今回ご紹介するイスラエル映画は、2019年制作の「声優夫婦の甘くない生活」です。現在、Amazonプライム・ビデオやU-NEXTなどいくつかの動画配信サイトで観ることができます。
映画紹介とあらすじ
この映画は一言で言うと、甘さと苦さの匙加減がピッタリの大人の恋愛コメディ映画。長年連れ添った夫婦なら「わかる、わかる」とうなずけるシーンも多いのではないでしょうか。そして、観終わった後、心にじんわりした暖かさを残す映画です。
崩壊寸前のソ連からイスラエルにやってきた長年連れ添った夫婦、ヴィクトルとラヤ。2人は、ソ連でハリウッドやヨーロッパ映画のロシア語吹き替えで活躍した声優夫婦でした。第二の人生に夢を抱いてやって来たイスラエルでは、声優の仕事の需要がなく、生活のためにラヤはヴィクトルに内緒でテレフォンセックスの仕事に就き、思わぬ才能を発揮し、人気者に。一方ヴィクトルは、映画の仕事にこだわり続け、違法な海賊版レンタルビデオ店で再び声優の職を得ます。ようやく軌道に乗り始めたかに見えた2人でしたが、ラヤの秘密が発覚したことから、今までお互いが長年気付かないふりをしてきた夫婦の本当の声が噴出しはじめます。しかし、ここからが酸いも甘いも噛み分けた夫婦の再出発が始まるのです。
主人公夫婦と同じロシア系イスラエル人のエフゲニー・ルーマン監督が、旧ソ連圏からイスラエルに移住した自身の実体験をもとに、構想から7年をかけて丁寧に作り上げた作品であり、移民夫婦が新天地で味わう生活の苦労を人生の悲哀や映画愛を絡めてユーモアたっぷりに描いています。世界各国の映画祭で共感と支持を得て、2019年タリンブラックナイト映画祭(最優秀アジア映画賞・脚本賞) 2020年バーリ国際映画祭(監督賞、特別賞)などで受賞しました。
そしてこの映画は、メインストーリー以外にもたくさん見どころがあります。おそらくこの映画を見る人によって変わってくると思いますが、私は今回二つご紹介したいと思います。
映画の見どころ
一つは、ラヤ役のマリヤ・ベルキンのチャーミングさです。ラヤはこの映画では62歳の設定ですが、気品があるけどコケティッシュな可愛らしさを持っていて、完全に心を奪われました。ラヤはプロの声優としてロシアで活躍していたので、様々な声色の使い分けができ、新しく就いた仕事では22歳の女性を見事に演じきってみせるのです。そして、22歳の女性を演じることで心まで若返ってくるんですね。若さの秘訣はその年齢になりきることではと感じさせてくれました。彼女の新生活に溶け込もうとする柔軟性、好奇心も彼女をより若く、魅力的にさせているのかもしれません。
そして、映画は映画館で観るのが一番と思っている方、往年の映画が好きな方は、この映画にちりばめられた宝物にたくさん出会えることでしょう。「映画は豊かな世界そのもの。声優はその案内人だ」とはヴィクトルの言葉ですが、この映画を見ていると監督はじめ制作スタッフの並々ならぬ映画愛を感じとれます。
『波止場』『クレイマー、クレイマー』『スパルタカス』などの往年のハリウッド映画の大作やフェリーニ作品が数多く登場するのもかつて映画館でこれらの作品を見たことがある方には堪らない演出に感じられるのではないでしょうか。フェリーニの作品『ボイス・オブ・ムーン』の一場面をヤマ場に登場させるなどフェリーニに対する特別の想いが、物語の端々からうかがえます。
最近家でばかり映画を見ている私も、映画館で他の観客と一緒に鑑賞し、感動を分かち合いたいなと思える映画でした。
この映画全体的に流れている雰囲気は、ハリウッド制作の映画とは一線を画しており、ゆったりとした流れでちょっぴりノスタルジックさを感じさせる独特の空気感が漂っています。イスラエルの街並みにもどこか懐かしさを覚えます。イスラエルから届いた小さな温かい映画。疲れた時にゆっくりと鑑賞してみてはいかがでしょうか。
<作品情報>
タイトル:声優夫婦の甘くない生活
原題:קולות רקע、(ヘブライ語)Golden Voices(英語)
公開日:2019年9月25日
監督:エフゲニー・ルーマン
脚本:エフゲニー・ルーマン、ジフ・ベルコヴィッチ
音楽:アッシャー・ゴールドシュミット
出演:ヴラディミール・フリードマン、マリア・ベルキン