キャッチーでポップなメロディと、冒険的なジャズの即興演奏、アフリカやファンクにインスパイアされたグルーヴ、そしてロックやプログレ由来のユニークなリズムを融合させる、次世代のイスラエルジャズを牽引するバンド「KENS(ケンズ)」。2022年にデビューアルバムを発表して以来、世界各地で精力的にライブを行っている同バンドが、2枚目のアルバム『Atarayo』の配信を2025年6月16日に開始しました。このタイトルは、 ”明けてしまうのが惜しいほど美しい夜” という意味の古語『可惜夜(あたらよ)』に由来しているんだそう。

メンバーは、ギター担当のリバーモア海(Kai Livermore)さん、ベース担当のエリ・オル(Eli Orr)さん、ドラム担当のノアム・アルベル(Noam Arbel)さんの3人編成。それぞれの名前の頭文字にSを加え、バンド名を「KENS」と名付けました。今回はギタリストの海さんに、音楽活動や新作アルバム、音楽制作を通じてたどり着いた新たな思いなどについてお話しいただきました。
イスラエルと日本のバックグラウンドから生まれた次世代ジャズ
ーー自己紹介をお願いします。
杉原千畝記念館を創設するため、日本に移住したイスラエル人の両親のもと、岐阜県八百津町で生まれました。高校卒業まで日本で育ち、現在はアメリカに住んでいます。いまでも、1年に一度は日本に帰ってきて家族との時間を過ごしています。
日本育ちですので、サウンドや作曲などの音楽面で J-POPや日本の映画音楽などに影響を受けています。また僕が使っているギターは、日本のギターメーカー Westville guitars(ウエストヴィルギター)のもので、社長の西村さんとは帰省のたびにお会いしているんですよ。

ーーKENS結成までのお話を聞かせてください。
メンバーとは、イスラエルRimon音楽大学のJazz Instituteという毎年15人ほどしか入れない精鋭コースで出会いました。とはいえ、最初から「バンドを結成しよう!」と決めた訳ではなく、バンド形式で発表する宿題などをお互いに手伝っているうちに、自然とバンドになっていった感じでした。
ある日、僕が喫茶店で演奏する機会をもらい、そこに2人を呼んだのをきっかけに一緒にライブをしていくようになったんです。コロナ禍でも着々とライブをこなし、だんだんと大きなジャズフェスなどに参加するようになっていきました。卒業後に僕はアメリカに移ったのですが、それでも4ヶ月に一回はツアーを行い、遠くにいても曲を書き続け、とても大切に育ててきたバンドです。昨年の夏のJerusalem Jazz festival 2024 では、イスラエルの著名なサックス奏者であるダニエル・ザミール(Daniel Zamir)と共演を果たしました。

ーーバンドサウンドの特徴についてお聞かせください。
僕がモダンジャズや映画音楽、ベーシストのエリはヒップホップとイスラエル音楽、ドラマーのノアムはメタルとエレクトロニックミュージックと、3人それぞれがかなり違ったジャンル出身ということもあり、バンドとしてはどのジャンルにも属さない面白いサウンドを創り出していると思っています。
時折、ビートルズなどの曲を独自のアレンジで演奏することがありますが、ジャズ界では珍しく、カバー曲などはほとんど演奏せず自作の曲だけでライブをするようにしています。バンドのモットーは「聴きやすいものは聴きやすく、難しいものも聴きやすく」。音楽的にはかなり難しいことをしながらも、音楽家ではない人たちにも楽しく聴いていただけるよう、キャッチーなメロディーや踊りやすいリズムを心がけています。
自我を超え、作品に奉仕する姿勢で制作した新作アルバム『Atarayo』
ーー今回発表された2枚目のアルバムについてお話しいただけますか。
新作アルバム『Atarayo』の制作が始まったのは、私たちKENSの3人がまだ大学に在学していた4年前のことでした。
1作目をリリースした頃は、ただジャズに熱中し、目の前の音楽だけを見つめていました。でも、時間が経つにつれ、クラシック、民族音楽、現代音楽など、さまざまなジャンルに触れることで、自分たちの音楽の捉え方や好みも大きく変化していきました。
今作では、従来の「ジャズ・トリオ」という枠組みから一歩踏み出し、他のミュージシャンたちとともに新たな音をつくる試みを行いました。イスラエル・フィルハーモニーのバイオリニスト、昨年共演したサックス奏者の巨匠ダニエル・ザミール、そして日本からは尺八の名手・山田天山氏が参加し、文化的にも音楽的にも深いコラボレーションが実現しています。

アルバムのなかには、私たちが直接演奏していない楽曲もあります。たとえば「Cycles」では、KENSのメンバーは誰一人演奏していません。これは、「自分たちの音」よりも、「この曲にとって本当に必要な音」を優先するという考えから生まれた構成です。自我を超え、作品そのものに奉仕するという姿勢で向き合いました。
そして、このアルバムの収録曲のひとつ「Shelter」は、まさに”シェルター”の中で書かれた曲です。イスラエル現地での緊迫した情勢の中、空襲警報が鳴るたびに地下に避難し、限られた空間と時間の中で楽器を取り出し、音楽を書き綴っていました。皮肉なことに、アルバムのリリース日も再びシェルターで過ごすことになりました。その現実が、音楽に込めた思いをさらに強くしてくれたように思います。
この数年、私たちはコロナ禍、戦争、社会不安など、さまざまな試練を経験しました。でもその中で、改めて大切なことに気づくことができました。
日々、音楽を仲間と一緒に演奏できること。
音楽を「仕事」として続けられていること。
それは当たり前ではなく、むしろ奇跡のようなことだと、今は心から感謝しています。
このアルバムは、日本の静けさや間の美学、イスラエルの熱量と祈りのようなメロディが混ざり合いながら、ジャンルを越えて、どこか普遍的な響きを持った作品になったと思います。
ジャズという枠を飛び越え、今という時代に生きるすべての人に届いてほしい──そんな願いを込めてつくりました。

ーー最後に、本誌の読者に向けてメッセージをお願いします。
2025年1月には Blue Note Placeで、坪口昌恭さんという素晴らしいピアニストの方と僕とで、KENSの曲を数曲披露させていただきました。そして実は現在、バンド結成以来の夢でもあった日本ツアーを2026年に行うため、着々と準備を進めているんです。新しいアルバムはSpotify、Apple Music、Youtube Musicで聴くことができます。ぜひ一度、KENSのサウンドに触れ、また機会があればライブにも足を運んでいただけたら嬉しいです。
KENSが率いるイスラエルジャズの革新と未来
文化や国境を越えて私たちの心に届く、新しいジャズのかたちを提示してくれるKENSの楽曲。彼らの想いが詰まった新作アルバム『Atarayo』とともに、KENSの進化をぜひ体感してみてください。イスラエルと日本、そして世界を舞台に活躍する彼らの挑戦が、これからも楽しみです。
KENS ソーシャルメディア一覧
