Share

BUSINESS

量子ソフトウエア開発を容易にする技術を提供するClassiq

by 新井 均 |2021年01月12日

イスラエルの企業は、今まさに認識されつつある課題に、タイミング良く独自の解を提供することが得意であると感じます。一歩先の社会のニーズをいち早く捉えて優れた開発を行い、その成果を世に出すときには、まさに捉えたニーズが顕在化している、だからこそ多くの投資家から多額の資金を調達することができるのではないでしょうか?自国の市場は小さいがために、イスラエル企業は必然的に北米やEU、中国という大きな市場の動きに常にアンテナを高くしていることが、その優れた選球眼の一つの要因であると考えます。



一方で、スタートアップが原動力となる国だけに、あまり先を見た基礎研究に近い研究開発は多くはないと言ってもあながち間違ってはいないのではないでしょうか。資金の乏しいスタートアップは、投資家からお金を集められることが必須であり、リターンの可能性が10年先になるような案件に資金を提供する投資家は多くはないからです。また、彼らの技術力の源泉は、多くの場合がIDF(Israel Defense Force)での研究開発であることも要因の一つであるかもしれません。安全保障の現場で求められるニーズ・ドリブンの開発業務が基本となるからと考えられます。


そんなイスラエルですが、量子コンピューターという超先端分野に挑戦しているスタートアップがいるので紹介します。


Photo by IBM Research

量子コンピューターといえば、2019年10月23日に、「量子超越性」を実現したというGoogleの論文がNatureに掲載されて話題になりました。量子超越性とは、既存のコンピューターでは実用的な時間では解決出来ない問題を、量子コンピューターであれば解決出来ることを意味します。量子コンピューターには、量子ゲート方式量子アニーリング方式の2つがあります。Googleが開発しているのは量子ゲート方式で、量子ゲートのシーケンスとして書かれた任意の量子プログラムを実行することができる”汎用コンピューター”と言えますが、まだまだ小規模なハードウエアの実証実験段階と言って良いでしょう。一方の量子アニーリング方式は、組み合わせ最適化問題に特化したコンピューターです。カナダのD-Waveは既に商用機として売られており、日立、富士通などの日本企業もこの方式のマシン開発を進めています。


私達が使っている既存のコンピューターは、ハードウェア、OS、アプリケーションの3者が揃って具体的な働きをしますが、量子コンピューターもハードウェア、コントロール、ソフトウェア・アプリケーションという3レイヤーからなると考えることができます。ハードウェアは、量子ビットで構成されており、コントロールレイヤーとは、マイクロ波やレーザーなどでその量子ビットの電気工学的操作を実行し、量子アルゴリズムで指定されたロジックによる量子計算を実行します。そして、ソフトウェア・アプリケーションが量子アルゴリズムであり、ハードウェア上で実行されるためには、物理的なオペレーションのセットにコンパイル(変換)されます。



ハードウェアやコントロールについては、Googleのような超巨大企業が開発のしのぎを削っていますが、今回紹介するClassiqは、このソフトウェア・アプリケーションレイヤーに着目しました。

前置きが長くなりましたが、ここからは、創業者の一人である、Nir Minerbi氏に取材をしてお話を伺った内容です。

Nir氏も、12月23日の記事”クラウド・セキュリティを守るErmetic“で紹介したShai Morag氏同様、エリート技術者を養成するタルピオットプログラム出身者です。つまり、イスラエルの若者の中でも特に優れた才能を持つ、選ばれた人材の一人なのです。プログラム卒業後は、サイバーセキュリティ、特にインテリジェンス関連の兵役に従事し、2年前に兵役を修了して、他の2名の仲間とともに、Classiq を創業したのです。



―――NirさんはIDFではインテリジェンスの専門家だったと思いますが、なぜ異分野の量子コンピューティングに着目したのですか?


確かに自分にとっては異分野でしたが、IDF、特にタルピオットプログラムでは、様々な経験を通してアントレプレナーシップが身につきました。常に新しいアイデアを出すことを求められたのです。従って、兵役を終えたときには、自身の専門家としての得意分野にこだわらず、起業するのに適した領域が何かを見つけることが重要だ考えました。アントレプレナーとして着目したのが量子コンピューティングなのです。無論その分野の専門家が不可欠ですが、幸いにして、CTOである創業者の一人は、この分野をリードするエキスパートです。このような経緯で、量子コンピューティングに挑戦することを決めました。


―――Classiqが狙っていることを教えて下さい。


一言で言えば、量子アルゴリズムの設計を容易にすることです。

今我々は、量子コンピューティングの革命を経験していると言っても良いでしょう。Google、IBM、マイクロソフト、インテル、といった巨大企業が競って量子コンピューターの研究開発を進めています。また、その可能性を見据えて、多くの金融機関、製薬会社、エネルギー関連企業等もこの分野に参入してきました。なぜなら、古典的なコンピューターでは出来なかったことが、量子コンピューターでは出来るようになる可能性があるからです。わかりやすい例で言えば、サイバーセキュリティの基本となる暗号です。現在最も良く使われるのはRSA暗号です。これは桁数の大きな素数をかけ合わせた数字の素因数分解が難しいことを原理としたアルゴリズムで、例えば、現在主流となっている2048ビット(617桁)のRSA暗号の素因数分解には、スーパーコンピューターでも数千年かかるため、(現実的な時間内では)解読が困難とされています。ところが、量子コンピューターを使えば、その素因数分解を高速に(数秒で)処理することができます。


そのような可能性を求めて、多くの製薬会社や金融機関などの企業が、現在のコンピューターのアプリケーションソフトウェアに相当する量子アルゴリズムの開発に挑戦を始めました。日本でもみずほ銀行などが参入しています。しかし、量子アルゴリズムの開発は極めて難しく、Classiqはそのアルゴリズム開発を容易にするようなツールとなる量子スタックを提供しています。


―――なぜ量子アルゴリズムの開発は難しいのでしょうか?


現在の量子アルゴリズム開発(量子回路の設計)は、古典的コンピューターのプログラムを0/1で作るようなものと考えてみてください。今のコンピューターでも、最初は機械語でのプログラミングであり、その後、コンパイラーが開発されたので、人間の言葉に近いプログラミング言語が次々に開発され、その言語でプログラミングすれば、コンパイラーがコンピューターが理解できる機械語に変換してくれました。このアナロジーで行くと、現在の量子コンピューターでは、まだまだ機械語でプログラムを組むような段階なのです。


そこで、企業がそのアルゴリズムで実現したいこと、企業のドメイン(金融、製薬など)、そして量子計算に関する基本的な知識、があれば、そこからClassiqが量子アルゴリズムを生成できるような”スタック”を開発したのです。


Classiqプレゼン資料より

―――今後の展開について聞かせてください


Classiqは、量子コンピューティングという新しい(emerging)フィールドで、世界のリーダーとなることを目指しています。ハードウェア、コントロール、ソフトウェアという3レイヤーは揃って進歩を続けています。ハードウェアの規模が現実的なニーズに対応出来るようになり、市場のニーズが早期に立ち上がればそれは可能だと考えています。もし、なかなか市場が立ち上がらずに時間がかかれば、我々は生き残るのが難しいかもしれません。しかし、それでも全く構わないのです。ブルーオーシャンに挑むということは、そのリスクを取るということなのです。


Nir氏は ”アントレプレナーシップも一つの専門(profession)である” と言いました。その信念が難しいチャレンジに向かわせるのだろうと考えます。イスラエルでは失敗することはマイナス評価になることはなく、むしろ挑戦したこと、挑戦から学んだことで評価されると言います。取材を通して、日本、日本人が学ぶべき点を見たと感じます。


Classiq

https://www.classiq.io/