今年2022年は、日本とイスラエルが外交関係を樹立して70周年となる。
この記念すべき年を前にして、昨年10月に着任したギラッド・コーヘン駐日イスラエル大使に取材の機会を頂き、ゆったりとした公邸の大広間で、大使の経歴や二国間関係の発展に向けた大使の思いを、1時間強じっくりと伺った。
世界が注目する多くの偉業を達成
―――はじめに大使の今までのキャリア、特に、国連での仕事はどのようなものだったか、可能な範囲で教えていただけますか?
“今まで、ブラジル、トルコ、そして国連で勤務し、国連では4年間、政務参事官(Political Counselor)として働きました。最も重要な仕事の一つは、2005年の第60回国連総会で制定された「国連ホロコースト犠牲者を想起する国際デー」の制定に関わったことです。EUを始めとする各国にこの国際デーの意義を說明してまわり、制定にこぎつけたことは、大変誇らしい名誉な仕事であったと思っています。そして毎年1月27日がInternational Holocaust Remembarance Dayとなりました。その1年後に「ホロコーストの否定」に対する非難決議案も採択させることができたのです。
それだけではなく、第二次レバノン戦争の停戦に向けた、国際連合安全保障理事会決議1701にも寄与しました。また、イランによる核兵器開発の制限に関する合意や、その他多くの決議にも関わっています。また、当時国交関係の無いアラブ諸国とも接点を作り、国連から戻った2008年から2017年の間、実はアブラハム合意の基盤作り、という秘密のミッションも行いました。正式な外交関係のない国々と地道にコミュニケーションをとり、最終的に合意が実現したのですから、大変誇らしい仕事であったと思っています。”
国連では毎年、アウシュビッツが解放された1月27日に記念式典を始めとする様々な行事が開催されている。今年のアントニオ・グテーレス国連事務総長ビデオ・メッセージは、こちらから見ることができる。また、「ホロコーストの否定」とは、膨大な物証や証言に基づいて裏付けられているホロコーストが実は無かったとか、600万人というユダヤ人死亡者数は誇張であり遥かに少ない、というような主張である。様々なイデオロギー的対立から、この否認論が肯定的に扱われたこともあり、国連は、全ての加盟国に対してホロコーストの否定とそのための活動を禁止する措置を執ることを勧告する決議案を可決した。どちらもイスラエルにとって大変重要な決議であり、また、レバノンとの停戦合意もそれに負けず劣らず重要である。これらの重要な決議の実現に関わったというのは、大使にとって大変大きな経験・成果であり、名誉となったであろうことは想像に難くない。
更に驚いたのは、10年以上のアブラハム合意に向けた基盤作りである。筆者は新聞やTVの報道から、トランプ元アメリカ大統領の仲介で一昨年実現した合意、という単純な理解をしていたが、それに至るまでに、現場では大使のような方々による長年に渡る国交の無い国々との下地作りの努力があったわけである。考えてみれば当たり前のことだが、外交というのはこれだけ時間のかかることなのである。「外交」とは必ずしも価値観を共有する同盟国同士だけではなく、正式な国交の無い国々や意見を異にする国々とどの様に接点を作り、コミュニケーションを維持し、交渉を実現させるか、であることを思い知らされた。
―――国連での4年間の間に、日本を含むアジアの国々と仕事をすることもありましたか?
“もちろんありました。日本だけではなく、多くのアジアの国々と仕事をしましたよ。数年後にはアジア太平洋担当次官補(the Deputy Director General, General responsibile for Asia and Pacific)という立場になり、日本との関係についても私は責任者でした。現在の富田駐米大使は以前駐イスラエル大使でもあり、大変仲の良い友達です。一月ほど前に、イスラエル、日本、アラブ首長国連邦の3者によるZoomイベントがありましたが、日本の経産大臣も参加し、550名以上の参加者を集めました。これもアブラハム合意を反映した一つの成果です。”
大使が思う日イ関係
―――駐日大使としてのミッションについて伺います。現状、日イ関係は日本からの投資額で測られることが多いですが、それだけではないと考えます。より良い二国間関係を築くために何をすべきか、大使のお考えをお聞かせください。
“イスラエルと日本との関係は、もちろん経済だけではなく、政治、科学、文化、芸術、農業、ハイテク、安全保障、など多くの”柱”の上に成りたっています。日本との協力関係のなかでは、イスラエルは安全保障関連で多くのノウハウを提供することが出来ますし、最先端の技術も提供することが出来ます。例えば、イスラエルは(日本のように)車を作ることはできませんが、車の頭脳になるセンサーやナビゲーションの技術を持っています。これらの柱全てを太くしていきたいと思っています。
無論経済は重要であり、日本からイスラエルへの投資は2014年には2億ドルだったのが、今は130億ドル以上になっています。安倍元首相が数年前にイスラエルを訪問されたときは、イスラエルに拠点のある日本企業は30社ほどでしたが、今は100社になっています。私は更にこれを後押ししたいと思っています。ハイテクのおかげでイスラエルの経済はとても強く、例えば、2021年における世界のサイバーセキュリティ関連投資の41%はイスラエルへの投資でした。イスラエルは日本へも投資しますし、日本企業とのJVでともに成果を上げたいと思っています。
また、芸術や文化は私達の生きがいであることも強調したいと思います。日本の文化、アートに見られる調和や人々の考え方はとても魅力的です。今、イスラエルの美術館から多くの印象派の作品が日本に来ており、東京での展示のあと、大阪で展覧会を開催中で大変多くの人が見に来ています。日本からも草間彌生の展覧会が昨年11月からテルアビブで開催されており、4月までの会期中の全てのチケットが既に売り切れました。大変な人気です。
両国は様々な面で相補うことが出来る(complementary)と考えています。もの作り、品質、ロボットなど、イスラエルは多くを日本から学ぶことが出来ますし、スタートアップが挑戦し、リスクを取ることをイスラエルは日本に示すことができます。よく、イスラエルは0から1を生み出すのが得意で、日本は1を10にするのが得意と言われますが、私は、日本の持つアイデアをイスラエルが具体化する、というような相補関係もあると考えています。”