約8000年前、現在のイスラエル北部の地中海沿岸には、海とともに暮らす人々の集落がありました。しかし、彼らがどのような船を使っていたのかは長年の謎でした。そこでイスラエルの研究者たちは、当時の環境をもとに古代の船を再現。1,600本の葦から作られた一艘の船が、失われた歴史の解明に挑んでいます。

見つからないなら作ってみる――イスラエル研究者が挑んだ古代の船の再現
約8000年前、現在のイスラエル北部の地中海沿岸には多くの集落が存在していました。そこに暮らしていた人々は漁を行い、海を利用していたと考えられています。しかし、彼らがどのような船を使っていたのかは長年にわたり考古学上の大きな謎でした。
その理由は単純です。船そのものが一隻も見つかっていないからです。
この謎を解明するため、イスラエルの研究者たちは大胆な方法を選びました。「見つからないなら再現してみよう」。こうして始まった実験は、古代イスラエルの人々の暮らしを理解する新たな手がかりとなりました。

海の底に眠る新石器時代の村
研究の舞台となったのは、ハイファ南部のカルメル海岸です。
現在、この海岸線の沖合には新石器時代の集落が数多く沈んでいます。約2万年前の氷河期には海面が現在より約120メートル低く、海岸線は今より約10キロ西側にありました。しかし氷河が溶けるにつれて海面が上昇し、かつて人々が暮らしていた土地は徐々に海に飲み込まれていったのです。
これまでにハイファからマアガン・ミハエルにかけての海岸沿いで約19の水没集落が発見されています。そこでは農耕や牧畜を営み、定住生活を送っていた人々の痕跡が見つかっています。

船は見つからないが、海に出ていた証拠はある
考古学者たちは長年、この集落の住民たちが海を利用していたと考えてきました。
遺跡からは釣り針や漁網のおもりが発見されているほか、沖合に生息する魚の骨も数多く見つかっています。さらに、一部の男性の骨格には長期間の潜水活動を示す特徴が確認されており、日常的に海で活動していた可能性が高いと考えられています。
しかし、肝心の船は発見されていません。
石器や骨は残っても、木や植物で作られた船は長い年月の中で腐敗してしまいます。そのため、人々がどのような船を使っていたのかを直接知る手段がなかったのです。
葦の船という仮説
そこでハイファ大学海洋文明学科の大学院生シャイ・ニヴ氏らは、実験考古学という手法を用いて研究を進めました。
研究チームは古代エジプトやメソポタミアの船に関する資料を調査するとともに、8000年前のカルメル海岸の環境を再現。当時利用できた材料を検討した結果、「葦で作られた船」が最も現実的な候補だという結論にたどり着きました。
実は葦の船は世界各地で長い歴史を持っています。古代エジプトの壁画にも描かれていて、現在でも南米のチチカカ湖やエチオピアのタナ湖などで使われています。軽くて浮力が高く、湿地帯で容易に手に入ることが大きな利点です。

1,600本の葦から生まれた一艘の船
研究チームはまず縮小模型を作り、浮力や安定性を確認しました。その結果を受け、本格的な船の建造に着手します。
集められたのは約1,600本もの葦でした。乾燥させた葦を束ね、横方向と斜め方向から固定しながら全長4メートルの船を製作。完成した船は実際に地中海へと進水しました。
ニヴ氏自身が乗り込み航行実験を行ったところ、船は安定して海上を進み、人と機材を十分に運ぶことができたといいます。

古代人の知恵を現代に伝える
もちろん、この実験だけで「新石器時代の人々が実際にこの形の船を使っていた」と断定することはできません。
しかし研究チームは、葦の船が当時の自然環境を考えると非常に合理的な選択肢であり、沿岸部の人々が海洋活動を行うために十分機能した可能性を示せたとしています。
この研究が示したのは、単なる船の再現ではありません。人類が農耕を始め、定住し、そして海を越えて新たな土地へ移動していった歴史の一端です。
実際、当時の人々は船を使ってキプロス島へ渡り、植物や家畜を運んでいたと考えられています。船は、人類史上最大級の変化の一つである農耕社会の拡大を支えた重要な技術だったのです。
海底に沈んだ古代の村と、一艘の葦の船。失われたはずの歴史を現代の研究者たちが再び形にすることで、私たちは8000年前の人々の暮らしに少しだけ近づくことができるのかもしれません。
*本記事はイスラエルメディアUNPACKEDの報道をもとに構成しています。


