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Art

「現代アートをもっと身近で自由なものに」イスラエル人キュレーター、シャイ・オハヨン氏インタビュー

by SHIHO TAKAYA |2020年07月16日

東京・中目黒にある“The Container“というギャラリーをご存じでしょうか?その名の通り、実際の輸送用コンテナの中で展示される一風変わったアートギャラリーです。今回、そのThe Containerの創業者であり、現代アートのキュレーターとして活躍するイスラエル人キュレーター、シャイ・オハヨン(Shai Ohayon)さん(以下、シャイさん)をインタビューし、キャリアの舞台として日本を選ばれた理由から、キュレーターとしての現代アート、アーティスト、そして社会に対する関わり方などを伺いました。




Installation view, Augmented Mask, Tobias Klein , Mixed media 2017, 177 cm x 180 cm x 485 cm
© The Container, 2017Courtesy of The Container, Tokyo

―――キュレーターとしてのシャイさんのキャリア、コンセプト、哲学について教えてください。また、なぜシャイさんのキュレーションは、従来の慣習とは異なり、アートを大衆化しようとする現代の西洋と日本のアートに焦点を当てているのでしょうか?

                                                                          

シャイ・オハヨンさん(以下シャイ):私は20代の頃に、トロント(カナダ)に住みながら、様々な分野のアーティストが公共の場で展示することを奨励する一連のアートイベント、ArtGigの創設者およびディレクターとして、キュレーターのキャリアをスタートさせました。

30代の頃、東京に移住するまでは、アートコンサルタントとして、そしてフラムパレス(英国・ロンドン)のギャラリーのキュレーターとして、ロンドン(英国)で修業を積んできました。

                                                                         

私がキュレーターとして意識していることは、一般の人々が現代アートにアクセスできるよう細心の注意を払いながら、概念的で社会的意識の強い作品を展示することです。現代アートの多くは非常に内省的で、多くの人がそれを遠い存在だと感じているように思います。私は常に、美術界だけでなく、一般の方々も喜ぶアートを展示する方法を見つけたいと思っています。本質的に、アートの最も重要な価値は常にコミュニケーションであると信じています。そして、アーティストと一般市民の両方がアートを「体験」し、アイデアを交換し合い、対話を促す機会を創出することに非常に興味があります。

                                                                                                            

―――日本に来られたきっかけは何でしょうか?イスラエルや他の国ではなく、日本でギャラリーを開くことを決めた理由をお聞かせください。

                                                                                                            

シャイ:日本文化、各地のコンテンポラリーアートシーンへの好奇心から東京に引っ越しました。日本に引っ越す数年前から、日本でアートの実践がいかに促進されるかについてますます興味を抱くようになりました。日本でのエンターテイメントやアートは、私が西洋やその他のアジアで見たものとは大きく異なります。日本には、西洋の模倣をする努力をしなくても、伝統的で本物のアートと呼べるものが存在します。それに非常に魅了されましたし、今も魅了されていますね。

                                                    

そして、日本でギャラリーを開くことになったきっかけですが、私のギャラリー、The Containerは実は偶然オープンすることになったのです。友達が中目黒の美容室『BROSS』で空になった輸送用のコンテナを見て、私に連絡をくれました。コンテナ内は空っぽで、初めて見た時、すぐにここでギャラリーを作りたいと思いましたね。空間の風変わりな特徴だけでなく、その立地、美容室の内部もすぐに好きになりました。何より、アクセシビリティに焦点を当てた展示スペースを創るという、私のイデオロギーと合致していました。その空間は、カジュアルさと、気取らないありのままの自然な印象を与えています。これは非常に重要な点で、まさに私が求めていた現代アートを紹介する手法でした。

                                                 

ギャラリーを日本で開いた理由は、私が日本に住んでいるからです。10代にイスラエルを離れ、人生の多くを他の国(カナダ、イギリス、日本)で過ごしました。将来的には、このThe Containerが国際的な存在感を持つようなギャラリーに成長することを期待しています。そして、できればイスラエルを含む、その他の国にも姉妹ギャラリーをつくれるといいですね。

                                                                                                            

The Containerでのインスタレーション例
Installation view, Defiance and Decadence Under Apartheid, Billy Monk, Silver gelatin, (edition of 12), 1967-1969, 12 inches x 16 inches
© The Container, 2020
Photography: Alex ShapiroCourtesy of The Container, Tokyo

―――来年はThe Containerの10周年を迎えますが、ギャラリーのコンセプトおよび主な観客について教えていただけますか?

                                                                                                            

シャイ:The Containerは、東京の中心街、中目黒にある展示スペースで、日本人および国際的なアーティストによる現代アート作品を展示しています。The Containerの広さは180cm x 180cm x 485cmnの、実際に組み立てられた輸送用コンテナです。スペースの制限の都合上、主にサイト・スペシフィック・アート作品を優先的に特集しています。

各作品は2か月半にわたって提示され、通常は世界中のAmazonやアメリカの図書館などで入手可能な完全バイリンガルカタログ(日本語/英語)も併せて出版されます。このカタログによって私達は、アーティストと一緒に進めてきたすばらしいプロジェクトの多くをアーカイブし、日本だけでなく国際的な現代アートについての議論に貢献することができるのです。

                                                                                     

The Containerはとてもおしゃれで、そして刺激的な中目黒のヘアサロン『BROSS』の屋内に収納されています。ヘアサロンと展示スペースは、非常に異なるアイデンティティを持っていますが連携して機能し、それぞれの客層から支えられ相乗効果を発揮しています。

The Containerの観客はとても多様です。様々な社会的経済背景を持った日本人、外国人の方が訪れてくれ、とても楽しいです。オープニングパーティーでは、若者、中年、高齢者関係なく、銀行員、弁護士、外交官、アーティスト、ミュージシャン、ライターなど様々な職種の方々が一緒に混じり合っていて、それを見ながらこのThe Container という場所をとても誇りに思いました。その空間では、誰もが歓迎され、居心地が良いと感じ、そして誰もが芸術のためにそこにいます。本当に素晴らしいことです。私たちは「現代アートのパンクロッカー」といったところでしょうか。


The Container オープニングパーティの様子
Opening night at The Container (On view: Mischa Leinkauf, Endogenous error terms) 
© The Container, 2019Courtesy of The Container, Tokyo

また、The Containerは日本だけでなく、海外のアートやカルチャー雑誌に多くのレビューや記事が掲載されているため、国内外で非常に高い評価を得ています。そのため、私達のクライアントは海外にも多く住んでいます。過去掲載された一例として、ArtAsiaPacific、Artforum、Hyperallergic、Glass Magazine、Art&Antiques Magazine、Ocula、Port Magazine、Dazed&Confused、So-EN、Popeye、Brutus、Blouin Artinfo、Art-iT、Bijutsu-Techo / BT、CNN 、NHK、WIRED、ジャパンタイムズ、サンデータイムズ、旅行ガイド、機内誌などがあります。

                                                                                                            

―――キュレーターとして、日本のアーティストと西洋のアーティストの違いをシャイさんの視点からご説明いただけますか?

                                                                                                            

シャイ:これは、答えるのが非常に難しい質問ですね。一般的に、西洋の現代アートの多くはコンセプトベースであり、日本では職人の技に重点が置かれています。

また、残念なことに、日本には団結力のある「アートコミュニティ」というものが少ないと感じます。例えば、アーティストが運営するスペースがほとんどなく、「オルタナティヴ・スペース(美術館でも画廊でも文化センターでもない、それらから相対的に自立したアートスペース)」もはるかに少ないです。だからこそ、The Containerは東京のアート風景の中でとても重要な役割を果たしていると思います。

                                                                                                            

―――どのような方がシャイさんのギャラリーで作品を購入するのでしょうか?併せて、購入プロセスについても教えてください。

                                                                                                            

シャイ:私達には、さまざまなタイプのクライアントがいます。アート愛好家や、現在のコレクションに新しい作品を追加したいコレクターである場合もあれば、特定の作品に一目ぼれした新規のクライアントである場合もあります。

ギャラリーは学際的で多分野に渡っており、彫刻、写真、絵画、デッサンから、ビデオ、パフォーマンス、インスタレーションなどのあまり一般的ではない手法まで何でも展示しています。


The Containerでのインスタレーション例
Installation view, Into the Curve, Natalie Clark , Mixed media, 2018, 177 cm x 180 cm x 485 cm
© The Container, 2018
Photography: James BinghamCourtesy of The Container, Tokyo

他のギャラリーと同じように、ショップなどのスペースで作品を購入したり、メールで問い合わせることもできます。私たちが販売する作品の多くはコンサルティングを通じて購入されています。クライアントはどのようなことに興味を持っているかを教えてくれ、私は彼らのため選定した作品をキュレーションします。

また、私達は国際的なアートフェアや他のギャラリーや機関とのコラボレーションで展示することもあるので、売上の一部はそこからも得られます。

                                                                                                            

―――どのようにアートを活用し、社会に対して強いメッセージを伝えたいとお考えでしょうか?

                                                                                                            

シャイ:The Containerでのショーは非常に多様です。これまでのところ、想像できるあらゆる分野の作品を紹介してきました。

私はキュレーターとして、現代アートの限界や対話の創造に個人的な関心を持っているので、当然のことながら、展示される多くの作品はそうした私の関心分野に対するコンセプトや社会政治的視点を強く持っています。


The Containerでのインスタレーション例
Installation view, Love Me, Bomb Me, Pedro Inoue, Paper 2014, 177 cm x 180 cm x 485 cm
© The Container, 2014
Photography: James BinghamCourtesy of The Container, Tokyo

                                       

そして、芸術と文化がこれまでの歴史のどの段階においても、最も重要な指標であったと強く信じています。また、アーティスト、キュレーター、ギャラリーには社会的、文化的な責任があると感じているので、社会的に重要な問題を強調したいと思います。展示スペースもかなり小さいため、ほとんどの展示作品は非常に没入型で、例えば、来場者は美術館では再現できない方法でインスタレーションを体験することができます。物理的な環境そのものは、芸術を見る上で非常に重要な部分です。

                                                                                   

こうした理由から、例えば、数年前のArt Central HKとのコラボレーションプロジェクトでは、ただブースを用意するのではなく、フェアの敷地内にThe Containerのレプリカを制作しました。フェアでその「ギャラリー」を訪れた多くの方は、アートとの新しい関わり方を楽しまれたのではないかと思います。このように、 The Containerでのショーはすべて、現代アートを新しい方法で体験することを目的としています。

                                                                                                            

TheContainerでのインスタレーション例
Installation view, nibble, nibble, gnaw, Nadia Solari, 2016 Mixed media
© The Container, 2016
Courtesy of The Container, Tokyo

―――COVID-19はアートシーンにどのように影響したと思いますか?また、世界はデジタルに変わりつつありますが、それはアートにどのように影響するとお考えでしょうか?

                                                                                                            

シャイ:生活のあらゆる側面がパンデミックの影響を受けていると思うので、もちろん、アートも影響を受けています。美術界は世界的にCOVID-19の影響によって大打撃を受けました。国際的なアートシーンの多くは、大規模なアートフェアやアーティスト、そしてもちろんコレクター達の国際間の移動(旅行)によって促進されているため、影響は甚大です。

                                                                                    

世界中には何百ものアートフェアがあり、一度に何万人もの観客が来場します。そのような大規模の集まりが、次にいつ許可されるかは誰にもわかりません。私の海外旅行や近い将来の計画はすべてキャンセルになりましたし、もちろん、私のアーティスト達の海外遠征等もすべて白紙になりました。これらのフェアや海外遠征は、アート制作の収入源であるコラボレーションや対談の機会を促進するので、パンデミックによる影響は、信じられないほど悲しいことです。アートでは観衆とのコミュニケーションと対話が全てなのです。

                                                                                                  

多くの人々は、パンデミックの結果としてのデジタルテクノロジーへの移行を強調したがります。もちろん、私たちもそれを見逃すことはできません。しかし、長期的に見られる最も重要な変化は内面的な変化だと思います。私はパンデミックが人々がより熟考するようにさせ、お互いを思いやることを促進させたと思います。

                                                                                               

アーティストは社会で起きている本質を見抜き、芸術に反映させる「社会のスパイ」です。だから、これから数ヶ月から数年の間に、テーマ性のある作品、そして哲学的に制作されているアートの種類に変化が見られると思います。ソーシャルディタンスを取り、家にいることが多くなると、逆に人々のお互いの心の距離が近づいたように思います。おそらく、私たちは感情的で精神的な進化の真っただ中にいるのでしょう。


The Containerでのインスタレーション例
Installation view, Heaven, Zevs, 2013 Mixed media 
© The Container, 2013
Photography: James BinghamCourtesy of The Container, Tokyo

                                                                                                            

―――キュレーターとして30以上の展覧会を経験されたシャイさんですが、キュレーターとして最も重要な要素は何だと思いますか?また、アーティストにとってのキュレーターの役割をどのように考えていらっしゃいますか?

                                                                                                            

シャイ:キュレーターには主に2つの役割があると思います。一般の人にとっての私の役割は、物語を創造し、人々がさまざまなアイデアを結び付け、アートやアーティストについて新たな理解を得ることができるようなストーリーを伝えることです。アーティストにとっての私の役割は、彼らの客観的な目になること。アーティストは、自分が制作する作品に感情的に執着しており、全体像を見失うことがよくあります。ですから、私の役割は彼らに、何が良くて、何が良くないかを客観的に伝えることです。そして、アーティスト、一般市民の両方にとっての私の責任は、芸術作品を再構成することです。それは詩人のようですが、言葉ではなくアートワークを使って行います。

                                                                                                            

―――シャイさんは国際的に有名なアーティストと新進気鋭のアーティストを公共の場で一緒に発表するArtGig Tokyoのプロデューサーも務められていましたが、オハヨンさんにとってこのArtGig Tokyoの意義はどのようなものなのでしょうか?

                                                                                                            

シャイ:ArtGigは私の20代前半の実験として始まりました。さまざまな種類のアーティストとアートをパブリックスペースに集め、人々が新しい環境で自由にアートと交流できるようにする取り組みです。日本に転居したとき、ArtGig Tokyoという名前でこのプロジェクトを復活させ、中にはこれまでにない大成功をおさめたイベントもありました。オノ・ヨーコ(歌手)、エルムグリーン&ドラッグセット(ビジュアル・アーティスト)、ジム・ランビー(ビジュアル・アーティスト)、会田誠(現代美術家)、Chim↑Pom(ビジュアル・アーティスト)などの「スターアーティスト」の作品に加え­­、ほとんど知られていないアーティストも特集しました。

                                                                          

ただし、膨大な作業と資金を必要とするため、現在ArtGig Tokyoは少し休眠中です。今はThe Containerの運営に注力していますが、ArtGigのようなイベントを是非東京で再びプロデュースしたいと思います。非常に確立された国際的なアーティストと一緒に、新進気鋭のアーティストの作品を展示するというコンセプトは、国際的なアートコミュニティを強化し、若いアーティストをサポートするのに役立ちます。なにより、私がこうした取り組みを通じて感じる最も大きな意義は、ギャラリーや美術館にまだ一度も足を運んだことのなかった一般の人々がアートを体験し、現代アートが刺激的で人生を豊かにしてくれるものであることを学び、発見する機会を提供することなのです。

                                                                                                             

―――シャイさん、貴重なお話をありがとうございました!

                                               

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