世界的な食料需要の増加と気候変動が課題となる中、テルアビブ大学の研究チームが野生小麦から穀粒の大きさと栄養価に関わる遺伝子を発見しました。将来の小麦改良や食料安全保障につながる可能性を秘めた研究として注目されています。

現代小麦の“祖先”に注目
テルアビブ大学を中心とする研究チームは、野生小麦に存在する特定の遺伝子が穀粒の大きさや栄養素の配分を調整していることを明らかにしました。さらに、この遺伝子の働きを弱めることで、より大きく重い穀粒が形成され、タンパク質や鉄、亜鉛などの栄養価も向上することが確認されました。
今回研究対象となったのは、「エンマーコムギ」と呼ばれる野生小麦です。これは中東の肥沃な三日月地帯に自生し、現在世界中で栽培されている小麦の祖先の一つと考えられています。
人類は数千年にわたり、小麦を栽培しやすく改良してきました。その過程で収穫量や均一性などの優れた特徴が選ばれる一方、多くの遺伝的多様性が失われたとされています。
しかし野生種には、乾燥や高温、寒冷地などさまざまな環境で生き抜くために進化した遺伝子が残されています。そのため研究者たちは、野生小麦を「自然が作り上げた遺伝子ライブラリー」と位置づけています。

栄養価と粒の大きさを左右する遺伝子
研究チームはイスラエル各地で採集された約460系統の野生小麦を解析し、穀粒の重さや大きさ、窒素含有量との関連を調査しました。
その結果、2B染色体上に存在する「B3-SG」と名付けられた遺伝子を特定。この遺伝子は種子の成長を抑制し、炭素や窒素などの栄養素の配分を調整する役割を持つことが分かりました。
研究者たちは複数の小麦品種を用いて検証を行い、遺伝子の機能を低下させると穀粒がより大きくなり、重量も増加することを確認しました。
タンパク質や鉄、亜鉛も増加
興味深いのは、変化が単に穀粒のサイズだけではなかった点です。
分析の結果、遺伝子の働きを抑えた小麦では、必須アミノ酸やタンパク質の量が増加したほか、鉄や亜鉛、モリブデンといった重要なミネラルも多く含まれていました。
世界では「隠れた飢餓」と呼ばれる栄養不足が深刻な問題となっています。十分なカロリーを摂取していても、鉄や亜鉛などの微量栄養素が不足するケースは少なくありません。
もしも今回の研究成果が実用化されれば、収穫量だけでなく栄養価の向上にもつながる可能性があります。

気候変動への適応のヒントも
研究では、B3-SG遺伝子の異なるタイプが、イスラエル国内の気候条件によって分布していることも判明しました。
あるタイプは高温で乾燥した地域に多く見られ、別のタイプは比較的涼しく湿潤な地域に多く存在していました。
これは、この遺伝子が長い進化の過程で環境適応に関与してきた可能性を示しています。ただし研究者らは、今回の発見だけで耐暑性や耐乾燥性が向上することを意味するわけではないと慎重な姿勢を示しています。

実用化への道のりはこれから
今回の成果は学術誌『Plant, Cell & Environment』に掲載されました。しかし、研究はまだ実験段階であり、実際の農業現場で利用できる新品種が誕生したわけではありません。
今後は圃場試験を通じて、収量や病害への耐性、水利用効率、製パン適性などを長期的に検証する必要があります。
それでも今回の研究は、野生種が持つ遺伝資源の価値を改めて示した成果と言えるでしょう。気候変動や人口増加によって食料生産への圧力が高まる中、イスラエルの研究者たちは数千年前から受け継がれてきた野生小麦の中に、未来の食料安全保障を支えるヒントを見いだそうとしています。
*本記事はイスラエルメディアHayadanの報道を元に構成しています。


