお気に入りチームに対して盛り上がるというのが現状です。


そんな中、オリンピックや世界レベルの大会で、イスラエルがメダルを期待できるスポーツがあります。その一つがなんと、日本発祥の柔道。イスラエルが現在まで獲得したオリンピックのメダルの総数は9個と少ないのですが、そのうち半分以上の5個が畳の上、すなわち柔道で獲得したものなのです。


Paris Grand Slam 2019, SEMI-FINAL KAZ MUSSAYEV vs ISR MUKI, -81 kg
(c) Di Feliciantonio Emanuele

これだけ見ても、イスラエルの柔道にかける期待が大きいものであることがわかると思います。イスラエル柔道連盟は2020年東京オリンピックに向けた強化対策として、本場日本からの指導者、田中美衣コーチを招請しました。


―――コーチとしてイスラエル柔道女子ナショナルチームにいたのは2017年だと伺いましたが、それまでイスラエルという国をご存知でしたか?


田中コーチ:実は、ほとんど予備知識もなくて・・・。正直、ここに来るまでは「イスラエルって発展途上国?」くらいの認識だったのです。だから、イメージと現実のギャップというのはありました。本当はイスラエルに来る前、クロアチアのクラブチームの指導者として就任するという話が、もう99%近く決まりかけていたのです。でも、最後の最後でなかなかタイミング的に連絡がうまくいかずに時間だけが過ぎていく中、イスラエル柔道連盟からの連絡と決定は本当にあっという間だったのです。もう、電話でその場で・・・みたいな勢いでしたね。クロアチアにはちょっと申し訳ないと思うのですが、ナショナルチームということもあり、イスラエルに来ました。


2019年に行われたマラケシュでのグランプリ。銅メダルを獲得した2人の教え子たちと。

―――なるほど、イスラエルらしいですね。柔道は「礼に始まり、礼に終わる」って言いますよね。イスラエルの国民性というか文化は、良くも悪くもその逆にあるような気がするんですけれど、どうですか、イスラエルの柔道は?


田中コーチ:いやもう、やり方が日本とは全然違います。掃除のやり方に始まって、目上の者に対する態度や他の人の試合中の態度、それから、道場に対する接し方・・・。日本基準で考えれば、まったくなっていないと言ってもいいくらいです。


―――えっ、イスラエルの柔道選手って道場の掃除をするのですか?私、イスラエルではそういうことしないのだと思っていました。


田中コーチ:一応しますよ。しますけど、もう本当に適当です。日本では、道場を掃除することや人に対する態度、そういたこともひっくるめて、全てが柔道の一部です。ですから掃除にしろ、道着の着方や帯の絞め方にしろ、やり方や手順もちゃんと決まっていて、そういったことを怠らずにしっかり学ぶ。それは、柔道を「スポーツ」ではなく「武道」ととらえているからです。技術を身につけるためのものではなく、心と技を鍛えるものだから。でも、イスラエルではその前提が違うんです。


例えば、コーチの呼び方でもそうです。選手たちが私のこと、「ミキ~」って呼ぶんですよ。今ではもう慣れましたし、愛情をこめて呼んでるってわかりますけれど、最初は「え?!」って驚きましたよ。日本で指導者のファーストネームを呼び捨てなんて、絶対にあり得ないですから。


―――わかります。私は逆の立場で、イスラエルに来たての頃、語学学校の先生をなんて呼んでいいかわからなくて。結局皆がやっているようにファーストネームを呼び捨てしたのですけれど、ものすごい勇気がいりました。


田中コーチ:そうなのです、これは文化の違いなんですね。まず、主任コーチのような偉い立場の人が、道場で足を投げ出して座っていたりもしますし。そうなると、私が誰をどこまで指導すべきか、もうわからなくなってしまう。選手にいくら教えてもコーチがそれですし、選手たちの目の前で、私よりも立場の高いコーチを叱るわけにもいかない。私が柔道ナショナルチームで求められている役割とは、なんだろうって考え直してしまいます。イスラエルでは柔道は「スポーツ」としてとらえられている。私は選手たちの柔道の技術を強くするためにイスラエルに来たんだって、思い直すわけです。


イスラエルナショナルチームの公式道場、ウィンゲート・インスティテュートの様子。

―――淡々とおっしゃいますけど、それは、結構大変ですよね?


田中コーチ:大変ですね(笑)。とはいえ、もともと私が海外に出てみたいと思ったのは、そういった日本とは違った柔道も見てみたいと思ったからなのです。それから、私はイスラエルでは何のしがらみもない立場なので、ストレス・フリーという部分もあるのです。言葉とか、立場とか、ちょっとわからないふりで結構言いたいこと言えちゃったり、私はイスラエルではナショナルチームにだけ属していて自分のクラブチームを持っていないから、全体を公平に俯瞰できる立場にいたり。


―――なるほど。素晴らしい。柔道家らしい発想の転換というか、反転の力学ですね。


田中コーチ:あと、やっぱり自分の教えた技で選手が勝ったときなんかは、すっごくうれしいです。・・・ってそういうわかりやすいことってあんまり起きないんですけど。逆に寝技で負けると私の教えが足りないみたいな雰囲気醸し出してきたりして。「ミキー、寝技~、寝技~」っていつも言われるんです。その割には私が寝技の基礎を教えてると、ああだこうだと口を出してきて、なかなかしっかり教えさせてくれないんですけどね。


―――イスラエル柔道、別の意味で手ごわいですね(笑)。で、イスラエル柔道は技術的にはどんな感じですか?


田中コーチ:正直、まだまだ伸びしろたっぷりですね。やっぱり基礎の練習量が日本とは全然違って少ないし、メダルを取れれば「おめでとう」というレベルですので。


日本ではメダルをとっても金でなければダメなんです。それが、イスラエルでは銅メダルでもなんでも、メダルを取れれば皆が「おめでとう!」という感じなので、驚きました。


田中コーチの選手時代。2013年リオデジャネイロで行われた世界柔道にて。女子は団体戦で金メダルを獲得。

―――そこに驚かれたんですか?それは、私のほうが驚きです(笑)。銀メダルだって銅メダルだって、すごいじゃないですか!やっぱり日本柔道のレベルって全然違うんですね。


田中コーチ:そうですね。まあ、金メダルでなければ、結局は誰かに負けてるってことじゃないですか。負けてるのに「おめでとう」はないんじゃないかと。それに、場合によっては2位や3位で「おめでとう」なんて、その選手の力を見下しているという風にとらえることもできますよね。本当は1位の実力があるのにそれが出せなかったということもある。それは全然「おめでとう」じゃないですよね。とはいえ、今では、「褒めて伸ばす」という方法も指導する中で、少しは取り入れてもいいかなと思うようになりましたけれどね。(笑)


練習中の選手たちを見守る田中コーチ

―――厳しい世界なんですね。それで、具体的に、イスラエル柔道にはどんな技術的な伸びしろがありますか?


田中コーチ:いろいろとありますけれど、一つ挙げるとすれば、相手の力の利用ですね。柔道では、攻撃してくる相手の力も利用するものです。自分から働きかける力と相手の力の二方向の力があるのですが、相手の力を利用しきれていないのです。自分が働きかける一方向の力だけでは、利用できるものの半分しか利用していないということになりますよね。


柔道はスポーツとしてみれば、持って生まれた才能よりも、努力が反映されやすい競技だと思っています。例えば陸上競技などは、生まれつき備わっている身体的な能力というのがものすごく競技に反映されますよね。ボールを扱う競技なども、持って生まれたセンスというものが本当に光る場面が多々あると思うのです。


もちろん、アスリートの皆さんは全員が血のにじむような努力をしているわけですけれど、柔道の場合は、生まれつき備わっている身体能力やセンスに左右される要素が少なく、努力によるものが大きいのです。


―――なるほど、興味深いお話です。先ほど、外国に出た理由として、日本と違う柔道も見てみたかったからとおっしゃいましたが、実際に見てどう思われましたか?


田中コーチ:せっかく外国に来ましたけど、やっぱり柔道は基本があってこそ、というところに行きつきました。ぐるっと回って戻って来た感じですね。別にどこの国かに関係なく、やっぱり確実に勝つために、基本は欠かせません。まぐれ当たりならあるかもしれませんけど、どこで行われるどんな相手とのどんな試合でも勝ちを狙うとなれば、基本がやっぱり重要なのです。


例えば道着。「だらしなくはだけたような着方はダメ」というと、「でも、優勝したあいつの道着は、はだけてる」みたいに屁理屈を言ってくる様な選手も、イスラエルにはいます。イスラエル人って、なんでも言い返さないと気が済まないみたいで(笑)。


そりゃあ、試合の最中は服装が乱れることもある。でも、ほどけた帯や乱れた道着は指導の対象になる場合もあるし、だからすぐにしっかりと着なおさなければならない。余裕をもって落ち着いている選手の道着は乱れていない。


「道着をちゃんと着るから勝つ」と言いたいのではなく、やっぱり実力の差がわずかで、ほんの少しの差で勝ち負けが決まるような時に、基本をしっかりやっている選手には余裕が生まれて、結局は勝ちに持っていきやすくなる、そういうところが服装の乱れとかにも現れる、そう思うのです。


―――なんかちょっと耳が痛くなるような、服装を正して、背筋を伸ばしたくなるような感じです・・・。


田中コーチ:いえいえ!これは、柔道の話です。普段の生活はまた別です。


―――でもやっぱり柔道が武道である限り、普段の生活とはまったく関係ないとは言い切れないのでは?


田中コーチ:まあ、それはそうですね。確かにその人の、人となりというのは柔道にも出るのかもしれません。例えば実生活でも自分のことばかりを考えている人は、そういう稽古の仕方をするのかもしれませんし。でも、柔道には自他共栄という考え方があって、自分さえよければそれでいいというのは、成り立たないんです。


柔道は相手がいなければ稽古もできません。自分の力を誇示することばかりに熱心な選手は、良い稽古相手もつかなくなる。思いやりの心がなければ、結局損をするのは自分なのです。


―――協調性よりも自己主張に価値をおくイスラエル人にはちょっと難しいような…。


田中コーチ:でも、柔道は最終的に個人競技です。そういうところはイスラエル人には向いているのかもしれないと思いますよ。それに、私の教えようとしていることを本当に分かってくれる選手もいます。他のコーチとの兼ね合いもあるし、簡単に理解して簡単に実行できるようなことでもないですけれど、地道にやっていくしかないと思います。


私は、選手には常々、強くなっても決して驕らない、誰からも尊敬される人間になってほしいと言っています。柔道は個人競技ですけれど、自分のためだけに柔道をやっていたのでは、いつか必ずしんどくなる時が来ます。勝つことだけでなく、相手を思いやる「自他共栄」の柔道を目指してほしい。応援される選手になってほしいです。それが、チャンピオンになれる道だと、私は思っています。


教え子である、イスラエル代表選手たちと共に。

―――イスラエル選手は美衣さんに指導してもらえて、幸せですね!最後に、2020年東京オリンピックについてですけれど、現在はその実施も危ぶまれているような大丈夫なような・・・よくわからない状況ですよね。今後はどうなるのでしょうか。


田中コーチ:私は、東京オリンピックに向けた強化対策のコーチとしてここに来ているので、オリンピックの開催がどうなるかは、私の今後の身の振り方にかなり直結するんです。いろいろなうわさが飛び交っていますけど、正直どうなるのか、全然わからないんです。


万が一中止にでもなれば、私がここにいる意味も白紙になってしまうし、実施が決まったとしても代表選手が誰になるのかとかどういうコンディションでいけるのかとか、オリンピック周辺に安定的な要素はひとつもないです。


でも、だからと言って思い悩んでいてもどうなるわけでもないので。とにかく今は、できることをやるまでですね。


―――頼もしいお言葉です。美衣さんが指導しているイスラエル柔道女子選手のためにも、オリンピックが開催されてほしいなあと思います。そして、イスラエル女子がメダルをとる姿を、私も見たいです!応援しています!今日はたくさんのお話を聞かせていただいて、本当にどうもありがとうございました




柔道の話になると、とてもストイックで厳しい美衣さん。文化の違いにストレスを感じながらも一歩も譲らない姿を拝見して、世界レベルのアスリート、本場日本の柔道家の強さを実感しました。それに反して、私生活などのプライベートな面は本当に頼もしくて優しくて楽しくて、厳しい柔道家とはまた別の、年頃の女性らしい、かわいらしい面もたくさん拝見させていただきました。



オリンピックは今後どうなるかわかりませんが、2020年東京オリンピック開催の如何に関わらず、美衣さんは今後も世界のあちこちで、日本が世界に誇るスポーツ、「柔道」の武道の精神を広めていくのだろうと思います。

今後もますます応援していきます!