私たちの身体をつくる細胞は、同じように年をとっていく——そう思われがちです。しかし実際には、隣り合う細胞でさえ「生物学的な年齢」が大きく異なることがわかってきました。イスラエルのヘブライ大学による研究が、細胞レベルで進む老化の複雑な姿を明らかにしました。

隣り合う細胞でも「年齢」が違う
同じ時期に生まれ、同じ組織の中で隣り合っている細胞なら、同じような速さで老化していくように思えます。
ところが、ヘブライ大学の研究チームが発表した研究によると、実際にはそうではありません。多くの細胞がゆっくりと加齢に伴う変化を蓄積する一方で、一部の細胞では老化に関連する変化が急速に進んでいました。
つまり、年齢を重ねた身体の組織は、同じ年齢の細胞が並んでいるのではなく、異なる「生物学的年齢」を持つ細胞が混在する、いわばモザイクのような状態になっている可能性があるのです。
研究を主導したのは、ヘブライ大学のハギット・マシカ博士。医学部および計算医学センターのハイム(ハワード)・シダー教授、トミー・カプラン教授らの指導のもとで行われ、研究成果は科学誌『Nature Communications』に掲載されました。
一つひとつの細胞を調べて見えてきたもの
これまでの生物学研究では、数百万個もの細胞をまとめて測定し、その「平均値」から組織の状態を調べる方法が広く使われてきました。
しかし平均値だけを見ていると、ごく一部の細胞に起きている重要な変化が隠れてしまう可能性があります。
そこで今回、研究チームが注目したのが「DNAメチル化」です。
DNAメチル化とは、DNAの特定の場所に化学的な目印が加わる現象です。DNAそのものの配列を書き換えるわけではありませんが、遺伝子の働き方に影響を与えることがあります。そのパターンは加齢とともに変化するため、「生物学的年齢」を推定する手がかりとして研究されています。
研究チームは、人間とマウスのさまざまな組織から得られたデータを使い、DNAメチル化を一つひとつの細胞レベルで分析しました。
すると、同じ組織にあり、同じ暦年齢を持つ細胞でも、メチル化のパターンには大きな違いがあることが判明。さらに年齢が上がるほど細胞間のばらつきが大きくなり、一部には老化のサインが特に速く蓄積している細胞が現れることもわかりました。

マシカ博士は、こうした単一細胞での分析によって、これまで平均値の中に隠れていた違いが見えるようになったと説明しています。
白髪と黒髪にも「生物学的年齢」の差
興味深い結果は、私たちにも身近な「髪」からも得られました。
研究チームが同じ人物から白髪と黒髪を採取して比較したところ、白髪では黒髪よりも一貫して「年齢が高い」ことを示すDNAメチル化のパターンが確認されました。
同じ人の身体の一部であっても、老化の進み方は必ずしも同じではないことを、目に見える形で示した例といえます。
また、細胞の分裂速度と老化との関係も見えてきました。研究では、頻繁に分裂する細胞ほど、加齢に関連するメチル化の変化を速く蓄積する傾向が確認されています。
さらに、生物学的年齢が進んだ細胞では、免疫系やタンパク質の生成、腫瘍の発生、神経変性などに関係する遺伝子の活動にも変化が見られました。
ただし、こうした細胞が病気を引き起こしていると証明されたわけではありません。研究チームは、個々の細胞の急速な老化と、病気につながる初期変化との間に何らかの関係がある可能性を示しています。

老化を「細胞単位」で見る時代へ
今回の研究がすぐに「老化を止める方法」につながるわけではありません。また、DNAメチル化を操作すれば、がんや神経変性疾患を防げると証明されたわけでもありません。
それでも、一部の細胞だけが周囲より速く老化していることを捉えられるようになれば、将来的には病気につながる可能性のある細胞集団を、より早い段階で発見する手がかりになるかもしれません。
今後の大きな課題は、なぜある細胞だけが「老化の高速レーン」に入るのかを解明することです。その変化は元に戻せるのか。そして、加齢に伴う病気とどのような因果関係があるのか。研究はまだ始まったばかりです。

今回ヘブライ大学の研究チームが示したのは、「生物学的年齢」は人間一人に一つだけあるものではない、という新たな視点です。
同じ身体の中でも、ある細胞はゆっくりと年を重ね、別の細胞はそれよりずっと速く老いていく——。私たちの「年齢」という概念は、細胞という小さな世界まで目を向けることで、これまで以上に複雑な姿を見せ始めています。
*本記事はイスラエルメディアHayadanの報道をもとに構成しています。


