Share

BUSINESS

最も大事なものを捨てることで新しい発想を得るメソッド「Inside The Box」とは

考案者ジェイコブ·ゴールデンバーグ教授に訊くイノベーションの真髄

by 長谷川 雅彬 |2021年08月26日

近年、イスラエルはスタートアップやイノベーションという分野で世界的に広く知られるようになりました。イスラエルは人口が700万人程度で、大きさも東西が車で1時間くらいの小さな国です。それにも関わらず、NASDAQの上場企業数は、数的優位の中国と自国のアメリカに次ぐ3位。スタートアップ文化が盛んで、世界各国のベンチャーキャピタリストがイスラエル企業に投資を行っています。その額は2019年の一年で83億ドル(8600億円)。人口でイスラエルの15倍以上の日本が2162億円なので、驚異的な数字です(ちなみに楽天が9億ドル(920億円)で買収したチャットアプリViberもイスラエル出身)。


箱に入った電球

そんなイノベーションの国イスラエルから生まれたイノベーションメソッド、“Inside The Box”をご存知でしょうか?欧米では、既存のあり方に捉われず、新しい視点や発想を持つためによく“Think Outside The Box (箱の外に出て考えろ)”という表現が使われます。Inside The Boxはまさにイノベーション世界の常識の逆。 Inside The Boxは、物事の構成要素のうち最も大事なものを捨てることで新しい発想を得るという方法です。例えば、車であればエンジンがない車やハンドルがない車、タイヤがない車というように、あえて一番重要な要素を取り除くことで、これまでとは違う視点を生み出します。今回の記事では、このInside The Boxというメソッドを創ったジェイコブ·ゴールデンバーグ教授への特別インタビューを通して、イノベーションの真髄に迫ります。


Inside The Boxというメソッドを創ったジャイコブ·ゴールデンバーグ教授

ジェイコブ·ゴールデンバーグ (Jacob Goldenberg)

IDC HerzliyaのArison School of Businessでマーケティングを教える他、コロンビア大学ビジネススクールの客員教授も務める。Journal of Marketing、Journal of Marketing Research、Management Science、Marketing Science、Nature Physics、Scienceなどの主要な学術誌に論文を発表しているだけでなく、ケンブリッジ大学出版局から2冊のアカデミックな本を出版している。彼の科学的研究は、ニューヨーク・タイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナル、ボストン・グローブ、BBCニュース、ハロルド・トリビューンなどで取り上げられている。著書に「インサイドボックス 究極の創造的思考法(文藝春秋)」がある。


ジェイコブ·ゴールデンバーグ教授に訊くイノベーションの真髄

―――今日は貴重な機会をありがとうございます。人々にイノベーション教えたり、企業のイノベーションの手助けをするモチベーションは何ですか?

イノベーションは魅力的な分野で、常に新しいことを学ぶことができ、常に挑戦し続けることができます。しかし、私が教えることが好きな本当の理由は、生徒から多くのことを学び、自分の知識を広げることができるからです。


―――人に教えることで学ぶというのは面白い視点ですね。教授の創った「Inside The Box」のアイデアはどのようにして生まれたのでしょう?

創作への体系的なアプローチに興味を持ち始めた友人が、私をこの旅に誘ってくれました。彼を通じて、エンジニアリングにおける発明的な問題解決のための体系的なアプローチに関する初期の研究に触れました。クローズド·ワールドというInside The Boxの原型のアイデアは、その友人(博士課程の研究の一環として発表したロニ·ホロウィッツ博士)によるものです。箱の中には、彼の発見に基づいたメタファーが入っています。


―――なるほど、創造を体系化するというのは面白い研究ですね。イノベーションを教える際の最大の課題は何ですか?

創造性は特性ではなくスキルであり、体系的な方法でアプローチすることができ、自分自身を鍛えることができるということを人々に納得させることです。それを信じてもらえれば、すべてが簡単になります。


―――確かに創造性は才能によるものだと考える人は多いかもしれません。企業内のイノベーションを加速させる際に、私たちがしがちな間違いは何でしょうか?

最大の落とし穴は、イノベーションが日々の継続的な作業ではなく、速く加速させようと考えることです。イノベーションは刺激的ですが、刺激的なことがゴールではありませんし、それだけが原動力でもありません。イノベーションとは組織の中で日常的に行われていなければなりません。


会議をする人たち

―――一過性のものであってはならないということですね。イノベーションを阻む最大の障壁は何でしょうか?

正しいルーティンがないことと、間違ったルーティンが多すぎることです。


―――イノベーションのためにルーティンを作るというのは考えたことがありませんでした。もし企業が、社員が創造性や革新性を発揮できるような環境を整備したいと考えた場合、どのようなことに気を付けるべきでしょうか?

自分たちの会社に合ったルーティンを設計する必要があると思います。そして、そのためにツールを使うことです。今日、創造性やアイデアを高めることができるツールがあり、それによってイノベーションの効率や効果を高めることができます。


―――自分の会社にあった方法を考えるというのは大事なポイントですね。どのような分野や業界で、より多くのイノベーションが必要だと考えていますか?

むしろ、イノベーションが必要ない分野を思いつきません。イノベーションは進歩であり、人類の魂でもあります。誰にとってイノベーションが必要かという問いは、誰がより多くの酸素を必要としているかという問いに近いかもしれません。


―――全ての企業にとって必要ということですね。今後10年でどのようなイノベーションが起こると思いますか?

残念ながら、Covid19と気候変動の影響で、世界の人々は開放的でなくなり、より屋内に閉じこもるようになるでしょう。その結果としてテクノロジーは、個人がより孤立した生活を送れるように進化するでしょう。私が間違っていることを願っています。


もうひとつの楽観的な方向性は、テクノロジーが気候変動やパンデミックに対抗するために採用されることです。イスラエルではこの傾向の最初の兆候が見られますので、私はまだこの方向性が勝つことを期待しています。


―――最後にこれまでのキャリアにおける最大の成功と最大の失敗を教えてください。

私の最大の成功は今だと思います。私たちは、チームが遠隔地からでもアイデアを開発できるクラウドベースのプラットフォーム、Omnivatiを開発しました。このプラットフォームは、教育、トレーニング、そして実際の仕事にも役立ちます。私の最大の失敗は、これを実現するのに何年もかかってしまったことです。10年前にやっておくべきだったと思います。遅きに失した感は否めませんが。


Inside The Boxというメソッドを創ったジャイコブ·ゴールデンバーグ教授

ジェイコブ・ゴールデンバーグ教授の話を通して、イノベーションとは私たちが考えるものとは少し違うことが見えてきます。イノベーションとは何か派手なことをすることではなく、イノベーションを育む環境を整え時間をかけて育んでいくものであることが分かります。そうして基礎部分に変革を起こすことこそが、イノベーションを生む最大の源泉なのかもしれません。一年に一回だけ派手なイベントをすることでイノベーションが加速するわけではなく、Inside The Boxのように私たちの根本的な考え方のパターンやルーティンを変える。イノベーション大国と呼ばれるイスラエルの真髄はそうした私たちの考え方の部分にあるのではないでしょうか。