イスラエルは、徒歩で旅しようと思えば歩けてしまうくらい小さな国です。一方で、この国には69の鉄道の駅があり、毎日27万人の乗客が利用しています。
その中でもひときわ目を引くのが、ハイファ東駅です。壮大なオスマン帝国末期に始まり、イギリス委任統治時代、第二次世界大戦を、そしてイスラエル建国を目撃しました。現在は操車場として用いられており、1983年にオープンしたイスラエル鉄道博物館が併設されています。
イスラエルのカルメル山のふもと、ハイファにあるこの博物館は2つの建物が歩道橋でつながっており、そこから15分おきくらいに市内を通過する列車を見ることができます。
通りから入場するためには、車の入り口にいる警備員に一時的にIDを預けます。線路の上を通過して「A棟」へ行くとチケットを買うことができます。
本館には、復元された貨車や機関車が展示されており、自由に出入りすることができます。またバックヤードでは、廃車になった列車が、博物館の展示品として生まれ変わるのを待っています。
博物館に入ると、かつてアフリカ、ヨーロッパ、アジアを結んでいたヘジャズ鉄道のドイツ製ナローゲージタンク機関車が迎えてくれます。現在までにイスラエルで発見された唯一の完全な蒸気機関車です。この路線は、オスマン帝国時代に、イスラム教徒がメッカやメディナなどの聖地を巡礼するために利用されていました。
そして、かつてエチオピア皇帝、ベルギー国王夫妻、イスラエル初代首相など、王族や政治家を乗せた高級車もあります。内部のインテリアは昔と同じように復元されています。
イスラエルは何度も国土を守らなければならなかったので、展示品の中には、実際の戦闘で使用されたものや、戦利品として捕獲されたものもあります。
例えば、1961年にゼネラルモーターズが製造したディーゼル電気機関車や、1939年にベルギーが製造したブレーキバンなどは、戦争中にイスラエルの戦士たちが持ち去ったものです。また、1936年から39年にかけてパレスチナで起こった騒乱の際に、イギリス軍が運用したコンクリート製の移動式掩体壕(えんたいごう:軍用機などの装備や人員を敵の攻撃から守るための横穴状の施設)もあります。
本館の内外にある展示物を見終わったら、副館である「B館」に戻ることをお勧めします。ここには、機器、写真、切符、スタンプや鉄道模型など、ささやかながら魅力的なコレクションが展示されています。
博物館の敷地を出るとき、入り口近くにあるジェズレル渓谷鉄道のモニュメントに注目してみてください。オスマン帝国時代の鉄道員の墓に囲まれたこのモニュメントは、かつてイスタンブールで設計され、1905年の鉄道の正式開通に合わせてハイファに運ばれました。
博物館の開館時間が限られているため、午前中か午後の早い時間に訪れるのがよいかもしれません。イスラエル鉄道の公式サイトにある無料のバーチャル・ミュージアム・ツアーを利用すれば、本館の展示物を見逃しても、後でじっくりと見学することができますよ。
この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:ISRAERU編集部