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イスラエル出身彫刻家ダビッド・ベナロッシュにインタビュー。彼のインスピレーションの源に迫る。

by 長谷川 雅彬 |2022年03月11日

カラフルな砂が散らばっているような作品の写真です。
The Falling of Icarus, 2016年

私たちが生活の中で目にしているものは誰かの思考の結果でしょうか?クリエイティブになった結果として素晴らしい物が生まれるのか、素晴らしい何かが生まれたから誰かがクリエイティブだと理解出来るのかという大きな疑問があります。そんな疑問に答えるために、今回は、制作のプロセスや自らの関心を作品に落とし込むというユニークなアプローチを取ることで知られるダビッド・ベナロッシュに彼の創造性のルーツを伺ってみたいと思います。イスラエルだけでなく、パリやマドリッドなどでの経験も持つ彼の、どこか詩的なインタビューをご堪能あれ。


ダビッド・ベナロッシュ

イスラエル出身の彫刻家。イスラエルの名門であるベザレル・アカデミー・オブ・アート・アンド・デザイン卒。現在はマドリッドに在住。制作におけるプロセス、動き、身体、ジェスチャー、素材の実験に対する彼の興味を反映した作品を作っている。様々な物理的な影響を受けながら、自らが課した力と素材の性質との間で交渉するというアプローチを取っている。彼の作品は、しばしば作品の制作が作品自体に組み込まれているように、制作中に起こるプロセスによって作られ、決定される。

http://davidbenarroch.com/


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長谷川 雅彬 / 2022年02月02日


――― 最初に、ダビッドさんについて詳しく教えてください。ご自身のアートをどのように定義されていますか?



彫刻です。私が作る彫刻は、プロセス、動き、身体、ジェスチャー、素材の実験に対する私の興味を反映しています。作品は主に、樹脂、ラテックス、セメント、コンクリート、ワックス、ブロンズ、銅など、液体から固体へと変化する加工可能な素材から制作されます。通常、作品は基本的な形状から、彫刻の制作条件の痕跡を明らかにする非定形な形状まで多岐にわたり、しばしば作品の制作プロセスが作品自体に組み込まれていることがあります。私の作品は、制作中に起こるプロセスによって作られ、決定されます。つまり、プロセスのある部分はコントロールの欠如を伴いますが、それは私の作品において不可欠な部分であり、観察の限界を広げることができる重要な要素なのです。作品が出来上がると、私はそれらと互いに対話しながら空間に配置し、適切なエネルギーを見出そうとしています。


――― 制作のプロセスが作品の一部という点は、日本の書道における筆の動きが作品の中に見て取れる点や、詫び錆びの概念に似ていますね。ダビッドさんのアーティストとしての経歴を簡単に教えてください。いつからアートを始めたのか、なぜアーティストになろうと思ったのか。


アーティストになろうと思ったのは、トラブルメーカーになりたかったからでしょうね。いずれにせよ、幼い頃から、そしてアートの意味を知る前から、私は非日常の追求に惹かれていました。側から見れば物事の前でぐずぐずする夢見がちな子供だったのだと思います。例えば、私は30年もの間、自分の爪を集めていました。始めたのは、たしか8歳くらいで80年代後半のことです。当時は何をやっているのかよくわからず、遊びのようでもあり、自分の秘密でもありました。いつしかコレクションは日課になりました。そして、私の人生の一部となったのです。 何年もかけて何千本ものネイルを集めているうちに、突然、私が考え、感じ、そしておそらく見せたいと思うことにもなったのです。アートの世界でいろいろなことを発見し、今の私を形作ってくれた時期だったのでしょう。


――― 内面から湧き出る創造性の一端を捉えてゆくうちに、自分の内側から自然とアートが生まれてきたといった印象を受けます。これまでに手がけたプロジェクトや作品の中で、最も印象に残っているもの、重要なものを3つ、その理由を含めて教えてください。


白色の細長いアート作品の写真です。
無題(アーチ), 2014年

これは、アーチとその文脈(形式的、文化的、概念的、建築的など)について考えるのに非常に忙しかった時期に作った作品です。ほとんど同じアーチの模型が27個、椎骨のように重なり合い、壁にもたれている細長い作品です。この作品は、私の最初の美術館での展覧会に出品され、アーチに関する思考は、今でも私と私の作品と一緒に続いています。


コンクリート、樹脂、フェイクファーやプラスチックビン袋を使って作られたアート作品の写真です。
地球の柔軟性は心のためらいに近い, 2017年

この作品は、パリのエコール・デ・ボザールでの1学期留学から帰国後の2016年に制作したものです。カジュアルなショーにとても興味があった時期で、パリの彫刻スタジオで働いたとき、プロセスワークの実践を探る機会がありました。そこでは、樹脂、ワックス、セメントなど、液体から固体へと移行するあらゆる種類の素材を集中的に扱いました。テルアビブに戻り、ベザレル・アカデミーで修士号を取得したとき、スタジオのテーブルの上に2本の木の棒を置き、ストレッチストラップを掛けて、その上に黒いビニール袋を置き、材料を流し込んで、そこで作品を制作したのです。その結果は私を大いに魅了しました。昨日のことのように覚えています。


白色のセメントやシリコンを使って作られたアート作品の写真です。
Here, 2020年

これは、スペインに生活と仕事の場を移して以来、初めて制作したスタジオ作品です。この作品は、私が素材に対して行ったあらゆる行為が盛り込まれたプロセスワークであり、作品自体の中に作品がどのように作られたかが見て取れます。完成したときには、ある意味、スペインに根を下ろしたような、大きくて重い仕事です。You're here. We are here “と言われました。


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長谷川 雅彬 / 2022年01月07日


――― それぞれの作品に非常に深いストーリーと意味があるのが感じ取れます。特にプロセスという点を大切にされているのが伝わってきます。ダビッドさんにとってアートとは何でしょうか?


リスクを冒すこと。理解できないことに対して根本的に疑問を持つことです。


――― 未知に向かって突き進む冒険家のようですね。作品を制作する上でのインスピレーションの源は何ですか?


歩道でチューインガムを踏んでそれを芝生で掻こうとする人、卵、滝、木、ポップコーンマシーン、蟻、カリフォルニアのフルーツカート売り、海の匂いなどなど、ありとあらゆる所にインスピレーションは溢れています。あ、そうだ、エヴァ・ヘッセも。


――― インスピレーションを探すのではなく、感じとる感性と観察力が必要というわけですね。創作活動で最も困難なことは何ですか?



自分に “もしも “と問いかけることです。そして、今までやったことのないことをやるんです。自分が素材にどう影響を与え、素材が自分にどう影響を与えるか、そしてこのダイナミックさがどのように彫刻になるのか、そういったことが常に頭の中にあります。これらは、私の芸術的実践の中で、常に私に挑戦している基本的な質問です。


――― 常に思考を続けるということは、非常に簡単そうで難しいかもしれません。より創造性を発揮するための特別なルーティンや瞬間はありますか?


決まった瞬間というのはなく、いつでも、多かれ少なかれ創造的であったり、非創造的であったりすることができます。


――― では、ダビッドさんの創作意欲をかき立てるものは何ですか?


遊び心、即興性、そしてどんな風に見えるかわからないことをすることです。


―――柔軟な心を持つことは想像と創造における要かもしれませんね。最後にこれまでのキャリアや人生を通じて学んだ最も重要なことを教えてください。


「流れの方向を変える岩であり、流れを妨げるダムであってはならない」ということですかね。


インタビューを通して彫刻という形が固定される作品を作っている一方で、ダビッドさんの感性や思考は水のように流れ続けているという印象を受けました。こうした、硬軟織り交ぜた思考と行動の在り方が、彼の創造性の原点にあるのかもしれません。私たちの仕事や生活では、ついつい慣れているやり方や方法論にこだわってしまいがちですが、ダビッドさんのような柔軟なマインドや探求をやめない好奇心を持つことで、より豊か視点と発想をすることが出来るようになるやもしれません。