Share

TECHNOLOGY

AIが現実世界を見る日。イスラエル発weRが描く「物理世界のChatGPT」

by ISRAERU 編集部 |2026年07月16日

AIは文章を書き、画像を生成し、コードまでつくります。しかし、私たちが今どこにいて、何を見ているのかは、まだ十分に理解できないのが現実です。イスラエル人起業家アミット・チェチック氏が率いるweRは、AIとAR(拡張現実)を組み合わせ、AIに現実世界を見る「目」を与えようとしています。最初の舞台は、意外にもリアル店舗の商品棚。スマートフォンから始まり、やがてスマートグラスへ——。「物理世界のChatGPT」とも呼べる未来が、静かに動き始めています。



オンラインには「目」がある。リアル店舗にはない

「実店舗は、今でもかなり“目が見えていない”状態です」

そう語るのは、weRの創業者兼CEO、アミット・チェチック氏です。

オンラインショップでは、顧客が何を見て、何をクリックし、どこで購入をやめたのかまでデータとして把握できます。

一方、リアル店舗では事情が大きく異なります。

商品が棚からなくなっている。違う場所に置かれている。在庫システム上は「ある」はずの商品が、実際の売り場にはない。本部が決めた陳列計画と現場の棚が違っている。

こうした問題の多くは、今も店舗スタッフが売り場を歩き、商品を目で確認し、数え、写真を撮り、報告することで発見されています。

weRが目指しているのは、この「見えない売り場」にAIの目を与えることです。



スマートフォンを向けるだけ。AIが棚を見る

weRの仕組みはシンプルです。

店舗スタッフがスマートフォンのカメラを商品棚に向けると、AIが棚の状態を認識します。

「ここに商品が足りない」「この商品は置かれている場所が違う」「在庫データと実際の棚に差がある」「陳列が本部の計画と一致していない」。

システムはこうした問題を検出し、スタッフに修正すべき場所を直接示します。


AIによる店舗の在庫管理

長いチェックリストを手に、一つひとつ商品を確認する必要はありません。場合によってはシステムが自動的にレポートを作成し、店舗やチェーン本部が、どの商品が不足しているのか、何を発注すべきか、どこで同じ問題が繰り返されているのかを把握できます。

weRのテストでは、こうした手作業による確認時間を最大80%削減できるといいます。

数百店舗、数千の商品を扱う小売チェーンにとって、これは単なる時間短縮ではありません。売り場の精度や店舗運営、そして「現場で本当に何が起きているのか」を知る力そのものを変える可能性があります。


ARはなぜ普及しなかったのか

チェチック氏のキャリアは、AIでも小売でもなく、アニメーションとVFX(視覚効果)の世界から始まりました。

イスラエルで映像・特殊効果の会社を立ち上げ、その後、家族とともに米国へ移住。ニューヨークで広がったビジネスを通じて、テクノロジーの世界へと活動領域を広げていきました。

彼にとってVFXとARは、実は非常に近い技術です。

どちらも「デジタルの層を現実と結びつけ、人間が自然に受け入れられる世界をつくる」ものだからです。

2016年頃、VRプロジェクトに携わったチェチック氏は、ARが単なるギミックではなく、世界が向かう大きな方向だと確信しました。

しかし、それから約10年。ARが私たちの日常に広く普及したとは言えません。

かつてARは、ゲームやSNSのフィルター、広告キャンペーンなど、「面白い体験」を生み出す技術として注目されました。

チェチック氏は、ARが失敗したのではなく、「正しい組み合わせを待っていた」と考えています。

その組み合わせこそ、AIです。


AIと現実世界をつなぐ「橋」

現在のAIは、テキスト、画像、コードといったデジタル情報を驚異的な速度で理解します。

では、AIが人間と同じように周囲を「見る」ことができたら、何が起きるのでしょうか。

カメラを搭載したスマートグラスが人間の視界を捉え、AIがリアルタイムで周囲の状況を分析する。そして必要な情報だけを、その場、その瞬間に提示する。

たとえば店頭で商品を手に取るだけで、自分に合っているのか、隣の商品と何が違うのか、セール対象なのか、自分の好みに合うのかが分かる。

検索窓に文字を入力する必要はありません。

AIが「あなたが何を見ているのか」を理解しているからです。



AIによる店舗の在庫管理

チェチック氏は、ARをAIと現実世界をつなぐ「橋」と表現します。

世界のすべてをデジタル情報で覆うのではなく、その人に必要な情報を、必要な瞬間だけ届ける。彼が考えるARの未来は、情報を増やす技術ではなく、むしろ人間と情報の間にある「摩擦」を減らす技術です。


スマートフォンから、やがて人間の視界へ

weRが現在スマートフォンを使っているのには理由があります。

スマートグラスの本格普及を待つ必要がないからです。

スマートフォンにはすでにカメラがあり、世界中の人が持っています。まずスマートフォンを通じてAIに現実世界を見せ、実際のビジネス課題を解決する。

そしてスマートグラスが十分に軽く、安く、自然なデバイスになったとき、同じAIの情報レイヤーをスマートフォンから人間の視界へ移すことができます。

現在weRは、イスラエルの大手ドラッグストアチェーンSuper-Pharmと協業。世界的な棚卸し・小売データサービス企業RGISとも連携し、Google Cloudのエコシステムにも参加しています。これまでにはWalmartなど大手企業とのテストやパイロットも行ってきました。

「ARは失敗したのではありません。ハードウェアとAI、そして本当に必要とされる用途がつながるのを待っていただけです」

AIが画面の中から、現実世界へ。

人間がAIに「質問する」のではなく、AIが人間の見ている世界を理解する。

イスラエル人起業家が商品棚から始めた挑戦は、「物理世界のChatGPT」が生まれる未来への第一歩なのかもしれません。


*本記事はイスラエルメディアPortfolioの報道をもとに構成しています。