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BUSINESS

サステナブルな社会に向けた課題解決を目指す味の素(株)がスーパーミート社へ出資した背景

by 新井 均 |2022年12月08日

今年3月に味の素株式会社がイスラエルのスーパーミート社へ出資した。フードテック、特に代替タンパクに関する14社のイスラエル企業における開発状況については7月にも寄稿したが、その一つであるスーパーミート社に出資した味の素株式会社R&B企画部CVCグループの担当者に、その背景や狙いについてお話しを伺うことができた。


スーパーミート社は2015年12月に創業した培養肉の開発製造を行うフードテックのスタートアップであり、スタートアップ・ネーション・ファインダーによれば既に$5.25M(約7.4億円)の資金を調達している。培養肉とは動物の細胞を組織培養することによって作る肉であり、大豆などの植物由来原料を利用して作る「肉に似せた」食品とは異なり、「肉そのもの」であることが特徴である。彼らは鶏肉の培養を行っており、既にラボに隣接する施設で製品の試食をすることも可能だ。その製造工程と試食の様子がわかる大変興味深いビデオが、彼らのWEBサイトから視聴可能なので是非ご覧いただきたい。



味の素社のグリーンフード事業とは

今回お話を伺った担当者はベンチャー投資を行うグループに所属している。味の素社は「食と健康の課題解決企業」を目標に掲げており、その一環として新事業創出を狙ってCVC部門を2020年12月に立ち上げた。当時、CVCとしての投資対象領域を ”Well-being” “地域/地球との共生” ”食の伝承と新たな発見” ”調理の進化” の4つに設定しており、代替タンパクは”地域/地球との共生”というテーマの課題の一つである。



世界食糧農業機関(FAO)は、今後の人口増加及び1人当たり畜肉消費量の増加により、2010年から2050年にかけて世界全体の畜肉消費量が1.7倍、特に開発途上国では2倍以上に増加すると予測し、需要に見合った供給が困難になりつつあると警鐘を鳴らしている。さらに、畜産は多くの穀物を消費する。世界のトウモロコシ消費量の約6割、小麦消費量の約2割が飼料用と言われている。農林水産省によれば、畜肉1kgの生産に必要な穀物の量は、牛肉で11kg、豚肉で6kg、鶏肉で4kgとなる。即ち、畜産の拡大は穀物不足の要因となり、更には温室効果ガスの排出量の増加、水の消費増大など、環境保全の面からも大きな社会課題となっている。このような社会課題を解決するためのソリューションが味の素社の目指すグリーンフード事業であり、低い環境負荷でサステナブルに需給バランスを満足させてゆくためには、代替肉を実用化することは不可欠なのである。



なぜスーパーミート社なのか

ではなぜ投資先としてスーパーミート社を選んだのだろうか?CVC部門は2020年の創設以降、前述の4つの対象領域について、自社にない技術・ソリューション・ビジネスモデルを持つスタートアップがあるかどうか綿密な探索活動を続けたそうだ。代替タンパクの分野で、Good Food Institute(GFI)という非営利のシンクタンクがあり、アメリカ、インド、イスラエル、ブラジル、APAC、ヨーロッパの6拠点に世界各国から科学者や法律家などの専門家が集まっている。彼らのサイトには代替タンパク分野で活躍する1000社以上の企業が登録されているデータベースがある(培養肉関連では100社程度)。担当者らは、このデータベースから自らの目的に合致する有望企業をピックアップし、各社ごとに詳細に調査するとともに可能な場合は面談を行ったそうだ。ちょうどコロナ禍が始まった時期でもあり、実際の訪問などは難しく、オンラインでのコミュニケーションが中心だった。


味の素社としては代替タンパクのソリューション提供を目指してこれらの有望企業を探索し、PoC(Proof of Concept)を通して技術の実証が進んでいるかどうか、将来のスケールアップの可能性、などを詳しく評価して、最終的に10社くらいの先行企業に絞り込んだうちの1社がスーパーミートであるということだった。更に、スーパーミート社が、バリューチェーンとして独自の細胞株を持ち、筋肉細胞、脂肪細胞、結合組織などに分化させてゆく技術も有していること、も決め手になったという。培養肉は培地とよばれる環境の中で組織細胞を育成してゆく。この培地は細胞への栄養素の供給源でありアミノ酸が含まれるので、まさに味の素の技術が活きる得意分野でもある。さらに、将来実用化された培養肉が消費者に受け入れられるためには、人工的に生産されたものの安全性に関する政府の審査や消費者の意識だけではなく、やはり味や食感の面でも消費者の嗜好を満足させるものでなくてはならない。その嗜好も、アメリカやアジアなどの国や地域、それぞれの食文化により少しずつ異なってくる。このような世界各国の人々の嗜好を理解し、それに合わせた「おいしさ」を設計できる技術・蓄積があることも味の素社の強みである。このような点で味の素社の知見を活用できることになれば、スーパーミート側にとっても大きなメリットではないだろうか。


今後の展開

味の素社としては、スーパーミート社だけに絞り込んでいるわけではなく、今後も狙うソリューションに応じて幅広く外部技術の活用を進めてゆくという。スーパーミートの培養肉は2年後にはアメリカ市場での商用化を狙うそうだ。マッキンゼーのレポートによれば、培養肉市場は2030年には250億ドルに達するともいわれている。持続可能な社会の実現という社会課題へのソリューションとなるだけではなく、ビジネスとしても大きな可能性があり、更にはエネルギーとならんで安全保障の面でも食料の安定的な供給は重要である。今後の展開が大変楽しみな日・イコラボレーション事例と言えるだろう。