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CULTURE

イシャイ・カルニをイスラエルのトップディレクターへと導いた成功の秘訣とは

インタビュー|イシャイ・カルニ氏(監督、脚本家、コンテンツクリエイター、俳優)

Ishay Karni, July 2020.

多くの方はプランがあると思います。短期間や長期間、プライベートや仕事など、その種類は様々ですが、プランを立ててそれに沿って進めることが、成功者への道であると信じています。少なくとも、失敗へとは導かないでしょう。


イスラエルで最も絶賛されているCMディレクターの一人であるイシャイ・カルニは、30年以上におよぶ広告業界でのキャリアの中で、時にプランへ変更が必要であることを学びました。


イシャイ・カルニがキャリアをスタートさせたのは、まだ彼が幼い11歳の頃。当時の彼は、全てを吸収したいという情熱に溢れていました。制作現場の裏方として、彼は様々な事柄を学んでいきました。様々なグローバルブランドの撮影現場で、国内トップクラスのカメラマンや監督たちの仕事ぶりを目の当たりにしてきたのです。まさに毎日が学びの日々でした。全てを吸収してやろうという彼の情熱は、彼に素晴らしい技術的なバックグラウンドをもたらしてくれました。俳優、そしてプロデューサーとして数年のキャリアを積んだ後、彼は脚本家の友人から、イシャイ氏が過去に書いた演劇を上演してみないか、という誘いを受けます。それがきっかけとなり、そこから、俳優、脚本家、監督をこなすマルチタレントとしての彼の才能が、まさに雪ダルマ式に膨れ上がっていったのです。


そしてある時、彼の才能に気付いた広告業界の監督やフォトグラファーといったクリエイティブ関連の人たちから、声をかけられるようになりました。


「ドアが開いたんだ。みんな『君はCMディレクターを志すべきだ』って言うのさ。そして僕にチャンスを与えてくれたんだ。」


ミニマリズム、ユーモア、精密さが成功へのヒント

そしてすべてが始まります。2009年、マッキャン・テルアビブはイシャイ・カルニにボルボの仕事を任せることに。そして完成したのが、彼の初のCMとなる「Parking」という作品です。


「キャンペーンの骨子は、ボルボは単に成功した人のための車ではないということ、公用車としてだって、普通の人だって普通に買える車だっていうことに主眼を置いたもの。アイデアのキーは、自分が成功者になったんだ、って感じるその瞬間こそ、自分にとって如何にかけがえのない瞬間か、ってことだね。」


当時、他の監督が作る作品は大げさなものが多く、ミニマリズム、ユーモア、精密さを組み合わせたイシャイのスタイルは新しい旋風を起こしました。その結果、これまでとは全く異なる、本来あるべき姿を捉えた新しいスタイルが誕生したのです。


「このCMは、1日の終わり、一人の男が、車が一台しか停まっていない、巨大な駐車場に入ってくるところから始まるんだ。その一台こそ、もちろんボルボだね。でも彼は、イタリアンスーツをビシッと決めてるような、洒落者で典型的なボルボオーナーではない訳だよ。駐車場に入ってきた彼は、自分の車はどこだっけ、と辺りを見回す。そしておもむろに、手にしたドアオープンのリモートスイッチを押す訳だ。すると、そこに停まったボルボが反応を返してくる。彼は、ああ、そうだった、俺はボルボのオーナーになったんだ、ってそこで思い出す訳だね。」


イシャイがボルボのために企画したこのキャンペーンは世界中で評判となり、このキャンペーンを放映した週末のボルボでは、過去最高の売り上げを達成しました。


Commercial for Volvo S60. “Parking”, 2009.

プラン変更にも「わびさび」精神で問題に対応

イシャイは成功の一環として、幼少時代に経験した制作現場の裏方を挙げています。彼の仕事に対する倫理は比類のないもので、制作現場ではスタートから終わりまで決して座ることはありません。自身が完璧と思えるものが完成するまで常に制作現場に立ち、時にはそれが18時間におよぶこともあったとのこと。


「たとえば撮影が一部のセットで行われる場合、セット全体をペイントしても意味がないだろう?それなら、ペンキと時間を無駄にする代わりに、制作に関わることにお金とリソースを使うのさ。」



無論、クリエイティブ制作のベテランとして、時には予期せぬことが起こることも彼は理解しています。どんなに入念に計画された撮影でさえ、当日に問題が発生することもあるのです。


「問題が起こった時に、立ち止まって、一呼吸置いて、『オーケー、予定とは違うけど、どうやって正しい方向へ進めらるかみてみよう』っていうのさ。」


「どんなことにもチャンスがある。とある撮影の際に、俳優がどうしてもセリフを覚えられないときがあったんだ。」その時イシャイは怒るのではなく、セットを変更することにしました。


日本語に「侘び・寂び」ってあるだろう?どんなものも完全ではないし、日々移ろいゆくものだ、っていう意味だけど、まあ、まさにその通りだと思うんだ。そういうふうに考えていれば、どんなことだって大丈夫になってしまうんだよ。そんな時は、どんな小さな事だって、とっても意味のある事になったりするものなんだ。


Photographer: Alex Lipkin. From a shooting of a music video of the singer Nicol Raidman for the song “Ciao Baby”. 2019.

日本から得たインスピレーション

イシャイにとって日本は特別な場所。そのスタイルと文化を心から愛しています。剣道の経験は12年にも及び、日本の文字、建築物、フードなど、その様々な文化の正確さとユニークさに惹かれています。スタジオジブリの作品は、娘と共に愛しており、その作品の中に流れる考え方に魅了されています。


「まあ僕なりの翻訳なんだけどさ、一連のジブリの作品には、もし君が僕らと一緒に流れていってくれるのなら、全てを忘れて新たな旅へと連れていってあげるよ、と言っているような所があるよね。それは子供に『これはお花だね、きれいだね、いい匂いだね。あれは車だね、乗用車だね。』などと教えているような事とは全く違う体験だと感じているんだ。ほんとに突然に、猫は単なる猫ではなくなるし、バスになったり、自分に語りかけてくれるお花になったりするんだ。すべての垣根は取り払われて、僕の心を開いてくれるんだよ。」


イシャイ氏の日本に対する興味はジブリ作品に留まらず、日本の広告や芸術作品にも多く触発されてきたとのことです。


「村上隆が、あの、ずっと型にはまってお高くとまっていたルイヴィトンのようなブランドに、モンスターを飲み込む少女の物語を加える事で、そのブランドの色彩を根底から変えてしまった事はちょっとしたショックだったね。だって、この事件は、ブランドなんていうものは、単に人々の思い込みに過ぎないんだってことを僕に教えてくれて、ブランドっていうもに対する僕の認識を根底から変えてくれたからね。北野武も大好きだよ。タランティーノの日本版だね。彼も、語りたい物語があれば、表現に縛られることのない人物だよね。」


Ishay in a former visit in Tokyo, Japan. November 2011.

COVID-19時代への対応

村上氏と同様に、特に広告において、イシャイは予想を超えた作品作りに挑戦しています。


「広告の世界というのは、どれだけ製品を売らなければいけないかという要請に基づいているよね。売り上げが落ちているから、新製品だから、今までと異なるニーズに対応した新たな市場を開拓したいから、などなど、理由は様々。僕が広告を作る上で一番気に入っているところは、そういった要請に基づいて売り上げを伸ばしていくためには、どういった状況をCMで作り出していけばいいのか、そのアイデアを考えていく部分さ。」


この数ヶ月間に渡る新型コロナの影響は、広告業界にも難しい課題を突き付けています。突然、人々は家に閉じ籠もらなければならなくなり、外出することもままならず、大きなチームとその移動を必要とする広告制作作業もキャンセルが相継ぎました。しかし、広告主はすぐに、人々が今まで以上に画面の前で多くの時間を費やしていることに気付いたのです。


Commercial for Mini Cooper. 5G Commercial, 2020. Ishay directed the shooting, which took place in Ukraine, remotely from Israel.

この数ヶ月間に渡る新型コロナの影響は、広告業界にも難しい課題を突き付けています。突然、人々は家に閉じ籠もらなければならなくなり、外出することもままならず、大きなチームとその移動を必要とする広告制作作業もキャンセルが相継ぎました。しかし、広告主はすぐに、人々が今まで以上に画面の前で多くの時間を費やしていることに気付いたのです。


「突然、マーケットではスクリーンに対する活気が戻ってきたんだ。一時期はTV広告がなくなったけど、その代わりに多くの機会も生まれたのさ。同時に、広告主や代理店は、単なるスローガンとしてではなく、枠にとらわれずに考えるときが来たってことにようやく気付いたんじゃないかな。


僕も、テルアビブからウクライナに飛んで撮影したキャンペーンを今どう活用しようかと考えているんだ。そのためにZoomを使ったキャンペーンができないか、Zoomと確認中さ。彼らもまさに同じようなことを考えているからね。でも、そうやって新たな可能性を模索していくことで、世の中がまた面白くなっていけばいいなって思ってるよ。少なくとも僕自身は、ね。」


イシャイは常にオーディエンスを楽しませようとしています。プラン変更や時には全てプランを作り直しが必要になったとしても、その思いは変わりません。


「人々が想像もしなかったようことで驚かせたいね。新しいことへの挑戦も恐れないよ。」